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デメキン姫と呼ばれた聖女、今日も華麗に逃げ出します! 〜最凶魔術師にいじめられてた私が、なぜか番契約で溺愛されて国へのざまぁも始まりました〜  作者: みょんたま
前編 /  旅路編

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第16話【落雷の旅路】お前がいると、頭が静かになる。〜4日目:川の中で泳ぐ聖なる出目金。〜

セシルの雷が、ようやく静まった数分後。


ハルカは野営の準備にかかり、セシルはまだ息を切らしていた。

少し離れた場所で、ハルカが野営の準備を始めていた。火を起こす場所を探し、馬の手綱を木に結びながらも、ちらちらとこちらを気にしている。


セシルは岩壁に背を預け、まだ荒い息を繰り返していた。

肩から腕へ。

腕から指先へ。

さっきまで制御を失いかけていた青白い稲妻は、アリアの聖力に包まれて、少しずつ溶けるように消えていく。


「……はぁ」


セシルが短く、熱を帯びた息を吐いた。

乱れた銀髪が、汗ばんだ額に張りついている。いつもの余裕そうな顔ではない。

アリアはおそるおそる、その横顔を見上げた。


「大丈夫?」

「うるせぇ」


即答だった。

けれど、声に普段の鋭い棘はなかった。

セシルはゆっくり顔を上げる。その指先から、もう雷は漏れていない。


「……治まった」


低く、呟く。

アリアはほっと息をついた。


「よかった。じゃあ私、ハルカの手伝いを——」


立ち上がろうと身を動かした、その瞬間だった。


「動くな」


背後から、ひどく低い声が降ってきた。


「え?」


振り返るより早く、セシルの手がアリアの肩を押さえた。

強くはない。

けれど、その大きな掌に触れられた瞬間、アリアの身体はぴたりと止まる。


「ちょ、セシル? 何して——」

「まだ動くな」


「もう雷、治まったんでしょ?」

「完全じゃねぇ」


そう言うと、セシルは少し身を屈めた。

彼の顔が、アリアの肩口へ近づく。首筋に近い、髪の生え際。

そこへ、セシルは額を預けるようにして顔を埋めた。


「……っ!」


熱い吐息が、肌をかすめる。

アリアの肩がびくりと震えた。


「な、何してるの……」

「黙れ」


低い声。

けれど、命令というより、余裕のなさを隠すような響きだった。

セシルはそのまま、深く息を吸った。

一度。

また一度。

まるで、荒れた呼吸を整える場所をそこに見つけたみたいに。

銀色の前髪がアリアの首筋をくすぐり、背筋に小さな痺れが走る。


「……お前の聖力か匂いか。」

掠れた声が、耳の近くで落ちた。


「まだ、残ってる」

「聖力……?」


「匂いもする」

「に、匂いって……!」


アリアの顔が一気に熱くなる。

セシルは構わず、もう一度だけ息を吸った。


「頭痛が、静まる」


その声があまりにも弱くて。

アリアは、逃げるタイミングを失った。

怖いわけじゃない。乱暴にされているわけでもない。

けれど、首筋にかかる彼の吐息が熱くて、近すぎて、胸の奥が落ち着かない。


「……それなら、そう言えばいいじゃない」

「言ってる」


「言い方が悪いの」

「うるせぇ」


アリアが少しだけ身じろぎした。

すると、セシルの腕が反射的に動いた。

腰の後ろに、片腕が回る。


「っ……」


強く抱きしめられたわけではない。

ただ、倒れないように支えるような、逃げようとする身体を引き止めるような力。

それなのに、アリアの背中はセシルの胸板に近づいていた。

硬い筋肉の感触。まだ少し速い、彼の心音。

どく、どく、と。

背中越しに伝わってくる。


「……逃げんな」


低い声だった。

アリアは息を呑む。


「逃げてない」

「今、逃げようとした」


「ハルカを手伝おうとしただけ」

「今じゃなくていい」


「なんで」

「……まだ、必要だから」


その言葉に、アリアの胸が小さく跳ねた。

必要。

道具としてではなく。御子としてでもなく。

今この瞬間、セシルが苦しさを鎮めるために、自分を必要としている。

そう思うと、変な熱が胸の奥に広がった。


「……私が?」

「他に誰がいる」


ぶっきらぼうな声。

けれど、腰に回った腕は離れない。

アリアは自分のローブの裾をぎゅっと握りしめた。


「……近い」

「知ってる」


「離れて」

「もう少し」


「もう少しって、どれくらい」

「俺が平気になるまで」


「勝手すぎる」

「今さらだろ」


返す言葉に困っていると、セシルがふっと小さく笑った気配がした。


「……お前、いい匂いがする」

「っ……!」


アリアは反射的に肩を跳ねさせた。


「な、なに言ってるの!」

「事実」


「そういうこと、普通言わない!」

「俺は普通じゃねぇし」


「開き直らないで!」

「うるせぇ。頭に響く」


そう言われると、アリアは強く言い返せなくなった。

まだ本当に痛むのかもしれない。そう思うと、無理に離れろとも言えない。

セシルはアリアの肩口に顔を埋めたまま、静かに息を吐いた。


「……お前が近くにいると、息が楽だ」


ぽつりと落ちた声は、いつものからかいではなかった。

アリアは黙った。

腰に回っていた腕の力が、ほんの少し緩む。

でも、離れない。

まるでセシル自身も、自分が何をしているのか分かっていないみたいだった。


「……もう、いい?」


アリアが小さく聞くと、セシルはしばらく黙っていた。

それから、名残惜しそうに息を吐く。


「……終わった」

「本当に?」


「…頭が、静かになった。」


セシルはようやく腕を離した。


背中から熱が離れる。

それだけなのに、アリアは急に夜気の冷たさを感じた。

セシルは立ち上がり、乱れた銀髪を気怠げにかき上げる。もういつもの、傲慢で面倒くさそうな顔に戻っていた。


「……お前、顔赤いな」

「暑いだけ!」


「そうかよ」

「そうなの!」


必死に言い返すアリアを見て、セシルは少しだけ口の端を上げた。

それから、何かを言いかけて、やめる。

代わりに、ぼそりと落とした。


「……また頭痛がしたら、頼む」

「頼むって……!」


「必要なんだろ。お前の聖力か、匂いかどっちなんだかわかんねーけど。」

「言い方!」


セシルは低く笑い、ハルカの方へ歩いていく。

アリアはその背中を睨もうとした。

けれど、うまく睨めなかった。

首筋には、まだ彼の吐息の熱が残っている。

腰の後ろには、さっき回された腕の感触が残っている。

怖かったわけじゃない。

嫌だったわけでもない。

でも、胸の奥がずっと落ち着かない。


「……なに、これ」


小さく呟いて、アリアは両手で頬を押さえた。

それでも熱は、なかなか引かなかった。


魔獣の焦げた匂いと、木や土の匂いだけが、夜の森にただよっていた。やがて火を起こして野営の準備をしてきたハルカが戻ってきた。


先の魔獣との戦闘は、泥と土埃、そして魔獣の謎の体液のようなものが飛び散る、非常に不快なものだった。

疲労困憊で野営地を作った後、ハルカが申し訳なさそうに眉を下げる。


「アリアちゃん、悪いんだけど、今日もお風呂が用意できないよ」

「う、」


うん、全然いいよ、と言おうとしてアリアは口をつぐんだ。

街でノヴァリアの商人にあった夜もお風呂に入れなかったから、今日は、、、と期待していたのだ。


ふくらはぎの辺りに魔獣のねっとりとした何かがまとわりついた感覚が残っていて、どうしても、どうしても洗いたいと思っていたからだった。

しかしアリアは、わがままを言ってはいけないとグッと堪え、わかったと小さくつぶやくと、カバンからタオルを出してゴシゴシと力任せに足を拭った。

その健気な姿に胸を痛めたのか、ハルカが苦笑交じりに提案する。


「アリアちゃん、セシルじゃないけど川が近くにあるよ?すごく綺麗な小川だったから足くらいは流せる」


「いく!」


即答だった。

月明かりだけを頼りに、ハルカの先導で川沿いを歩く。夜の森は少し怖かったが、水の音が近づくにつれてアリアの足取りは速くなった。

しかし、川に着くと先客がいた。

ざばぁっ、と水音がして、月光に照らされた水面から、引き締まった男の上半身が現れる。

いくとすでにセシルが泳いでいた。

鍛え上げられた腹筋や広い肩幅から水滴が滴り落ち、濡れた銀髪を掻き上げる仕草は、腹立たしいほど一枚の絵画のように決まっている。


しかし、アリアの目は彼の肉体美ではなく、清らかな川の水にしか向いていなかった。

アリアは急いで川岸の岩場に下り、なんとか足をつけようとする。

が、苔むした岩でつるりと滑りそうになった。

すかさず、背後にいたハルカが彼女の脇の下に両手を差し入れ、ひょいっと持ち上げるようにして川に足を浸してくれた。


「あ、ありがとう」


宙ぶらりんで足をパチャパチャさせるアリア。

それを見た川の中のセシルが、不躾に指を指して吹き出した。


「ぶっ!お前、それ捉えらえた小猿みたいだな!」


カチン。

アリアの頭の中で何かが鳴った。

せっかくのハルカの優しいリフトアップを、類人猿の捕獲風景に例えられたのだ。


「う、うるさい黙れ!」


アリアは、セシルの腹立つ顔面に向かって、思い切りバシャァッ!と水を蹴り上げた。


「うあっアリアちゃん!落ちる!落としちゃうよ!」


予想外の暴れっぷりに、支えていたハルカの体勢がグラつく。


「ハルカしっかりもっとけよ!覚悟しろ出目金!!」


「やめろセシル!うあ!」


「きゃー!!!!」


セシルは容赦なかった。

長い腕を思い切り振って、大量の水をアリアたちに向けてぶっかけたのである。バシャァァン!という轟音と共に、冷たい川の水が二人にクリーンヒットした。


静寂。

ポタポタと、髪から水をしたたらせて、ハルカが深い深いため息をついた。

その顔には、いつもの完璧な笑みが張り付いている。ただし、こめかみには青筋が浮かんでいた。


「覚悟するのは君だよセシル。ごめんねアリアちゃん、ちょーっとここで座ってて」


アリアを丁寧に岩場に座らせると、ハルカは指先をすっと水面へ向けた。

ゴゴゴゴゴ……という地鳴りのような音と共に、風魔法を巻き込んだ巨大な水柱が一気に立ち上がり、セシルを目掛けて一直線に襲い掛かった。

ズドォォォォン!!


「僕がいつでも優しく微笑んでると思ったら大間違いだよ」


「お前こそ俺が雷だけだと思ったら大間違いだ」


セシルが魔力を一時的に腕に溜め、強化した筋力で滝のようにハルカに降らせる。


「やったな!」

「お前こそ!」


帝国最高峰の魔術師二人が、本気の魔力を注ぎ込んで「川での水掛け合戦(致死量)」を始めている。あまりにも大人げない。


「バッカみたい。」


アリアは呆れ果てて自分を見た。

すでにセシルの水撃と二人の魔法の余波で、頭の先からつま先まで水浸しになっていた。

こうなってはもう、足だけ洗うのも全身洗うのも同じだ。

アリアは、もういいやとばかりに重くなったローブを脱ぎ捨てた。

濡れた薄手のシャツが肌にぴったりと張り付き、柔らかな胸の膨らみや、くびれた腰のラインをはっきりと浮き彫りにする。

さらに、長い金の髪をバサリと解いて、そのままざぶざぶと川に入り出した。

月光に照らされたその姿は、水浴びをする妖精か水の精霊のように、無自覚で暴力的なほど色っぽかった。


「えっアリアちゃん!?冷たいよ」

「あ!ばか出目金、そっち深いぞ」


水柱をぶつけ合っていた男二人が、その姿にギョッとして同時に魔法を止めた。

目のやり場に困り、セシルはバツが悪そうにそっぽを向き、ハルカは慌てて手で顔を覆う(指の隙間はバッチリ開いているが)。


「私、エデンのプールで泳いでたから泳ぎはできるの」


当のアリアは、男たちの動揺など露知らず。


「後で責任とって乾かしてよね、ハルカ」


言い残すと、金魚のようにしなやかに、スイスイと水の中を泳ぎ出した。

長い髪が水の中で輝く。

冷たい水が、アリアの火照った体と日中の疲れを洗い流していく。

それを見守っていたセシルがつぶやいた。


「お前、意外と泳げるじゃん。聖なる出目金だな」


「出目金は余計よ!」


「あーあ、もう。風邪引いても知らないよ」


ハルカが観念したように笑い、セシルも「勝手にしろ」とため息をつく。

結局、誰も止めることはなく、3人は深い川で冷たさに悲鳴を上げながら思い切り泳ぐことで、今日の汚れと汗(と少しの鬱憤)を洗い流したのだった。




その夜。  

二人の最強魔術師による、大人気ない水掛け合戦の代償は思いのほか大きかった。


「あーあ。見事に全滅だね」

「テメェが巨大水柱なんか立てるからだろ!」


セシルとハルカが大暴れしたせいで、岩場に置いていた荷物が丸ごとびしょ濡れになってしまったのだ。 舌打ちしながらセシルが鞄から濡れた布や道具を一つ一つ引っ張り出して並べ、それをハルカが繊細な温風魔法でふんわりと乾かしていく。

しかし熱しすぎて焦げた箇所ができると、今度はセシルが不機嫌そうに直す……という、帝国最高峰の魔力と技術の「完全なる無駄遣い」としか思えない作業が延々と繰り返された。


ようやく復旧作業が終わったら終わったで、今度は夕食の準備である。  

普段は率先して手伝わないセシルも、今日ばかりは原因を作った負い目(とハルカの無言の圧力)から逃れられなかったらしい。乱暴な手つきでナイフを握り、薪のそばで野菜の皮を剥かされていた。



「チッ……何っで、大貴族の俺がメイドの真似事しなきゃならねんだよ!」


「ふふ、おぼっちゃま?大変でございますねぇ?ほら、そこのじゃがいも、皮と一緒に中身まで削り落とさないでくださいよ」


「殺すぞ」


「はいはい。物騒な言葉より手を動かしてね」


そんな男たちの、低レベルな小競り合いをBGMにして。  



約束通りハルカの風魔法で一番にぽかぽかに乾かしてもらい、厚手のマントにすっぽりと包まれたアリアは、我関せずといった様子で焚き火の特等席に陣取っていた。  温かい炎の明かりを頼りに、商人からもらった本と小さな翻訳辞書を膝に広げる。


「お前、こんな時まで本読んでんの?」


セシルが呆れたように言う。


「だって、眠れないんだもん」

「何の本だよ」


「ノヴァリア語の本と辞書」

「辞書って読むもんじゃねぇだろ」


「読むもんだよ」

アリアがむっとして言い返すと、ハルカが小さく笑った。


「よかったねぇ好きな本が増えて」


「知らない言葉が分かるようになるの、楽しいんだもん」


アリアは少しだけ恥ずかしそうに、けれど誇らしげに本を抱えた。


「いつか、ちゃんと話せるようになりたいの。ノヴァリアの人と」


「もう話せてんじゃん」


「違うの。行くの!いって話すの!ノヴァリアの国で!!!」


「そうか〜。いいねぇ、そのときにはぜひ私も連れていってほしいよ。君の言う空飛ぶ船とかを拝見してみたいねぇ」


アリアは嬉しそうにノヴァリアについて話し続け、ハルカは焚き火の前で料理をしながら相槌を打った。 セシルは気だるそうに、頭を肘で支えて、寝そべりながら聴いていた――はずだった。


「……おい。見ろ」


不意に、アリアの目の前に、無骨で大きな指先がヌッと突きつけられた。


「え?」


夢中で本を読んでいたアリアは、突然視界を塞がれて戸惑った。 見れば、セシルの人差し指の、本当にささくれ程度の皮が、ミリ単位で少しだけ剥けている。


「見ろよこれを。切れてんだろ」


「……?」


アリアは目を瞬かせた。 さっきアリアが命がけで歌った時に、セシルの体の傷や疲労は完全に癒えているはずだ。そもそも、これはただのささくれである。何を言っているのか、この男は。


「セーシール。君、何をわがまま言っているんだい? アリアちゃんが困ってるじゃないか」


スープをかき混ぜながら、ハルカが呆れ果てた声を出した。 しかしセシルは、ハルカの言葉にカチンときたように眉を吊り上げる。


「あ? お前はハルカの頬の傷は治せて、俺の指は治せないのかよ」


「そんなこと言ってないでしょ……っていうか、それ怪我じゃないし」


アリアはぷいっと視線を本に戻した。 すると、無視されたセシルは不満げに鼻を鳴らし、今度はアリアの背中側のすぐ後ろへ、ずりずりと距離を詰めて寝そべり直した。

ちょうどアリアの背中の真裏にセシルの背中がきた状態だ。アリアは居心地の悪さを感じてモゾモゾ動いたが、アリアの肩越しに、再びピッと指を突き出してきた。


「いてーなー」


これ見よがしに、棒読みで呟くセシル。

右手で自分の頭を支え、左手をアリアに突き出す。


本を読んでいるアリアの視界の端で、その大きな指先がチラチラ、チラチラと鬱陶しく揺れている。


「……もうっ!」


とうとう集中が切れたアリアは、パタンと音を立てて本を閉じた。


「一回だけだからね!」


アリアが振り返り、両手でその大きな指先をぎゅっと包み込む。

アリアが「光よ」とつぶやくと、 ほんのりと温かい光が灯り、セシルの指を包み込んだ。


が。


「あれ?」


アリアはセシルの指をぎゅっと握って、よく見ようと角度を変えたりしてみた。が、治っていない。


「あれ?おかしいな・・・なんでだろう。」


アリアは深呼吸をしてもう一度、「光よ・・・」と呟いてみたが、ささくれは治っていない。

アリアの小さな、ひんやりとした両手に自分の指を握られて。 セシルは「ふん」と鼻を鳴らしたものの、その口角がだらしなく上がりそうになるのを、全く隠しきれていなかった。


「…セーシール。それ甘皮を少し引っ張っただけで、傷でもなんでもないんじゃないの?」


「……」


ささくれと傷は別物。ということだろうか。

アリアは一瞬天を見上げ、はぁとため息をついて、ささくれをピッと引き抜いた。


「イッテェ!!何すんだよ!!!」


プクッと血が滲み出したところで、アリアは「ヒカリヨ。ワガイノリニコタエヨ。」と棒読みした。


「はい、治った!」


「……チッ、すぐ手ぇ離すな。まだ痛ぇだろ」


「痛くないでしょ!」


治ったはずの指をもう一度握らせようとするセシルと、それをペシペシと叩くアリア。 ハルカは深いため息をつきながら、木べらで鍋の底をガリガリと削るように混ぜた。


「やれやれ。図体ばかりデカい甘えん坊の犬を拾うと、苦労するねぇアリアちゃん」


ハルカが呆れたように笑い、アリアもつられて笑った。

空には満天の星。 遠くに川のせせらぎが聞こえ、温かい焚き火の匂いがする。

これまでエデンの鳥籠の中で、一人きりで凍えていた夜が嘘のように、今はうるさくて、煩わしくて、温かい。


――ずっと、こんな日々が続けばいいのに。


そう願ってしまったアリアは、まだ知らなかった。



この穏やかな「安全地帯」が、彼らを取り巻く世界の圧倒的な悪意によって、いとも容易く引き裂かれてしまうということを。

燃える焚き火の奥で、黒い森の闇が、深く、冷たく口を開けていた。



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よろしくお願いいたします。

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