新たな敵、新たな力1
「バティスさんに何かあったんですか!?」
リンが食いつくように尋ねると、彼女は少し驚いたように――しかし同時に縋るような目でリンを見て――教えてくれた。
「あの人、いつも北の遺跡にお参りに行くんです。最近仕事が上手くいかないっていって悩んでいたから、きっとそのこともあってお祈りをしていたのでしょう……。でもいつまで経っても帰ってこないから、私も心配になって見に行ったんですけど、遺跡には誰もいなくて……。それで近所の人なんかにも話を聞いてみたんですけど、誰も見ていないらしくて……」
話を聞いたところでリンがもう一度俺を見る。
何を言わんとしているのかは、口を開かなくても分かる。
「分かりました――」
だから、こっちから先に切り出しておく。
「ちょっと我々も見に行ってみます」
「ありがとうございます。夫はひげを蓄えていて、右目の下に古い傷があります。どうぞよろしくお願いします」
話はついた。早速踵を返してすぐ近くの分岐を北へ。
雑木林に挟まれた――というよりも雑木林の中に道を通しただけのようなこの小道は、数歩足を踏み入れただけで大通りの喧噪が別世界のように静かな世界とつながっていた。
「しかし、よく気付いたな」
その静寂の中、聞こえるのは俺たちの足音と声だけ。
「……この町に入った時から感じる。すごく嫌な気配がするんだ。邪気というか、とにかくそういうものが」
彼女と出会った時の話と、その言葉を掛け合わせる。
「……もしかして、邪竜が?」
「分からない。でも……用心して。普通のモンスターから感じるそれじゃない」
ごくり、と飲み込んだ音が足音と彼女の言葉に続いた。
それからすぐに、雑木林が開けて北の遺跡というものが姿を現した。
「気を付けてリヒト。ここ……この町で一番嫌な気配が強い」
その言葉に思わず辺りを見渡す。だが、幸いなことにモンスターの類はどこにも見当たらない。
遺跡は石造りの寺院という表現が一番近いだろうか。かつてこの近くに鉱山があった頃からある場所で、古い製鉄神を祀っているという説明の看板も併せて、確かに信心深い者なら熱心に参拝に通いそうな雰囲気を醸し出している。
「それで、ここに……?」
「どうだろうね。奥さんも探したと言っていたし……」
果たしてリンの言う通り、遺跡の周りをぐるりと探してみたものの、やはりどこにもそれらしき人物の姿は見えない。それどころか、今ここにいるのは俺たちだけのようだ。静まり返った雑木林と、その中にそびえ立っている石の寺院は――こういう状況だからかもしれないが――どことなく不気味に思えた。
「やっぱりいないな……」
「うん。となると残りは……」
ぐるりと一周した後、彼女の視線は遺跡の裏手に向いた。
確かあの向こうにはただ雑木林が広がっていただけだ。
「あっちに何か?」
「あっちの方だけ、妙に気配が弱いんだよ。この遺跡に来てからずっと強い気配を感じているのにね」
「あっ、おい」
そう言いながら、そちらに吸い寄せられるように進んでいくリン。
後を追うと、彼女はその言葉通り遺跡をぐるりと回ってその裏手、雑木林の中で、背の高い草が生い茂っている辺りで足を止めた。
その場所の手前だけ等間隔で杭が立てられていて、それら同士が太い鎖でつながれている。
先程この辺りを捜索した時には気にならなかったが、どうやら元々はこの先に進めたようだ。といっても、今では木々が並び背の高い草も生い茂っていて、とても中に進めそうには見えないが。
「ここ……」
「えっ」
その茂みの一点を、不意にリンが指さした。
「リヒト、ここを剣で切ってみて」
「切るって……何を?」
そう言われても目の前にあるのは背の高い草むらと、その手前にある古く太い鎖だけ。
この鎖を断ち切れという事だろうか?
「何かを、というか、この目の前の空間を。ここで剣を振ってみて」
「お、おう……」
その妙な注文の意味はよく分からなかったが、とりあえず言われるがままに剣を抜くと、青白い光を放つその剣を振りかぶった。
「この辺りが一番不自然に気配が弱まっている。私の考えが正しければ、ここに何かあるはず」
そこでようやく、彼女の考えていることが俺にもわかった。
そしてそれによって、俺も気持ちを引き締める。ここにもし何かが隠されているとすれば、最悪の場合その何かが飛び出してくる可能性もある。
「……行くぞ」
「お願い」
改めて集中。
「ッ!」
正面の空間に剣を振り下ろす。
ピュッという空気を斬る音だけが聞こえる、完全な空振り――ではなかった。
「なっ!!?」
「やっぱり……」
何もない、周囲と変わらない風景。背の高い草が生い茂り、その周囲に雑木林が鬱蒼と広がっているだけの景色。
振り下ろした剣の軌道を境界線にするように、その景色がすこしだけずれている。
何となく、小学生の頃理科の教科書に載っていた活断層型地震の図のような、境界線の左右がずれている世界。
「な、何が――」
この展開を予想していたらしきリンと違い、唖然とする俺の前で、そのずれはどんどん大きく広がっていく。
それに合わせて剣の軌道=ずれの境界線そのものも左右に細かくひびが入って、それが稲妻のようにずれた世界へ伸びていく。
「ッ!!」
そしてその無数のひびが蜘蛛の巣のように広がったところで、その景色がばらばらと崩れ落ちた。
まるで古い塗料が剝がれるように、いくつもの細かい破片となって、世界がばらばらになっていく。
――そして、その向こうにあったのは同じような雑木林と草むらの世界。数少ない違いと言えば、その中に一本、獣道よりは多少広い程度の小道が伸びていること。そしてその道の先にこちら側の石の寺院よりは小さいものの、もう一つの石造りの建造物がぽつんと佇んでいるという事だった。
「これは……」
「間違いない。あの奥に何かがいる」
未だその現実を飲み込めない俺と、対照的にその先を見ているリン。
「今までで一番強い気配をあの奥から感じる。やはり、結界を張って誤魔化していたのか」
状況を理解できない俺に説明するようにそう言うと、彼女はその強い気配を感じるというもう一つの遺跡に向かって、小道を進み始めた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




