決意と誤った計算
フレデリックがラウディアの意に反する決意をしてから一ヶ月後、午前の王侯貴族会議で恐れていたことが起こった。
いつものように王は会議室内にある一段上になった所にある椅子に座り、各国の情勢変化や国内の変化などの話を各大臣から話を聞いていた。
何事もなくいつものように会議が終わると誰もが思っていた時、皇帝の一言に各大臣貴族が騒然となり会議は紛糾した。
何も聞かされていなかったフレデリックも暫し呆然とすることになった。
この事態をいつも通り平然としていたのは唯一人ローゼディスク公家の当主だけであった。
「余はマリエッタ・エターナルを皇后に据えたいと思っている。」
皇帝の言葉に皆は呆然とするも忽ち意識を戻し、皇帝を諌め始める。
「陛下!貴族ではない、ましてや素姓の知れぬ平民を皇后に据えるのは反対でございます。」
「そうです。このままマリエッタ殿を寵姫とし、皇后は別にとられるのがよろしゅうございます。」
財務大臣を筆頭に次々と声高に皇帝に告げる。
皇帝は黙って聞いているが、明らかに怒気を振りまいていた。
皇帝は、ふとフレデリックを見る。
何も言わない彼に皇帝は声を掛ける。
「宰相、そなたはどう思う。」
場内の視線が一気に集中したことをフレデリックは肌で感じた。
ラウディアは私が反対すると予想しているのだろうか?
予想していないに違いない。
私が身分に拘る者ではないことを理解しているから。
意を決して意見する。
「私も反対でございます。」
はっきりと、きっぱりと、眼を逸らさずに…。
瞬間、皇帝の眼が見開かれる。
言葉を失くし我に返った皇帝は彼に問う。
「なぜだ?」
「彼女が皇后にふさわしいと思えないと判断したためです。」
彼は音を立てて椅子から立ち上がる。
誰もが皇帝がフレデリックに殴りかかると思った。
しかし、皇帝は皆の横を通り過ぎ会議室から出て行った。
フエデリックは急いで後を追う。
彼は見た。
立ち上がった皇帝の眼に怒り以外の傷ついた心を見つけてしまった。
急いで追いかけると皇帝は会議室の回廊を抜け、執務室に行く途中にある温室の中にいた。
前皇帝が愛していた温室であり、現皇帝となってからも前と変わらない風景が維持されていた。
ラウディアはフレデリックに気付きながらも背を向けたまま立っていた。
長い沈黙の後、ラウディアは口を開く。
「おまえは、私の味方だと勘違いしていたようだ。なぜ彼女を否定した!身分に拘るおまえでないことは分かっている!なぜだ!」
話しているうちに興奮してきたラウディアは声を荒げる。
フレデリックは黙ってラウディアの言葉を受け止める。
ラウディアが言葉を全部吐きだした後、フレデリックは告げた。
「何を言われようと私の意志が変ることはございません。彼女は皇后には相応しくありません。」
「おまえまで他の貴族と同じような考えを持つようになったか!」
「いいえ、陛下。私はおのれの直感を信じているだけです。陛下が女性を傍に置かれることを嬉しく思っているのは確かです。しかし彼女には解せない点が多くあります。確たる素姓が何一つ分かっていない女性を皇后に据えることは危険です。」
「私が女に対し心を開いたということは彼女が信頼に値する者だからだ。なぜそれが分からない。」
「彼女は陛下の理想そのままかも知れません。欲に目の眩んだ言動はしない。けれど、それだけです。それだけでは皇后に相応しいとは言えません。彼女には皇后として大切なものが欠けている。」
フレデリックの冷静な言葉にラウディアも冷静になる。
「欠けているものとは何だ?身分でないなら何だというのだ。」
「陛下が気付くべき点であります。私からは何も申し上げることはありません。陛下は前に仰いました。皇后の地位に何の意味があるのかと、皇后の地位欲しさに欲に目の眩んだ女はいらないと。でしたら彼女を皇后に据える必要はないでしょう。彼女自身が皇后の位を望む女性でないことは陛下の信頼さから分かりますし、皇后は他の者が納得できる者を置いて世継ぎを産めば彼女を傍に置いても周りからの非難は避けられるでしょう。」
ラウディアは図星を指されたのと同時にフレデリックの頑固な態度を見て、これ以上言葉を重ねても意志が変らないと判断する。
しかし、このまま引き下がるのも面白くないラウディアはフレデリックに命令する。
「ならば、そなたが探し出せ。そなたのいう皇后に相応しく皆が納得できる者を推薦すれば、その者を皇后にしよう。その者にとって幸せかは分からんが、世継ぎを産めるのだ。泣いて喜んでしがみつくであろう。」
ラウディアはフレデリックを残し足早に温室を去って行った。
フレデリック突然の命令に驚くも、マリエッタが皇后になる可能性が低くなることに安堵したと同時にいつの間に温室にいたのか声を掛けられて驚いた。
「陛下に冷静に意見したのは良いが、そなたは計算ミスを犯した。」
後ろを振り向くとローゼディスク公家の当主ロベルトが立っていた。
しかし計算ミスと言われ何のことか分からないフレデリックは尋ねた。
「ミスとは…?」
ロベルトはほほ笑みを見せたが、目が笑っていなかった。そして突如としてロベルトの発する気によって背中に緊張が走る。
「頭の切れる宰相でも分からぬか?陛下は、誰もが納得する者を皇后にすると仰られた。そなたは寵姫を皇后にする阻止で頭が一杯で、誰が皇后に相応しいかまで計算していなかった。誰もがということは王侯貴族が納得するに相応しい身分でなければならないという事だ。当然地位の高い王族、公家からであろう。」
そこまで言われて頭が真っ白になった。震える手と口に力を込める。
「あっ…今現在相応しい姫は…。。。」
先の言葉が続かない。
言葉を失うフレデリックをロベルトは見つめ、言葉を続けた。
「陛下の従兄は、そなただけ。よって相応しい王族の姫はいない。次は公家。五つの公家のうち3つは既に嫁いで娘がおらず、残る二つのうち一つは跡取り娘しかいない。となると跡継ぎがいて、娘もいるのは…」
「「ローゼディスク公家」」
フレデリックは考えの足りなかった自分に後悔し、姫に対する罪悪感に苛まれる。