山腹の洞窟を抜けて1
やがてその薄暗い下り坂の角度が水平になると、目の前に現れたのは切り立った谷と、そこにかかる古いつり橋。
「落ちないだろうな……」
先程通過した跳ね橋に比べるとあまりに小さく、その上長い事放置されていると分かる朽ちかけた姿に一抹の不安を覚えるが、生憎他に道もない。
「大丈夫……だと思おう」
リンも同じ不安を覚えていたらしい。
ギィギィと揺れる度に音を立てるそこに足を踏み出すのはかなりの勇気が必要だった。
「……よし」
一歩目を踏み出し、更にもう一歩。ギィギィ音を立てる朽ちかけのつり橋に全身を預ける形になって、その揺れと足元のはるか下で槍衾のようになっている切り立った岩に嫌でも意識が向かう。
一気に駆け抜けるべきか、或いは慎重に進むべきか――足をかける前にはそのどちらも説得力があるような気がしていたが、こうして実際に乗ってみるとそのどちらともつかない、よたよたした微妙な速足いがいに出来ることはなかった。
幸いなことにそれが正解だったのだろう。ギィギィと不安を掻き立てる音を立てながらも、つり橋は俺たち二人が無事に渡りきるまで持ってくれた。
「帰りも無事だといいな」
思わず呟いて、それから自分の言葉の意味を自覚する。
そうだ。無事でいてくれなければならない。俺は、俺たちは帰るつもりでいるのだから。
「……そうだな」
だから、その呟きを聞いた時のリンの少し考えるような表情が妙に引っかかった。
とはいえ、今はそれをあれこれする時ではない。大神官から聞いた洞窟は、つり橋を渡ってすぐ目の前にぽっかりと口を開けていたのだから。
「ここだな」
「ああ。何があるか分からない。用心していこう」
普段通りになったリンがそう言って、松明を準備する。だが結果的にはこれは必要なかった。
中は洞窟というより岩のドームと言った方が近い状態で、ぐるぐると円周を回りながらすり鉢状に一番下まで降りていくまでは、ドームの所々に出来ている裂け目から差し込む日差しによって、薄暗いながらも一定の明るさが維持されている。
「足元は注意してくれ」
「ああ。分かっている」
それでも薄暗い洞窟内では躓かないように足元の注意を怠らずに進む。
――中学の頃に社会科見学で行った工場を思い出す。そこら中に「足元注意!」「段差注意!」といった注意書きがなされていて、当時は「こんなに書かなくても見えるだろ」と思っていたが、実際に少しでも明かりが減ると随分見え方は違うものだ。
その薄暗い中を歩き続けたある時、俺たちの足音以外の何かが聞こえて来るのに気が付いて足を止める。
「……リン」
「ああ、聞こえた」
硬質の何かが音を立てる。
それもかなり近く。
辺りを見回す。人の姿もモンスターの姿もない。
「……いや」
確かに姿は見えない。だが聞き間違いではない。
それを証明するようにリンが叫び声をあげたのは、そう思って目を凝らしたその直後だった。
「ッ!あれだ!」
彼女の指さす先。外周を何周もするようにして降りて行っているこの通路の少し先。
転がっていた何かの骨に、周囲の骨が集うように飛んできている。
そしてそれらがただの骨のたまり場にならず、ひとりでに立ち上がった足の骨格の上に、まるでパーツをくみ上げるように骨格標本のように姿を作り上げていく。
「スケルトンだ!」
リンが叫び、俺が剣を抜く。
スケルトン。例によって名前だけは知っている。
「どこかに操っている者がいる……!」
厄介なことに、その何者かを倒さない限り何度でも蘇るということも、また。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日は短め
続きは明日に




