新たな敵、新たな力5
金属のこすれ合う音が、硬い足音に混じる。
長剣を、本来ならあるはずの首の後ろに担ぐようにして、デュラハンが一歩ずつ距離を詰めてくる。
「くっ……」
あのローブの人物が何者なのかは気になるが、今はそれより目の前のこいつだ。
逃げ場はないし、なにより倒れている鍛冶屋を捨ててはいけない。
「気を付けて!来る!」
剣を抜くと同時にリンの声。そしてそれに答えるように、デュラハンが突進する。
「ッ!!」
剣の加護か、急速に距離感が縮まるようなその突進も何とか見切って飛び退くと、それまで首があった場所を鋭い風切り音を立てて奴の剣が通過する。
直感的に理解:これまでのどの敵よりも速い攻撃。
冷たいものが背中を走る。あと少しでも反応が遅れれば命はなかった。
「ッ!」
だが、その一撃を躱したとて安心はできない。獲物が逃げたと悟った奴は、既に体勢を立て直してこちらに突っ込んでくる――その剣を腰だめにして。
「くうっ!」
再びの突進。そのスピードを乗せた刺突を斜め前に踏み出すことで間一髪躱すと、反対に奴の胴体に一撃を加える。
剣を突きだし、無防備になった胴体。しかし、見た目は古びているその鎧は、聖剣の刃を受けても傷一つつかずに弾き返した。
「なっ――」
唖然として、思わず奴の鎧に目をやる。
殺人ガザミの甲羅と同じ、聖剣を相手にして傷一つ受けない鎧。そしてこれも同じく、その鎧を纏う奴には、その一撃の衝撃さえも碌に伝わっていない。
「ッ!?」
即座にこちらに振り向き、その動作に乗せるように横薙ぎの斬撃が飛んでくる。
反射的なバックステップで躱した瞬間、俺の目には奴の剣が奴の本来頭のある辺りを旋回しているのが飛び込んでくる――そして、それから何が起きるのかも、ほぼ確信を持っていた。
その直感に合わせての行動=剣を顔の前にまで上げる姿勢。
回避は間に合わない。ならば受け止めるしかない。
その判断と同時に、剣で受けようとした俺の両腕に、雷でも落ちたような衝撃。
「ぐうっ!!!」
それが剣圧というものなのか。
辛うじて鍔元で受け止めたその斬撃は、少しでも気を抜けばこの防禦すら弾き飛ばして俺を真っ二つに出来ると分かるほどの剛力でこちらを押しつぶしにかかる。
「……ッ!!」
動けばやられる。
だが、動かなくともいずれ崩される。
そのどちらもが、明確な事実として頭の中に浮かび上がる。
そして、どうするべきかは全く分からない。
「光よ、我が敵を射抜け!ファイアボルト!」
奴の背後から声。そして奴の背中に跳ね返る火球。
案の定、一切びくともしない奴。
「ッ!!」
だが、全て変化なしとはいかなかった。
着弾の時に、俺は少しだけ期待していた。剣で斬れない相手でも彼女の魔法なら何とかなるのではないか――と。
だが、実際には弾き返されて柱に当たって火球は消えた。そしてその絶望感は俺の目にしっかりと焼き付いた――ほんの一瞬とはいえ、そちらに注意を向けてしまうほどに。
「しまっ――」
その瞬間を、デュラハンは逃さなかった。
奴の剣が動きを変える。辛うじて拮抗していた鍔競り合いは、奴が下からカチあげるようにして俺を崩して終わった。
――そして、崩された俺のガラ空きの胴に、奴の蹴りが突き刺さった。
「があっ……!!?」
蹴られた――そのことを理解したのは、体が大きく吹き飛んで、冷たい地面に叩きつけられた時だった。
「リヒト!!」
「……ッ!」
リンの叫び声。
はるか遠くから聞こえる気がするそれに答えようにも、体中の空気が全て抜けてしまったように声が出ない。
「がっ……ごほっ!!」
ようやく絞り出せたと思ったのは、激痛を伴うむせ返りだけ。
何とか意識を失わずに見上げる視界には、既に俺など相手にならないとばかりに背を向けたデュラハンと、そのデュラハンに一歩ずつ追い詰められていくリンの姿。
「くっ……!光よ、我が敵を射抜け!ファイアボルト!」
再び放たれる火球は、しかし今回も同じように軽々と弾き返されてしまう。
「光よ、我が敵を――」
三度目の正直は、途中でかき消された。
何度やっても無駄――そう結論付けるように突進したデュラハンの一撃によって。
「リン!!」
ようやく吐き出す息が声と分かる形になって絞り出される。
振り下ろされた一撃を辛うじて躱したようだが、その回避行動によって彼女はデュラハンの現れた二つの柱の間に立ってしまっていた。
「しまっ――」
そして、その事実には彼女自身気づいたようだ。
即ち、今いる場所では左右に逃げることは出来ない=次のデュラハンの攻撃をよける術がないということに。
「あっ……」
後ずさりするしかないリン。だがそれとて無限に出来る訳ではない。吊られた柱の下への侵入を防止するために、そちら側には鎖が張られているのは俺の位置からでもかすかに見える。
「くっ……くっそぉ……」
痛む体を何とか引き起こす。
聖剣を杖のように立て、それに縋るようにして体を起こすと、まだふらふらと覚束ない両足に必死で力を籠める。
「う……おお……」
デュラハンには聖剣も通らない。
だがそれで諦める訳にはいかない。今まさにリンに危険が迫っているのだ。
――だが、なんとか俺が立ち上がるまでの時間は、奴にとっては十分に獲物をいたぶる時間だった。
「きゃあっ!!」
「リン!」
横薙ぎの一閃。
辛うじて回避したのだろうというのは何とか見えたが、同時に剣の柄から離れたデュラハンの手が、屈みこんだ無防備なリンの首に伸びるのも見えた。
「あっ――」
声を上げるのと、リンが捕まるのは同時。
そして、彼女の首より太いだろうデュラハンの腕が、一切重さを感じない程に軽々と彼女を締め上げていくのがそれに続く。
「うっ……ぁ……」
じたばたと手足をばたつかせるリン。その苦し気な息が俺にもかすかに聞こえて、それが未だに痛む俺の体が無茶をするスタートの合図となった。
「うおおおおお!!!」
叫びながら、奴に向かって突進する。
一歩ごとに痛みが走る。もしかしたらあばら骨が折れたのかもしれない。
だが、それでも今まさにデュラハンの剣によって串刺しにされかかっているリンに優先するものではない。
「おおああああ!!!」
叫び、突進し、斬りつける。
「放せ!放しやがれ!!!!」
叫びながら切り下した斬撃は耳障りな金属音以外何ももたらさないが、それでもその動きを止めることは出来ない。
奴の背中に一撃。リンを掴んでいる左腕にも一撃。彼女を串刺しにしようとしている右腕にも――ここで、奴がおれをうざったく感じたのだろう。
「ッ!!」
こちらなど碌に見もせず、ハエでも振り払うようにその剣がこちらに振られる。
「くっ!」
辛うじて顔面に迫るそれを躱した。
奴には傷一つなく、反対に片手突きで押し下げられてしまう。
だが、それでも全く無意味ではなかった。
「こ……っの!」
極僅かな、しかしリンが自らを拘束しているその手から逃れるための僅かな時間は稼げたのだから。
「リヒト!」
すぐ後ろに転がった彼女の叫び、そしてデュラハンのまたぐらをくぐって飛んでくる、バスケットボール大の何か。
「ッ!?」
小さくバウンドしたそれが俺の足元に転がり、こちらを見上げたそれと目が合う。
そう、目が合ったのだ。その放られた代物=眼窩の奥が怪しく光を放つ、古びた兜をかぶった骸骨と。
「それがデュラハンの頭!破壊して!!」
そして同時に、それを放った張本人の叫び声が俺の耳に響いた。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
続きは明日に




