山頂の神殿3
大神官の話が一度途切れる。リンの方に目をやると、彼女もまた鏡映しのように俺の顔をうかがっていた。
恐らく、お互いに思い浮かんでいるのは同じ顔だ。
正確に言えば顔は見えなかったので、同じ姿と言うべきか。
「……そのヴェトルというのは」
切り出したのはリンだった。
そしてその切り口で、大神官には全てわかったようだ。
「恐らく、昨日ロマリーで鍛冶屋を襲い、君たちにデュラハンをけしかけた人物こそ、ヴェトルだろう」
驚いたことに、俺たちの身に何があったのかまで大神官は知っていた。
昨日の一件については口にしていないにも関わらず、目の前の老人はその場にいて一部始終を見てきたかのように語る。
そしてそれに対する驚きは、全く隠せていなかった。
「聖剣の気配はここでも感じとることが出来る。そして……ヴェトルの持つ禍々しい気配もまた、な。邪竜の加護を受けたあの者。封印されているうちに肉体が滅ぶほどの時を経てなお消えることのない邪念に満ちた魂は、聖剣の気配と同様に感じとることが出来る」
大神官がそこで言葉を途切れさせる。
それを合図にしたかのように、複数の神官たちが俺たちの後ろから現れた。
それぞれの手には大きな盆を乗せ、その上にダンジョンで必要となるあらゆるアイテムを乗せて。
「これで十分かは分からないが、可能な限り万全の準備を整えてエルフの里に向かってほしい。残念ながら、残された時間はあまり無いようだ」
表情には出さないように、しかし内心ではため息をつきたい気持ちだった。
とりあえず聖剣を治すまではリンに同行するということにしておいたのがここで裏目に出てしまったようだ。とてもではないがこの状況で「自分はここで失礼します」とは言えない。
「リヒト……」
「えっ」
不意に名前を呼ばれ、それがすぐ隣にいた聖剣の声だと気づくのが一瞬遅れた。
それがもしかしたら俺の内心を表してしまったのではないかという焦りが生まれ、その思いを補強するように、こちらを見つめるリンの表情はいつになく神妙なものだった。
「私は行かなければならない。私は聖剣の精で、邪竜を倒す力が与えられた」
そしてその聖剣の精は、俺の目を見てはっきりと言った。
「危険なことになるのは分かっている。だから……君には拒否権があると思う」
ちらりと大神官の方を見る。
この場でのその発言にも、彼の表情は変わらない。
「だがもし……もし君がそれでも手を貸してくれるというのなら……、いや……」
一拍だけおいてから、再度口を開く。
「どうか、手を貸してほしい」
大神官は、ひょっとしてこの展開を読んでいたから何も言わなかったのだろうか。
深々と頭を下げられて、この状況で断れる訳がない。
「……ああ、分かっている」
だから、そう答えるしかない。
それにここまで危ない目には何度も遭ってきた。それでも二人で乗り越えてきたのだ。それなら、これから先もリンを信用するには十分だろう。
――何より、各地に破壊をもたらしたというその邪竜を倒すのを躊躇すれば、後々俺だって無事ではいられないはずだ。
「……そうだよ。やるしかない」
誰にも聞こえないように、口の中でだけ呟いた。
打つ手なしの状況になるまで対処せず、ただ先延ばしにするだけでいずれ死ぬ。それなら、まだ取り返しのつくうちに何とかする方を選ぶべきだ――恐怖心が居座り続ける己にそう言い聞かせる。
「……そうか」
そう言って頭を上げたリンの表情は、心の底から安堵したと分かるものだった。
「ありがとう。本当に……本当にありがとう」
もう退くことは出来ない。
この表情を見たら、あとは覚悟を決めるしかない。
「さ、どれでも好きなものを好きなだけ持って行ってくれ。エルフの里へは、この神殿の裏にある、今では使われなくなった山道を下りて行った先にある洞窟を抜ける必要がある」
「その洞窟の先がエルフの里に?」
リンの問いに大神官は首を横に振る。
「いや、洞窟が通じているのはこの山の麓にあるシュクシュの町。正確には滅んでしまったシュクシュの遺跡だ。古い時代には繫栄した都で、代々の領主がエルフの里に続く道を管理していたが、今では見る影もない都市の廃墟だ。加えてモンスターもうろついているという話だ。十分に気を付けていきなされよ」
どうやら、やはり安全な道という訳ではなさそうだ。
「それなら……」
差し出された品々に目をやる。せっかく用意してもらったのだ。大神官の言うように万全の装備をさせてもらおう。
それから少しして、俺とリンは神官たちに見送られて神殿の裏手にある小さな門の前までやってきていた。
「この先は我々も立ち入れぬ場所。どうかお気をつけて」
神殿まで案内してくれた神官が、その鉄の門を開くと、登ってきた時に比べてだいぶ人気のない道が、急な角度で下に向かって伸びている。
辺りは腰辺りまで高さのある草が生い茂り、その中に点在するより背の高い木々の黒々とした葉によって薄暗い森になっている。
「では、行って参ります」
神官たちに別れを告げると、俺たちはその薄暗い斜面を下っていく。
背後で鉄の門がぴしゃりと閉まると、いよいよ辺りには俺たちの足が枯れ枝を踏む音と、足と草がこすれる音以外には何も聞こえなくなった。
(つづく)
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