ラウディアとマリエッタ
お久しぶりです☆
ちょっと長くなりましたが、よろしくお願いします。
時は一年半前に遡る。
首都ルーベの北にあるアルザス山へ遠乗りに出掛けた時のことであった。
ラウディアの機嫌は朝から急降下であった。
皇后を決めろという煩い家臣を撒いて、城から気分転換に馬を走らせるのはここ数年の日常生活の一部となっている。帰ればフレデリックの説教と山と積まれた報告書が待っているのは分かっているが、我慢にも限界があるのだった。
(私は父上のようにはならん。王としてはそこそこであったが、女にだらしがないのは悩みの種だったな。女が出来れば王女として使い道もあるというのに、なぜ産まれてくるのが男ばかりなのか……。お陰で、こっちは処理するのが大変だったし、子どもに関心も無かったため迷惑な父親でしかなかったな。皇后など誰がなろうと同じであるというのに、欲に眩んだ女など汚らわしいし御免だ。)
ラウディアは荒んだ心情を抑えようと泉の方へと馬の足を進めた。
山の入り口から遠くはない場所に泉があり、ラウディアの先祖に当たる王の一人が生涯の愛を誓ったと言われる女性に出逢った場所であるとの言い伝えが残っている。
ラウディアは、その言い伝えが真実であることを知っていた。王家の人間に愛などないと信じていたが古くからの日記や史実に残っている。幼い頃は憧れた。愛に溢れた王家の時代に自分も生まれたかったと。そうすれば自分の心は満たされると思っていた。母は父だけを見つめ、父は誰にも見向きしなかった。家臣も使用人も王子としての自分しか見なかった。フレデリックだけだった。自分を叱り、諌め、向き合う者は…。あの頃は寂しいと思ったが、今ではその全てがくだらないように思えた。
泉まで後少しの所で、茂みの揺れに気付いた。
茂みのそばに近付くと女が蹲って泣いていた。
声を押し殺して泣いている女は俺の存在に気付いていなかった。
俺は、女の泣き顔は気に入らず、不快になるため女に声をかけた。
「(泣くな、鬱陶しい)何を泣いている」
女は顔を上げず、ただ泣いている。
「いい加減にしろ。泣くなら家で泣け。息抜きに出た意味がなくなるではないか。俺を不快にさせるな。」
厳しい口調で話しかけると女が俺を睨みつけた。
「あなたに何が分かるの。見ただけで裕福だと分かるあなたに貧乏人の気持など分からないのでしょう。家で泣くことが出来ないから、ここまで来たのに…。なぜ後から来たあなたに責められなければいけないの。」
厳しい眼差しで自分を睨みつける女は生まれて初めてだった。
僅かに興味を持った俺は事情を聞くことにした。ほんの気まぐれであった。いくら自分の民といえど手を差し伸べるつもりはなかった。ただ聞くだけ。無礼であっても俺を睨みつける女が珍しかったから聞いてやることにしただけ。
女は言う。
「姉が病気で命が危ういのです。両親を早くに亡くしたため私の親代わりになって一生懸命働いてきた姉の前で泣けるとお思いですか。姉は優しいから私が泣けば悲しんで自分を責めるのは分かり切っています。だから此処にいる。」
女の言う事が理解できなかった。
女は泣く。すぐに泣く。己の不幸を憐れんで人の同情をかおうとする。人を憐れむことで自分に酔う女もいた。それが女だと思っていた。
この女は違うのだろうかと思った時、女はとんでもないことを言い出した。
「そこまで聞いたなら私を売って、そのお金を薬代にして姉に届けてくださいませんか。」
女は呆気にとられる俺を無視して喋り出す。
女一人では纏まったお金は得られない…などぶうぶつと言っている。
俺に…皇帝である私に人身売買をしろというのか…。その前にこの女は身売りの意味をきちんと理解できているのか。
「自分でやればいいだろう。身売りでも何でも。まぁ、そんな金で得た薬など嬉しくはないがな。」
「私は姉が助かれば良いのです。私のせいで姉は貴重な少女時代を私の世話で奪ってしまったのですから。」
項垂れる女を見て私は聞いた。
「おまえの名は何と言う?」
女は渋々といった様子で答えた。
「マリエッタ…マリエッタ・エターナル」
俺は笑った。女に対する興味と退屈しのぎのために女に囁いた。
「俺が面倒を見てやる。」
この一言が俺と周りを狂わすことの原因となる。
俺は皇帝、この帝国の権力者。
だが所詮、城に囚われ、王冠に囚われた者でしかない。
外の世界を詳しく知らない俺は踊らされる。
この当時、娼婦や下心ある女達の間で流行っていたお遊びを知らず俺は彼女に囁いた。
知っていれば、そして周りに耳を傾けることが出来たらラウディアとレイシアの関係は変っていただろうか。
だが全ては仕組まれ、歯車は周りを巻き込み廻っていく。
誰も気づかない。陰の笑みを見せる者がいることを…。
誰が陰で笑うのかは、まだまだ先の展開になるかもしれません。
今後ともよろしくお願いします。