第三話
(なんて、人には言えないけど)
次の日の昼休み。
……いや、正確には朝から休み時間の度に、他のクラスの女生徒達に囲まれるのに、咲姫は心の中でため息をついた。
「何で隠してたの~?」
「あんな素敵なお兄さん、羨ましい!」
「おさりょって、休みの日とかはどう過ごしてるの?」
(何でって、こういう騒ぎになるから。羨ましい? だから、何? それと、お兄ちゃんの休みの日の過ごし方は、前に雑誌のインタビューで答えてたので満足して)
次々と話しかけられるのに、声に出さずに答える。とは言え、そう返してしまうとこの場の雰囲気が悪くなるだけではなく、遼のイメージが悪くなるので咲姫はグッと飲み込んで言葉を続けた。
「……うちは両親がいなくて、兄も仕事で忙しくて。学校行事などに来て貰うのも、申し訳なかったので」
遼にとっては全く迷惑ではなかっただろうが、無難な理由を口にすれば大抵の相手は引き下がる。
朝から何度も同じやり取りをしていたのと、これから弁当を食べるのに教室を出て、一人になれる場所を探そうと立ち上がったら。
「ねぇ! 高志とはどんな関係なのっ!?」
そう尋ねられ、派手な感じの女生徒に行く手を遮られる。内心、やれやれと思いながら咲姫は言った。
「兄がお世話になっている事務所の、息子さんです」
「嘘! じゃあ、何であんたと結婚とか……さっきみたいに、悲劇のヒロインぶって高志のこと騙してるんでしょ!」
「…………」
答えたのに即座に否定され、更に決めつけられてしまった。
とは言え、咲姫が黙ったのは確かに周りを黙らせる為、両親が亡くなっていることを口にしたので「悲劇のヒロインぶって」とは言い得て妙だと思ったからだ。
そして、人気俳優の妹である自分に絡んでくる辺り、目の前の彼女は遼ではなく高志が本当に好きなんだろう。
……だが、そんな咲姫の沈黙が相手の癪に障ったらしい。
「何とか言いなさいよっ」
カッと怒りに頬を染め、肩か腕を掴もうとしたのか手を伸ばしてこられたが――咲姫に触れる前に、別の手と声によってそれは果たされなかった。
「咲姫ちゃんは俺の幼なじみで、初恋の相手だよ……俺、ずっと好きな子がいるって言ってたよね?」
「高志っ……何で、この子なの!? 同情? 騙されてるって!」
「……俺の気持ちを、君が勝手に決めつけないでよ」
「っ!?」
庇うように前に立たれたので、高志の表情は見えなかった。
けれど、静かに返された声が低くなったのと――手を掴まれても尚、言い募っていた相手が青ざめ、更に周囲も息を呑んだのに高志が怒っているのだと解る。
(普段ニコニコしてるけど、怒ると本当に怖いんだよな、高志君って)
子供の頃を思い出して、内心でため息をつく。そして咲姫は、目の前の学ランの背中に声をかけた。
「……一緒にお昼、食べよう?」
「うんっ! あ、帰りも一緒に帰ろうね!」
そう言って振り向いた高志はもう、いつもの明るい声と笑顔だった。
※
その宣言通り、久しぶりに咲姫は高志と一緒に屋上で昼食を食べ、帰りも迎えに来た彼と一緒に帰宅した。
昼休みの騒ぎが噂になったのか、午後からは遠巻きに見られるだけになったので少しホッとした。
……とは言え、咲姫の住むマンションに高志が遊びに来たいと言ったのはちょっと予想外だった。
「引っ越してから、遊びに来てないんだから! せっかくだから、ね?」
何がせっかくかは解らないが、確かに遼の俳優業が軌道に乗った後、前に両親と住んでいた一軒家から引っ越していて。高志が預けられていたのはその一軒家だったので、咲姫達の住むマンションに来るのは初めてだ。
「……それ飲んだら、帰ってね」
「何? 遼さんに、友達上げるなとか言われてる?」
「私が、嫌なの」
リビングに通し、ソファに座った高志に昔から常備している(咲姫が好きだからだ)オレンジジュースを出す。
それに懐かしそうに(そう言えば昔、遊びに来た時もよく出していた)笑っての高志の問いかけに、咲姫は短くもキッパリと言い切った。
遼は兄妹だと隠すつもりはないので、友達を作っても連れてきても(女の子なら)何も言わないだろう。
だがここは、両親の遺産と遼が稼いだお金で手に入れた家で。そこで『お世話になっている』咲姫が勝手にするのは嫌だったので引越しをし、転校をしてからは同級生をこの家に入れたことはない。
「相変わらず、咲姫ちゃんは遼さん一筋だね」
「…………」
「それなのに……どうして咲姫ちゃんは、そんな自分を抉り取るようなことを言い出したの?」
怒ってはいない。
けれど静かに、高志に今回の結婚を言い出したことについて尋ねられたのに――高志の隣に腰掛けた咲姫は、コップをテーブルに置いて顔を上げた。




