第四話
『カラット』の社長は、高志の母親で。父親がその秘書を務めているので、昼間はほとんど家にいない。
保育園の時は延長保育などを使っていたが、小学校に上がるとそれも出来ず。さて、どうするかとなった時に、咲姫の母が家で預かることを申し出たのだ。
そして、高志が学校から咲姫の家に連れられてきて。
同じように小学校から帰った咲姫に紹介され、リビングで咲姫の母親がおやつを用意するのを待っている間、高志はとても緊張していた。咲姫が貸した本を手にしてはいたが、開いているだけでそのページはめくられていなかった。
……無理もない。ここは高志の親戚の家でも、保育園のように『預けられて良い』場所でもないのだから。
そんな高志に、咲姫は台所にいる母親に聞こえないくらいの声で話しかけた。
「お母さんも前に、おしごとしてたの」
「えっ?」
「だから、たかし君のお母さんがほっとけなかったの」
そう言うと、高志はそっと台所に立つ咲姫の母親を見て、その軽く見開いた目で咲姫を見た。
「……そうなんだ」
「うん。あ、おやつ作り始めたばっかりだけど、おいしいよ?」
「そうなんだ」
咲姫の言葉に、ふ、と高志の頬が緩んでクスクスと笑う。
そんな彼に、内緒話だと言うように指を唇に当てて「しー」としていると――高校から、遼が帰ってきた。そして高志を見て、今日から預かることになったと思い出したらしい。
「俺は遼。高志君、これからよろしく」
「はい、よろし……」
「あ、俺の妹とは友達以上にならないように」
「え」
「お兄ちゃん」
爽やかな笑顔で圧をかける遼に、高志が固まる。
小学一年生相手に、遼は一体、何を言っているのか。そう思いながら咲姫が声をかけると、遼の帰宅に気づいたらしい母親が台所から顔を出してきた。
「遼君、お帰りなさい」
「ただいま、美咲さん」
「今日のおやつは、ドーナツよ。着替えてきて、手洗ってきてね」
「はい。あ、二人とも後でな」
そう言って部屋へと向かう遼を、母親――美咲とのやりとりを見ていた高志が戸惑ったように見送る。
だから美咲が台所に戻ってから、咲姫は先程のように小声で高志に言った。
「うちはね、家族になったばっかりなの」
「えっ?」
「半年くらい前に、お母さんとお兄ちゃんのお父さんが結婚したの。だから、これからゆっくり家族になるの」
「……そうなんだ」
咲姫の言葉に、高志が頬を引き締めて自分に言い聞かせるように頷く。
それに、咲姫も頷くと――着替えて戻ってきた遼とドーナツを食べ、オレンジジュースを飲み。彼が宿題をするのに立ち去ってからは、二人で読書を再開した。
あの時、咲姫が高志に『家庭の事情』を打ち明けたのにはいくつか理由がある。
仕事をしている高志の母親の苦労が解る、咲姫の母親の手助けになりたかったし。母親、あるいは父親が迎えに来るのを待つしかないところが、以前の自分と同じだったからだ。
そんな高志と共に過ごす日々は、けれど一年後、咲姫が八歳になった時に終わりを告げる。
咲姫の両親が、事故で亡くなり――遼が進学せずに、俳優になり。家族であり、妹である咲姫を手放すまいと思うあまり『他人』を近づけなくなったからだ。




