山頂の神殿2
大神官はそう言うと、表情を硬くする俺たちに自らの背後を指し示した。
満々と湛えられた水は澄み渡って静かなもので、明鏡止水という言葉はきっとこういう状況をさすのだろうと思わせるほどだった。
「この神殿は、古くからエルフの里と通じておる。こちらから呼びかければこの水が伝えてくれる。だが……このところ、エルフの里と一切の連絡がつかなくなっておる」
そういうと、大神官は自らの身長ほどの杖をその水のほとりにカンと打ち付けた。
僅かにおこる波紋。それ以外になんの反応もない。
「エルフの里は、かつて邪竜フィンブルスファートを封印しておった。そして……聖剣フォシークリンもまた、エルフの里で生み出されたのだ」
その言葉に、しかし当の本人はとくに驚いた様子もない。まあ、分かっているというところか。
「だが、その封印の力が急速に弱っている。エルフの里と連絡が取れなくなり、それまで感じとることが出来ていた封印の力もまた……」
「では、もう既に封印は……」
己の出自よりもそちらの方が気になるのだろう、問い詰めるリンに、しかし大神官は小さく首を振った。
「いや、もしそうなら既に邪竜は解き放たれているはず。力は弱まってはいるものの、まだ完全に破れたわけでもないのだろう」
とはいえ時間の問題――そう付け加えて結ぶ。
「加えて、封印が弱まり邪悪な気配が強まってきておる。邪竜ほどの存在は難しくとも、より小さなものであれば封印を抜け出せるのやもしれぬ」
「それっていったい……?」
尋ねながら、頭に浮かんでいたのは一人の人物。
恐らく同じことを考えていたのだろうリンが更に続ける。
「邪竜の復活を望む者がいた……」
その推測が正しいと、大神官は首を縦に振る。
「……古い話だ」
そう言って、彼の視線は先程の波紋が落ち着いた水面へと伸びる。
「フィンブルスファートが封印されて以降、エルフはかの邪竜を厳重に封じてきた。聖剣フォシークリンを作り出したのも、その一環としてのことだ。彼らは邪竜の研究を進め、万が一封印が破られた場合に、今度こそ確実に邪竜にとどめを刺せるようにしていた。……だが」
大神官の目が俺たちをしっかりと見つめる。
「その研究の中で、時に邪竜への憧憬を抱く者が現れ始めた。もとより、エルフたちは高い魔法技術を備えていたが、それは偏に彼らの偏執的とさえいえる研究者気質によるところが大きい。そしてそれが故に、強大な力を持つ邪竜は何より魅力的な研究対象に思えたのだろう。厄介なことに、その興味や関心が、邪竜への憧れに変わっていくのは時間の問題だった」
正直なところ、その気持ちは分からないではない。
俺は特別何かに打ち込むタイプという訳ではないが、それでもそうした学究肌というか、オタク気質みたいなものに関しては想像が出来た。
例え相手が危険な邪竜だとしても、その恐怖を知らなければ純粋に強大な力、魅力的な研究対象と思えても不思議ではないだろう。
「エルフの里ではそうした危険思想の持ち主を見つけ次第排除していった。だが、何事にも完璧というものは存在しない。ある時、エルフたちはヴェトルという魔術師を『邪竜の信奉者に堕落した』という罪で処刑しようとした。問題は、ヴェトルは魔術だけでなく、弁論術においても達者だったという事だ。彼は巧みにエルフたちを説得し、自らへの罰を処刑から封印へと減刑させた。加えて、その封印の弱点も知り尽くしていた。ヴェトルは封印されたものの、その中で生き続けた。肉体が滅びようと、魂だけの存在となり、封印が弱まる時を待っていた」
処刑と封印の違いがどこかは分からないが、恐らく死刑と終身刑の違いだろうか。
肉体が滅んだというから、かなり昔の人物なのだろう。
「そして、その時は来てしまった。ヴェトルは封印を自らの力で破った。だがそれだけなら、ただ古い亡霊が逃げ出しただけだっただろう」
そこで改めて、俺たちの顔をじっと見る。俺たちが話について来ているか確認するように。
「……だが、奴はその封印の中で邪竜に接触を持つことに成功した」
「「ッ!!?」」
その後に続くその言葉は、たとえそこまでしっかりと聞き漏らさなかったとしても、衝撃としては十分すぎるものだった。
「ヴェトルは邪竜のために封印を破ることを誓い、そして邪竜はその忠実なしもべに新たな肉体を与えた。ヴェトルは暗躍を続けておる。状況から考えて、エルフの里や私の予想より遥かに早いペースで、な」
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません
今日は短め
続きは明日に




