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デメキン姫と呼ばれた聖女、今日も華麗に逃げ出します! 〜最凶魔術師にいじめられてた私が、なぜか番契約で溺愛されて国へのざまぁも始まりました〜  作者: みょんたま
前編 /  旅路編

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プロローグ

「ねぇっ、ち、近くない!?」


「仕方ないだろ。ここでしか、お前と二人で話せないんだから」


 にしても!

 唇を動かせば、

 乾いた唇の先が、もうかすれてしまうほどに近い。


(一体何がどうしたって言うの!?)


 激しい雨音が、外の世界をすべて塗り潰していく夜。

 ここは、壊れかけた古い教会の、ひどく狭い懺悔室。

 セシルは逃げ場のない壁際へ、私を深く追いつめていた。


 目の前には、暴力的なまでに整った顔。


 セシル・シュトラール・フォイエルシュタイン。


 私の護衛騎士。

 帝国最凶と恐れられる雷の魔術師。



 セシルは、至近距離で私を見つめてこう言った。


「俺は、お前が好きだ。」


「…!」


 いつも私のことを出目金って呼んで。

 笑って。からかって。

 さんっざん!ひどいことを言ってきたくせに。



 どうして、そんな顔をするの。

 どうして、そんな甘い声で『好きだ』なんて言うの。


 雨に濡れた艶を帯びる銀色の髪から、冷たい雫が私の鎖骨へと滴り落ちる。

 私を見下ろす紫の瞳は、いつもなら射抜かれるほど凶悪で綺麗なのに


 ――今は、ひどく熱を帯びて、苦しげに揺らいでいた。


 近い。 近すぎる。

 逃げなきゃ、と思うのに、体が動かない。

 触れてもいないのに、彼の体温がすぐそこにあるのが分かる。

 雨の匂いに混じる、彼特有の柑橘の香りが、

 いつもよりずっと近くて、息の仕方が分からない。


「俺の番になってほしい。」


 低い声が、直接耳の奥を撫でるように響く。


 ――心臓が、うるさい。


「他の奴がお前を見るだけで……頭がおかしくなりそうだ」


 セシルの大きな手が伸びてきて、私の濡れた髪を、絡めとるように指先ですくう。


「お前が誰かに触れられるのも、連れていかれるところも、絶対に見たくない」


 ――待って。

 ――目が、離せない。


 その声は、いつものように乱暴な響きを残しているのに。

 ひどく切実で、泣き出しそうなほどに脆かった。


「……誰にも、渡したくない」


 彼の顔が、影を落とすように近づいてくる。

 揺れる紫の瞳が、ふらふらと私の震える唇へと縫い付けられた。

 それから、ひどく怯えたように私の瞳を覗き込む。

 吐息が絡み合い、唇が触れそうになる。


「せ、セシル…っ!」


 寸前。

 セシルは、何かに耐えるようにギリッと奥歯を噛み締め、動きを止めた。


「っ!……違う」


 酷く掠れた、色気のある声だった。

 彼は自分を抑え込むように顔を背けようとする。

 けれど、この狭い懺悔室の中では、

 彼から逃れることも、彼が私から逃げることも許されない。

 激しい雨音だけが、密室の熱をさらに高めていく。


「いや」


 セシルは、火傷しそうなほど熱い息を低く吐き出した。


「……違わねぇ」


 狂おしい熱を孕んだ瞳で、彼は再び私を真っ直ぐに射抜いた。


「俺は、お前と、キスがしたいんだ。」


 ――どくん。


「俺は、お前が欲しい。」


 ――心臓が、甘く、痛い。


「でも、あいつから逃げるための『逃げ道』として、俺を選ぶな」


「……っ」


 ほんの数時間前、私は別の男と番になるよう命じられた。

 誰も、私の意思なんて聞かなかった。

 けれど、セシルだけは違った。


「俺を選ぶなら、俺じゃなきゃ駄目だから選べ」


 息が止まりそうになる。


「俺のこと、嫌か?」


 懇願するような低い声が、首筋にすり寄るように落ちる。


「俺にこうして触られたら……気持ち悪いか?」


 この人は意地悪で、傲慢で、乱暴で。

 でも、私が本気で『嫌だ』と言ったことだけは、

 いつも必ず聞いてくれた人。


 怖かった。

 この胸の奥で溶け出すような甘い痺れに、

 名前をつけてしまうのが。


「……嫌じゃ、ない」


 自分でも驚くほど、熱っぽく震えた声がこぼれた。

 セシルの瞳が、限界を迎えたように大きく見開かれる。


「ただ……セシルが近いと、胸が苦しくなるの。

 ……どうしていいか、分からなくなる」


 言葉にした瞬間、もう二度と、元の関係には戻れないのだと悟った。

 セシルは、瞬きすら忘れたように私を深く見つめていた。

 それから、耐えきれないとばかりに、ひどく甘く、苦しそうに喉を鳴らして笑った。


「……俺もだ」


 ――目が、離せない。

 ――この人から、ずっと。


 その掠れた一言に、胸がきゅうっと熱く締め付けられる。

 とんっ…と壁に手をついたセシルのもう片方の手が、私の頬をそっと包み込んだ。


 大きくて、武骨で、少しだけ冷たい指先。

 けれど、壊れ物に触れるようなその手つきは、

 泣きたくなるほど優しかった。


「アリア」


 甘く、掠れた声。 初めて、彼に本当の意味で名前を呼ばれた気がした。


「もう一度言う。お前が好きだ。」


 怖いのに。抗えない。 逃げ場なんてないのに。

 これ以上、彼から離れたくない。


「…お前は?」


 私は震える指先を伸ばし、彼の濡れた軍服を、

 すがるようにきつく握りしめた。


「……私、は」


 セシルの喉仏が、ごくりと大きく上下に動く。

 彼の顔が、今度こそ逃がさないとばかりに近づいた。

 熱い吐息が絡み合い、互いの睫毛が触れそうなほど近い距離。


 もう、息をするだけで触れてしまいそうだった。

 彼がもう我慢できないとでもいうように、

 ごくりと喉を鳴らして私の唇を見つめる。

 それから、確認するように私の瞳を見る。

 彼の吐息が、熱い――。




 ……どうしよう。


 こんな時、どうすればいいの?


 だって、十日前の私は知らなかった。


 私を出目金と呼ぶ最低最悪の男に、 

 こんなふうに「好きだ」と言われる日が来るなんて。


 どうして、こうなったんだっけ!?



 ■■■


 ――物語は、十日前に遡る。


 そう。

 私が、三階の窓から空を飛んで、

 よりによってあの男の真上に落下した、

 最悪で最低な、あの日から。



リアクションや、☆☆☆☆☆を★★★★★に変えていただけると、執筆の励みになります^^

感想、ご指摘、ブクマをいただけると嬉しいです。

毎日21時更新予定です。完結約束、ハッピーエンドです(^ ^)

よろしくお願いします!

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