山腹の洞窟を抜けて3
だがだからとて、ここで止まる訳にもいかない。
「よし……行こう」
意を決して正面奥に見えている、僅かに日の差すそのドーム状の空間に向けて歩き出す。
滝を通り抜けて、緩やかな下り坂になっているそこを下りていくと、ドームの手前で足を止めて中の様子をうかがう。
「いるな……」
予想通り、すり鉢状のドームの奥には、ここから見えるだけで二体のスケルトンが、連中からすれば正面の入口から現れるだろう侵入者を今か今かと待ち構えていた。
やはり見える範囲は狭いのか、こちらを捉えてはいないようだが、中に入ってからもそれを維持できる保証は全くない上に、敵がその二体だけとは限らない。
「どうする……?」
その二体から目を離さずに漏らした独り言は、同じものを見ていたリンにもしっかりと聞こえていたようだ。
「さっき神殿でもらったこれ、使えるんじゃないかな?」
そう言って彼女が取り出したのは、油紙を何枚も貼り合わせた野球ボール大の球体。
その先端から僅かに導火線が伸びた、漫画に描いた爆弾のようなそれは、まさにこういう状況を打開するために用いられる代物だった。
「幻惑弾か」
これまで触れることがなかったために忘れていたその存在を、彼女が手にしたことで思い出した。ダンジョンで今回の様に敵が複数待ち構えている場合、或いは敵が隠れているかもしれないという場合に用いられる特殊な発煙弾で、その名の通りモンスター相手に有効な幻覚を見せることが出来る代物だ。
「これを真ん中に投げ込んで……ッ!」
慣れた手つきで導火線に着火すると、大きくテイクバックしてそれを投げ込むリン。
山なりの軌道を描いた幻惑弾がワンバウンドした後、ころころと転がって狙い通りすり鉢状のドームの真ん中あたりに転がったところでポンと音を立てて爆ぜる。
立ち上る薄黄色の煙。それに吸い寄せられるように先程見えていた二体のスケルトンが駆け寄ってくる。
そして、それに遅れて入口からでは見えなかった左右からも一体ずつが飛び出す。
「やっぱりいたね」
「よし、今のうちだ」
そいつらが煙の中に見ているのだろう、見えない敵と戦っているのを確かめてから乗り込んでいく。どうやら五体目のスケルトンがいたようで、そいつが遅れて煙に駆け込んでいくのを見ながら辺りに目をやる。
先程と同じようなすり鉢状のドーム。先程と同じように正面の一番奥に更に奥に続く道が続いている。
「あれは……!」
だが、先程までと異なるのは、その通路の上を横断するように続いている足場にスケルトンがもう一体控えていること。
そして、ヴェトルと同じようなボロボロのローブを纏ったそのスケルトンには、幻惑弾の効果が出ていないということも、明確に飛び込んできた俺たちに視線を向け、手にした杖を真上に突き上げてモゴモゴと口を動かしていることでわかった。
「来る!」
叫び、同時にそれぞれ左右に跳ぶ俺とリン。
その二人の中間にあたる場所に奴の杖から放たれたファイアボルトが着弾した。
「くっ!!」
驚きが浮かんでいるだろう顔を改めてそいつに向ける。攻撃魔法を使えるスケルトンなど聞いたことがない。
「リヒト!大丈夫!?」
「ああ、なんとかな」
二発目が今度は明確に俺を狙って放たれる。
左に走ってそれを躱しつつ、距離の離れたリンに叫び返すと、彼女の方からも同じ叫び声が返ってきた。
「あれは私に任せて!他のスケルトンをお願い!!」
奴のいる場所にのすり鉢の底から登っていく方法はなさそうだ。ならば、奴と同じ飛び道具が使えるリンの方が適任だろう。
「分かった!そっちは任せる!!」
叫び返して剣を構える。昨日までよりも一層強い光を纏うようになった聖剣フォシークリンは、幻惑弾の効果がちょうど切れ始めて正気に戻りつつあるスケルトンたちの目にも鮮やかに映ったようだ。
「さあ、来い……!」
叫ぶや否や、答える代わりに一番近くにいたスケルトンが、先程まで空を切っていたボロボロの剣を構えて突っ込んでくる。
「……ッ!」
突進と共に袈裟懸けに振り下ろされるそれをすれ違いざまに躱して、同時にがら空きの胴体――胴がないので背骨だが――に叩き込んで上下に切断すると、振り返らずにその勢いのまま次の一体に突撃。
「はあっ!!」
今度は迎え撃とうとするそいつの振り下ろしの一撃で撃ち落とし、そのまま頸椎に突きを叩き込んで頭蓋骨を外す。
と、同時に右側から飛び込んできたもう一体が体ごとぶつかるように繰り出してきた突きを左にすっ飛んで躱し、それによって距離が近づいた四体目が剣を振り上げようとするのを後ろ蹴りで突き放す。
「シャッ!」
それによって生まれた僅かな時間的余裕。剣の加護を受けた状態の俺なら、その僅かな時間でも突きを躱された三体目が突進と共に振り下ろす斬撃を下から斬り上げて、右腕の肘から先を斬り飛ばすことも造作もない。
武器を失ってたたらを踏むそいつに、斬り上げた姿勢から頭上で剣を大きく旋回させて首を刎ねる。
その横薙ぎの勢いを殺さずに振り返ると、先程蹴り飛ばした奴が体勢を整えて向かってくるところだった。
「光よ、我が敵を射抜け!ファイアボルト!」
と、同時にリンの声。
そしてそれを合図にしたという訳ではないが、俺と四体目のスケルトンは同時に動いた。
奴:剣を振りかぶって突進。
俺:頭の高さで横一文字に剣を構えて待ち受ける。
「ッ!!」
奴が形を変化させる――俺の構えを見て考えを変えたか、振りかぶったそれを大きく旋回させての横薙ぎ。
「しっ」
地面に向けた切っ先で掬い上げるようにしてそれを受け止め、反撃の一撃を脳天に――到達する直前で、奴の体が崩れ落ち始めた。
「なんだ?」
口をついた疑問はすぐに解けた。リンが任せてと言ったその仕事を完全に果たし、吹き飛んだスケルトンから、その骨だけの体に巻き付いていたボロボロのローブが脱げ落ちてひらりと舞ったことで。
(つづく)
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