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デメキン姫と呼ばれた聖女、今日も華麗に逃げ出します! 〜最凶魔術師にいじめられてた私が、なぜか番契約で溺愛されて国へのざまぁも始まりました〜  作者: みょんたま
前編 /  旅路編

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第6話【密着】出目金姫、爆誕。〜乗馬スキル皆無につきヤンキー魔術師の足の間へどうぞ〜

 祖母が亡くなったと知らされた、あの暗い公園から、エデンに戻るまでの道程。


 ハルカは、夜で人出がまばらとはいえ、聖力保持者独特の光を含んだアリアの髪が人目に触れるのは危険だと判断した。人目につかないように、自分のマントの中へすっぽり入れようと、アリアを横抱きにして隠す。


 アリアはハルカの腕の中に収まり、どくどくと聞こえてくるハルカの心音を聞きながら、心を固く閉ざしていた。


 唯一の希望だった祖母の死。

 その残酷な事実は、アリアの心を完全に麻痺させていた。


 頭の中が真っ白で、涙すら出ないまま、抜け殻のように押し黙っていた。まるで自分の意志などないように、ただ運ばれるがままに夜道を駆けてきたのだ。


 ——だが。


 荷物を取りにエデンに立ち寄り、いざ「アリア専用の馬」が引き出された段になって、その悲愴な沈黙は強制終了させられることとなる。


 見上げるほど巨大な獣。

 ぶるるっ、と鼻を鳴らす荒い息。

 足をかけるはずのあぶみは、アリアが背伸びをしても届かないほど高い位置にある。


 あの二人は軽々と飛び乗っていたというのに、目の前に立つ馬は、アリアにとっては見上げるほどの巨大な壁だった。


 だが、心底どうでもよかった。


(……馬に乗れないなら、それはそれでいいじゃない)


 それを理由に、ここに居座れるかもしれない。

 馬車を用意するのに時間がかかるなら、それはそれでいい。

 みんな、困ればいいんだ。


 アリアは虚ろな瞳のまま、だらりと腕を下げて、馬の横でぴたりと固まっていた。


「おい」


 セシルが、死人のように立ち尽くすアリアを見下ろした。


 さっきまで窓から逃げ出そうとしていた生意気な少女が、今は完全に心を折られ、空っぽのガラス玉のような目をしている。

 エデンの中にいた、あの不気味な子どもたちと同じ目だ。


 それが、彼の中のひどく苛立たしい部分を、大いに刺激したらしい。


「お前、さっきから馬の横で何突っ立ってんだ? お祈りでもしたら馬に乗れるとでも思ってんのか?」


 アリアはぴくりとも動かなかった。

 聞こえないふりをしているのではない。本当に、声が頭に届いていないのだ。


 セシルは、ちっ、と短く舌打ちをすると、馬の首元に身を預け、腹立たしいほど冷酷な笑みを浮かべた。


「おい、出目金。お前、このままここで干からびるつもりか?」


「……」


「行くあてがなくなったからって、このまま全部諦めんのかよ。黙って運ばれて、黙って帝都に行って、黙って言われた通りに歌うつもりか。案外、つまんねー奴だな」


 絶望と悲しみに沈んでいた彼女も、ここへ来てようやく黙っていられなくなる。

 キッ、とアリアは渾身の力を込めてセシルを睨んだ。


「お? なんだよ、乗れんのか? じゃーさっさと乗れよ」


(こんなもん、意地でも乗ってやるわよ!)


 アリアは意を決して、馬に乗ろうと鞍へ手をかけた。


 しかし。

 アリアは、乗馬が壊滅的に下手だったのだ。


 気を取り着直して鞍に足をかけようとしては、つるりと滑り落ちる。

 もう一度挑戦して、また無様に滑る。

馬は「私は何も悪くありませんが?」という顔で大人しく立っていた。

セシルが、心底楽しそうに喉の奥で笑った。


「はっ。今度は何やってんの? なんかの聖なる儀式?」


 アリアは聞こえないふりをして、無視を決め込んだ。


「さーっすが御子様。祈る以外はポンコツってわけだ! いやーもうここまでくると御子様って呼ぶのもどーなんだ?」


「う、ううううるさいっ!」


 アリアは真っ赤な顔で叫んだ。

 悲劇のヒロインの仮面など、もうどこかに吹き飛んでいる。


「ずっと! エデンにいたんだから! 馬車以外乗ったことないって言ってるでしょ!!」


「はっ、顔まっっっか。お前、傷じゃなくて怒りで発光してたんじゃねーの? 爆発寸前の出目金みてぇ」


「んなっ! ば、ばくはつ!? でめきん?! ああああ、あんた失礼よ!! これでも私は!!」


「あぁ。これはこれは大変失礼いたしましたー! ただの出目金と呼んではエデンに失礼だ! これからは出目金姫とお呼びしましょう!!」


「い、一緒よ! あんた神官にいいつけて……!!!」


 言い返そうとしたアリアに対し、セシルは馬を一度降りると、彼女の至近距離へと歩み寄った。


「な、何よ」


 そして、まるで騎士がお姫様に挨拶でもする時のように礼をした。

 紫の瞳を意地悪に輝かせ、形の良い薄い唇はうっすら笑っている。

 星と花でも背負ってるかのような雰囲気だ。


「ご機嫌うるわしゅう? 出目金姫さま?」


 セシルはにやりと意地悪く笑いながらアリアの顔に近づき——そして。


 ごつん!


 額に、衝撃が落ちた。


「いったぁ!? 何するのよ!」


 アリアが額を押さえて涙目で抗議すると、セシルはさも当然のような顔で言った。


「景気づけだよ、景気づけ。元気出ただろ」

「出るわけないでしょ! 痛いだけよ!」


「声は出たじゃねぇか」

「屁理屈!」


 アリアが真っ赤になって睨みつける。

 セシルは、その顔をじっと見た。


 さっきまで人形みたいに冷え切っていた青い瞳に、ほんの少しだけ怒りの火が戻っている。

 それを確かめてから、セシルは低く言った。


「世の中ってのはな。理不尽なんだよ。お前だけじゃねぇ」


 アリアは言葉を止めた。

 セシルの紫の瞳は、不機嫌そうで、乱暴で。

 けれど、嘲ってはいなかった。


「前線じゃ、昨日まで笑ってた奴が今日は死ぬ。守るはずの国に使い潰される奴もいる。正しいことをしたって、全部報われるとは限らねぇ」


「……」


「でもな」

 セシルは、少しだけ声を低くした。

「だからって、お前が黙って呑み込まなきゃいけねぇ理由にはならねぇ」


 アリアは、息を呑んだ。


「腹が立つなら覚えとけ。泣きたいなら泣け。文句があるなら、死なずに帝都まで来て、言う相手に直接言え」


「……そんな簡単に言わないでよ」


 掠れた声だった。

「皇帝陛下に文句なんて、言えるわけないでしょ」


「言え」

「無理!」


「じゃあ練習しとけ」

「何それ!?」


 思わず声が大きくなった。自分でも驚いた。

 さっきまで、何も言葉が出なかったのに。


 セシルは、わずかに口の端を上げた。

 冷たい夜の空気に溶けるような、ひどく低く響く声で呟いた。


「その調子だ」


 鼓膜の奥を直接震わせるような、深く、甘い声だった。

 乱暴な態度とは裏腹な、ずるいほどに大人の男の色気を帯びたその声の響きに——アリアは思わず、心臓がどくんと大きく跳ねるのを感じた。


「……は?」


 動揺を隠すように聞き返すと、セシルはふんと鼻を鳴らした。


「人形みてぇな顔して黙ってるより、そっちの方がまだマシだ」


 アリアの頬が、かっと熱くなる。

 それは怒りのせいだけじゃない。名状しがたい熱が、耳の先までじわじわと広がっていた。


「だ、誰が人形よ!」

「お前」


「最低!」

「生きてりゃ最低って言えるだろ」


 セシルはぶっきらぼうに言って、視線を逸らした。


「……何よ! 偉そうに!!」

「はいはい、弱いものいじめをしないの、セシル」


 じゃれ合うような口喧嘩に、ハルカが呆れたように間に入る。


「こんなにぷるぷる震えてるじゃないか」

「誰が震えてるのよ!」


 必死に虚勢を張るアリアを見て、ハルカはふっとスカイブルーの目を細め、どこか懐かしそうに笑った。


「アリアちゃんって、僕の妹に似てるんだよねぇ」

「……は?」


「その必死な後ろ姿、うちの妹が初めて犬にまたがろうとして振り落とされた時にそっくり」

「犬と一緒にしないで!」


「ほら、怒るところもそっくりだ」

「似てない!」


 そこへ、荷造りを終えたリサと執事のトーマスが慌てて割って入ってきた。


「あ、アリア様は馬車しか乗ったことがないのです! いきなりは乗れません」

「セシルどの、軽口もほどほどになさいませ! アリア様のご機嫌が……」


 リサが旅用の大きな荷物を抱えて歩み寄ってきた。

 その後ろには、ハンカチで目頭を押さえるトーマスも続いている。


「アリア様。帝都までは数日かかると聞いております。荷物を用意しました」


 その声に、アリアは振り返る。


 リサはいつものように、感情を押し殺したような穏やかな微笑みを浮かべていた。

 けれど、その目元は少しだけ赤く腫れている。


「お元気で。エデンから見守っております」


 手渡された荷物は、思っていたよりもずっしりと重かった。

 その重みで、アリアは中に何が入っているのかを悟る。


 着替え。温かい食べ物。

 そして、きっとリサが規則の目を盗んでこっそり入れてくれたであろう、本の重みを感じた。


 アリアは、その愛情が詰まった荷物をぎゅっと抱きしめた。


「リサ、ありがとう」


 声が少し震えた。


「リサも、元気でね」


 二人は、引き寄せ合うようにぎゅっと抱き合った。

 彼女の意識は、目の前のリサだけに向いている。


 リサの腕は細く、けれど確かに温かかった。

 この冷たいエデンの中で、唯一、自分を「御子」としてではなく「人」として抱きしめてくれた腕だった。


 トーマスが「アリア様、このトーマス、娘を嫁に出す父親のような気持ちで……」と感動的なスピーチを始めようとしていた。

 アリアは完全にスルー——しようとしたが。


 数年間ともにいたトーマスが涙しているのを見て、ため息をつき、それから彼も抱きしめた。

 アリアが離れると、トーマスはじっとアリアを見つめたかと思えば、いきなり地面に突っ伏した。


「あぁっ!!! せめて十日後の誕生日をお祝いしとうございました! あと十日だというのに……十日も経てば十八歳となられて、今後のことも……!」


 地面に額がつく勢いで泣き崩れていたトーマスが、ふと顔を上げ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で二人をぎろりと睨みつけた。


「そもそも! うら若きアリア様の護衛が、こんな素性の知れないヤン……ゴホンッ、血の気の多そうな若者二人だけなど、いささか心もとないとは思いませぬか!」


「思わねぇよ。俺らはまだ学生とはいえ、魔力量は帝都の騎士団の中でも最強クラスだ。じいさんが百人束になっても俺の指先一つに勝てねーから安心しろ」


 間髪入れず、セシルが氷のように冷たいドヤ顔で言い放つ。


「道中、もし不埒な輩に、光を受けると薄桃に輝く、あの美しき髪と瞳で聖なる御子だとバレでもしたら! 群衆は押し寄せ、ならず者は群がり、純真無垢なアリア様はあんなことやこんなことや――!」


「トーマス。髪はターバンを巻いて、フードを深く被るようにしますよ。だから、あなたはここでお留守番だ」


 今度はハルカが、完璧な大人のスマイルの裏に「これ以上喚いたら気絶させるぞ」という有無を言わさぬ凄みを潜ませて、にこやかに答えた。


「ハ、ハルカ殿!? 今あなた私めを呼び捨てに!? それに目が! 目が全く笑っておられんぞ!?」


「……トーマス。ありがとう」


 わあわあと騒ぎ立てるトーマスの首に、アリアは両手を回して抱きしめた。

 今度は、心から。


 神官たちが無理なスケジュールを組むたびに、「いささか忙しすぎるとは思いませぬか」と間に立ってくれた人だった。


「トーマス。元気で。本当にありがとう。心配してくれたんだね」


 トーマスは、うぅ、と少し唸ると、アリアに震えながら両腕を回した。


「……どうか、お気をつけて」


 さっきまでの勢いはどこへやら、かすれた声でトーマスが言った。


「髪は必ず隠してくださいませ。瞳も、なるべく人前では伏せて。アリア様の光は、どうしても人目を引きます」

「うん」


「この方々の言うことを、少しはお聞きください」

「……少しは?」


「全部聞けと言っても、お聞きにならないでしょう。昔から、一度決めたらテコでも動かないお方でしたから」


 アリアは少しだけ笑った。


「アリア様」


 リサが耳元で、誰にも聞こえないように小さく囁く。


「どうか、ご自分の心を、忘れないでくださいませ」


 いつか心をすり減らし、人形のようになってしまったリサからの、痛切な願い。

 逃げおおせることは、叶わなかった。帝都で歌い終わっても、またここに帰ってくるのかどうかも聞かされてはいない。アリアは何も言えず、ただ小さく、けれど力強く頷いた。


「はい、感動のお別れはそこまで。そろそろ出発するよ」


 ハルカの低く穏やかな声が響き、大きな手がアリアの肩を包み込む。


 そのままトーマスから引き剥がすように引き寄せると、「ほら、おいで」とアリアの華奢な腰を両手で掴み、ふわりと羽でも扱うかのように軽々と自分の馬の鞍へと持ち上げた。


「うわっ!」


 抵抗する間もなく、アリアはすっぽりとハルカの指定席に収められる。


「……アリアちゃんって、すっごく軽いねぇ。ちゃんとご飯食べさせてもらってた?」


 背後から、ハルカが耳元で甘く、けれど大人の男としての鋭い観察眼を潜ませた声で囁いた。

 そのままハルカ自身も後ろに跨り、セシルよりさらに少し高い長身で、アリアの退路を完全に塞ぐ。


「行くぞ」


 別れの余韻を完全に切り裂くように、セシルが先頭で馬を蹴る。

 漆黒の闇の中、黒馬が風のように駆け出した。ハルカの馬もそれに続く。


 馬の激しい揺れ。

 少しだけ振り向くと、エデンの窓から神官、そして残された子どもたちが、冷ややかな目でアリアを見つめていた。


 必死で手を振るトーマスと、胸の前で両手を合わせるリサが目に入る。

 最後にもう一度だけ、リサとトーマスを見つめて、心を込めて頷いた。


 アリアは前を向き、ハルカの汗ばんだ軍服に背中を預けた。


「街を出るまでは、マントの中に入ってて」


 ハルカはそう言ってアリアを横抱きにすると、マントの中にすっぽりと隠した。

 伝わってくる熱に、少しの恐怖を感じた。


 清潔で、静かで、感情の何一つなかったエデン。

 それとは真逆の——泥臭くて、荒っぽくて、口が悪くて、けれど残酷なほどに命の熱気に満ちている、この男たちの腕の中。


 帰ってこれるかは分からない。

 もし、ここ、クリスタルレイルに帰ってきたとしても、帰る家は、もうない。


 こうして、どうなるかも分からない地獄の、けれど彼女にとって初めての「自由な外での旅」が始まった。







 ――はず、だったのだが。


 アリアは真っ暗なマントの中で、限界まで眉毛を寄せていた。

 あることにジッと耐えているのだ。


 ぐぐぐ! とさらに眉を寄せて、目に力を入れて耐える。


 が、ついにその我慢の限界が訪れた。


「ぷはぁ!……汗臭い。というか、なんというか……野生の獣の匂いがする……!」


 出立して街を出た頃、アリアはハルカのマントから顔だけをひょっこり出した。


「臭すぎるせいで悲しみにも浸れないわ!」


 マントの隙間から顔だけがひょっこり出ているという、なんとも珍妙な光景だ。

「ホラーかよ」というセシルの鬱陶しそうなツッコミを無視して、アリアはたまらず鼻をつまんだ。


 自分をすっぽりと包み込んでいるハルカからも、前を走るセシルからも、貴族的な見た目からは想像もつかないほど、泥と血と汗の、むせ返るような生々しい男の匂いが立ち込めている。


「あんたたち! 一体ここへ来る前、『どこで何をしてた』の!?」


 アリアの問いに、前を走るセシルが、闇の中でギラリと紫の瞳を光らせて振り返った。


「地獄の底を、三日三晩這いずり回ってたんだよ」


「まさかその間、一度もお風呂に入ってないとか言わないわよね!?」


「うるせぇな。こっちはお前を迎えに行くってんで、三日間ろくに寝ても風呂にも入ってねぇんだよ」


 馬上から面倒くさそうに吐き捨てるセシルに、アリアは言い返した。


「ばっかじゃないの。宿で入ればいいじゃない」


「あのねぇ、アリアちゃん。君が思っているほど、悠長な旅ではなかったんだよ」


 ハルカが苦笑しながら、雨の匂いを含みはじめた夜空を見上げる。

 アリアがこれでもかと片眉を吊り上げ、「どういうこと!?」という表情でハルカを見つめると、ハルカは優しい空色の瞳でアリアを見つめ返し、その形のいい唇を開いた――。

またまた誤字脱字、改行など修正しました

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!

更新終わらせとこうと思いつつ、ついつい連続投稿しちゃいましたw

ブックマーク、いいねなどいただけると嬉しいです^^

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