廃都2
「終わったか……」
恐る恐る、動かなくなったゴーレムに手を触れる。
つい一瞬前まで俺を殺そうと襲い掛かってきたこの石のロボットは、今では先程踏み台にした個体と同様にただの物言わぬ石の塊に変わっていた。
「やったな、リヒト」
リンがこちらにやってくる。俺の傍らで動かなくなっているゴーレムを改めて見上げながら。
「凄いな、よくこいつを止められた」
「頭だよ。頭にある呪文を破壊したら止まった」
訂正線のように文字列を上下に分断したその線を指さしながら説明すると、リンはそちらをしげしげと眺める。
「成程。この巨体の頭を攻撃するには工夫がいるだろうけど……」
そしてそれから背後に振り向いて、これからの進行方向を見渡す。
「まあ、高さを出す場所も方法もいくらでもありそうだしね」
彼女につられるように俺もそちらへ。
今俺たちがいる四頭立ての馬車でも余裕で通れるような広さの石畳の道は、その奥にはちょっとした広場――というかロータリーのような場所に通じている。
そこから何本かの道が伸びているが、そうした道も、そこに通じるこの道も左右に隙間なく二階建て、三階建ての家々が並んでいて、確かに高低差には苦労しないだろう。
言わばこの道そのものが谷底みたいな状態だ。
「問題は、その頭を狙えるような高所にどうやって入るか、だけどな」
その左右の家の扉や窓は木で打ち付けられたり、バリケードのようなものが設置されて塞がれていたりと、中には入れないようになっている。
一体ここで何があったのか、やはり静かに穏やかに滅亡したという訳ではなさそうだ。
「まあ、とにかく進もう。あの塔からエルフの里に通じる道があるはずだ」
リンも同じ思いだったのだろう。そのことについては小さく頷くだけで、そうした家々の向こうにそびえる高い塔を指さしてそう結んだ。
ロータリーの先、どの道がその塔に続いているのかはここからでは分からないが、少なくとも目標が見えているなら、今自分が近づいているか離れているかは分かる。
「なら、あの塔目指して進むか」
俺たちはそこで話を切り上げて、ロータリーに向けて歩を進めた。
距離にして数十mもないぐらいのロータリー、近づけば近づくほど、先程抱いた静かな最期ではなかったという仮説がより強くなっていく。
破壊されたバリケードと、その周りに転がるボロボロに錆びた剣や槍。馬のいない馬車のこれまたボロボロに朽ち果てた残骸。
そうした諸々が辺り一面に転がっていて、戦乱のあと、誰もそれを片付ける者がいなかった=恐らくは残らなかったのだろうというのが手に取るように分かる。
「ひどいな……」
恐らくその当時はご馳走の山を見つけたとばかりに死者をついばみに来ていただろう鳥や獣の姿すらなく、このままで長い時間が経過したことがよくわかる。
そしてその中に一台、恐らく囚人を輸送するためだろう、荷台が檻のように改装された馬車の上に、一人の影が腰かけて、近づいてくる俺たちを見下ろしているのに気づいたのは、そのロータリーに到着したのと同時だった。
「あれは……?」
だがそれが冒険者や盗掘者の類ではないというのは即座に分かった。
こちらを上から見下ろす形になりながらも一目で理解するその小さな体。それに合わせたサイズの頭には、モップを乗せているのかと思うような髪の毛が無造作に伸び散らかしていて、その下の顔は般若の面のようにぎろりとこちらを睨みつけている。
目つきの悪い特別小柄な老人――あえて呼ぶならそんな風体。だがそいつの口元から突き出している上下二対の牙が、そうではないと物語る。
そしてその小柄な存在は、ぎろりと睨みつけるその目つきが決して俺の思い過ごしではないと分かるほど明確にその牙をむいて威嚇し、手に持っていた杖を足元の檻に叩きつけた。
「!!?」
直後、檻が大きく揺れ、上に乗っていたそいつが、檻の後ろへ飛び降りる。
と、同時に収監用の扉だろう部分が勢い良く吹き飛んだ。
「なんだ!?」
「何か来る!!」
地鳴りのような咆哮。
続いて飛び出してくる四つ足の獣型をした影。
「こいつは――」
「気を付けて!ヘルハウンドだ!!」
リンが叫び、改めてその影――影のように見えていた真っ黒なモンスターを見据える。
ヘルハウンド。名前の示す通り犬のような姿をしているが、そのサイズは大型犬と呼ぶことも憚られるような巨体。
ほとんど牛と同じサイズのそれは、しかし多くの冒険者から恐れられる元凶である、鋸のような歯の生えそろった口から吐き出している息は、風にのってその硫黄のような臭いが俺の鼻に届くぐらいの強烈な吐息。
「ッ!!!」
そしてそこまで分かったところで、次の瞬間には奴が目の前に現れている。
「ぐっ!!?」
「リヒト!?」
首を狙って大きく開いた口が俺の首を捉える寸前で何とか後退し、更に間髪入れずに放たれた再度の噛みつきを剣で受け止める――間一髪の反応。
「このっ!」
なんとか引きはがそうと蹴りをくれるが、足は空を切り、その瞬間には奴は十m以上あったはずの距離を一跳びで飛び出してきた檻まで下がっている。
「なんて速さ……!」
聖剣の加護は働いている。だからこそすんでのところで俺の首はまだ繋がっているのだ。
だがその聖剣の加護をもってしても、それが限界だ。
奴の動きはほとんど目で追えない。そして今のような攻防をもう一度やるには、ただ運任せにするしかないと、その加護を受けたはずの体がはっきりと理解していた。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません。
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