廃都1
階段を下りて、監視塔の一階へ。
どうやら内側への扉は開け放たれていたのではないようだ。
正確に言えば、存在しなかった。
恐らく元々はあったのだろう扉は、蝶番から引きちぎられるようにして、その出入り口の前にひしゃげた状態で転がっていた。
「これって……」
理由は分からない。
だが、少なくとも町が平和のうちに緩やかな滅亡を遂げたという訳ではないのだろうという事は、そのかつては扉だった廃材一枚だけでもよく分かった。
「「ッ!!?」」
そして何より、底から出た時に見えた街並み。
そして――その中を闊歩していたまだ動くゴーレムが、侵入者である俺たちを見つけるや否や、その石の拳を振り上げて突撃してきたことで。
「来るぞ!!」
叫ぶのに呼応するように、ゴーレムが飛び込んでくる。
「「ッ!!」」
同時に飛びのいた俺たち――俺は左へ。リンは右へ。
拳を振り抜いたゴーレムは道の真ん中におり、俺とリンが左右から挟むような形だ。
「光よ、我が敵を射抜け!ファイアボルト!」
そのゴーレムが、己の拳が空を切ったと理解するのと、リンの詠唱は恐らくほとんど同時だっただろう。
「ッ!」
その火球が、石の体に弾かれたのは、その詠唱が終わるとすぐに分かった。
――それを受けたゴーレムが、まずどちらに対処すると決めたのかも。
「リン!逃げろ!!」
向き直ったゴーレムが、即座にもう一度腕を大きく振るう。
元々は家か、或いは何かの施設だったのだろうレンガ造りの壁が巨大な音を立てて、ゴーレムの拳がめり込んだことを奴の背中越しに伝える。
「くっ……」
その攻撃を何とか回避したリンが転がるようにして距離を取るのを、腕を壁から離す動作のまま振り向いて、その勢いで殴りつけようとするゴーレム。
――手をこまねいて見ているつもりなどない。
「うおおお!!」
叫びながら奴の背後に剣を振り下ろす。
淡い光を纏った刃が硬く耳障りな音を立て、そしてやはり傷一つつけずに弾き返された。
「くっ!!」
流石にとんでもない硬さだ。
聖剣だけあって刃こぼれはしていないが、それでも手が痺れるほどの衝撃が返ってきた。
「リヒト!!」
先程とは反対の叫び声。
「石でも痛いってか……!?」
振り向きざまの大ぶりなフックを紙一重で回避する。
もし聖剣の加護がなければ、その一撃をもらって頭蓋骨を砕かれていただろうという事は、奴が殴りつけたレンガ壁に出来た穴が物語っている。
「ちぃっ」
そしてそのパンチを当てようと、更に距離を詰めてくるゴーレム。
2mを優に超え、3mに達しようかという巨体が、その巨体に傷一つつけられない小さな敵を叩き潰すべく襲い掛かってくる。
「くっ!このっ!!」
振り下ろされるパンチを何とか躱すが、奴はもう俺を逃すつもりはないらしい。そこまで高度な戦闘技術は設定されていないのか、或いはどうせ俺の攻撃ではダメージなど受けないという判断だろうか、その二本の石の腕は防御する気もなく、子供の喧嘩のように振り回して襲い掛かってくる。
それを何とか躱して逃げ回る――ただの時間稼ぎにしかならないと知りながらも。
「考えろ……!」
思わず己への叱咤が口を突く。考えろ。なんとかしていい手を絞り出せ。何とかこいつにダメージを与える方法を。
「しまっ――」
だが、その次の瞬間、パンチを躱した俺の背中は、硬い衝撃によって押し返された。
反射的にそちらを見て、一瞬で状況=奴の攻撃をかわしているうちに市壁の足元まで追い詰められていたことを悟った。
「ッ!!」
そして当然、単純なパンチしか出してこないゴーレムとはいえ、そんな絶好のチャンスを逃してくれるほど杜撰な判断はしない。
俺を壁の中にめり込ませんばかりの渾身のストレート。
まるで杭を打ったように、奴の拳が市壁にめり込む――あと少しでも反応が遅れればめり込んでいたのは俺の頭だっただろう。
「この……っ!!」
その一撃を紙一重で躱し、背中に冷たいものを感じながらしかし、体は奴の脇をくぐり抜けると即座にパンチのために踏み込んだゴーレムの脚部に片足をかけて飛び乗った。
一か八かの賭け。これで効果がなければ、あとは多分逃げるしかない。
「うおっ!!?」
振り払おうと振り返りざまの裏拳を叩き込もうとするゴーレムの動きを、奴にしがみついて躱す。聖剣の加護は、俺に闘牛士のような身のこなしも可能とさせている。
「このっ――」
もう一度俺を振り払おうと、今度は掴みに来るゴーレムの腕。
反対にその腕を掴んでぶら下がると、振り払う動きをしたその腕に絡みつくようにして背中へ回る――これで背後は取れた。
「よし――」
チャンスは一度きり。奴が再度振り返る前のほんの一瞬。
「ッ!!」
瞬間、ゴーレムの動きが変わる。
明らかに俺を鬱陶しがるような、というより何とかこの状況を覆そうとするような、必死の抵抗。
「なら……ッ」
奴が振り向こうとする。その大きな手で俺を捕まえようとする。
パニックになったようにその場で背後の俺を狙ってぐるぐると回りだしたゴーレム。その間抜けな動きはワンパターンで単調だ。
「ここだっ!!」
奴のその決まりきった動きが止まる瞬間。
その隙を突いて、俺は腰から肩へ。体を一瞬だけ片手で支えると、奴の背中に当てたつま先で、思い切りそこを蹴って体を持ち上げる。
その動作と一緒に、奴の頭=ゴーレムを動かしている中枢であるはずの彫られた呪文に聖剣の先端を突き立てた。
「シャァッ!!」
後は重力に任せて落ちるだけ。聖剣の纏った光と、その彫られた文字列との間で放電のようなスパークが走る。
そして同時に手の中に、硬いものを、しかしそれ以上の力によって切り落としたような感覚が走った。
「どうだ!」
着地し、最悪の場合に備えて奴から離れる。
――結果だけ見れば、その必要はなかった。
俺が離れた直後、頭部のその呪文を横一文字に削られた=呪文を削られたゴーレムは、壁の外に転がっていた連中と同様、その場に膝をついて動かなくなった。
「やった……」
安堵のため息が漏れる。
ゴーレムの頭部の呪文は、真一文字に俺が入れた傷が走っており、まるで呪文そのものをっ修正したかのような形になっていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




