凱旋と旅立ち7
川のさらに上流に目をやるとその岩山で同じような橋をもう一つ通って対岸に渡り、対岸を同じように進んでから、その先にある別の中州を中継してこちら岸に戻るというルートを通ることになりそうだ。
――だが、道はもう一つ。
「遠回りだな……」
そのもう一つを前にしては、その感想以外に出てこない。つまり、この道をまっすぐ進んでいって、大回りした先と同じところに直線で向かうルートの前では。
「迂回するしかなさそうだな」
同じものを見たリンが、同じ結論に至った。
面倒だが、まあ仕方ない。迂回するしかないだろう。正面には人の背程ある格子状の柵が設置されていて、ご丁寧にそこに大きく「進入禁止!」の表示がなされている。
「何かあったのか……」
その疑問は、まるで問いを予知していたかのように柵の横に設置された看板が物語っていた。
「軟弱地盤につき、がけ崩れの危険あり!立ち入りを禁ず」
その内容をリンが読み上げる。柵越しに見えるのは道を半分ほど塞いでいる巨大な岩塊だが、恐らく崩れてきたのだろうそれに加えてがけ崩れとは、確かに近寄るべきではない。
「仕方ない。少し遠回りだが……」
「うん。迂回路が決まっているぐらいだしね」
リンの言う通り、たもとに「←迂回路」と書かれた看板に従ってそちらへ。
丸太を並べただけの橋だが、こちらは崩れ落ちる心配のないほどしっかりしたものだ――手すりも何もないからそちらに落ちる危険はあるが。
「落ちないように気をつけてな」
一応、後続するリンにもそう伝える。
幸いそれからすぐに中洲に至り、同じような橋を通って対岸に渡ると、それまでと同じような道を上流に向かって進んでいくことになった。
幸いなことに、こちらにはがけ崩れや岩塊の類は存在せず、モンスターの気配もない。時折吹き抜ける涼しい風の中、ちょっとしたハイキング気分で次の橋まで進むことが出来た。
「ねえ、あれ」
「ん?ああ」
だが、何もなく進めたのはそこで終わり。
こちら側の岸に渡る際のそれと同じく中継地点となっている中洲に伸びている丸太の橋にさしかかった時、その中洲に見えていたのは、対岸に渡る橋の手前に突然現れた大きな岩だった。
「あんなところに岩が……?」
先程見たような崩れてきたようなものとは思えない。何しろ中洲だ。周囲は川で、崩れてくる場所などない。
「元々ああいう岩なのか?」
「いや、だとしたらそれに塞がれるように橋を架けないと思うけど……」
言われてみればその通り。そんなやり取りをしながら件の中州にたどり着く。
先程渡った時のそれより広いそこの端、反対側に通る橋の前を塞ぐようにどっしりと鎮座する、その岩。
軽自動車ぐらいありそうなサイズのそれは、周囲の岩=中洲そのものと比べて明確に泥が纏わりついていて、誰かが擦り付けたというよりも泥の中に沈んでいたような有様だ。そしてそれ故にか、辺りには濃密な泥の臭いが漂っている。
「なんだこれ……」
その臭いに思わず顔をしかめる。一体何故、この岩だけこれ程泥まみれなのだろう。
「ひどい臭いだね……」
「ああ……こいつだけ泥の中から……」
言いかけて、ようやく頭が違和感に到達した。
俺は今なんて言おうとした?
「……」
こうだ:こいつだけ泥の中から出てきたような。
そうだ。泥まみれということは泥の中から出てきた可能性が高い。そしてこの辺りで軽自動車サイズの岩が沈み込めるような泥地はどこにもない――川底を除いて。
では、その川底から遥か上にあるはずのこの場所にこの岩――いや、この泥臭い物体がある理由は?当然ながら、ただの岩が自力で上ってくるなんてことはあり得ない。
となると考え得る可能性は二つ。まず誰かがここに川底の岩を持ち込んだ。そしてもう一つ=こいつは岩じゃない。
「ッ!!」
どちらが正しかったのかは、その結論に達した直後に自身が発表してくれた。つまり、岩のように見える目の前の塊が。
「リヒト!下がって!!」
リンが叫び、俺が同時にそれを実行し、その直前まで俺がいた場所=その塊の目の前を塊から飛び出したような質量が横殴りに通過する。
「こいつは……っ」
着地と同時に剣を抜く。その時には、空ぶったそれが巨大な鋏であるとしっかりと見えている。
岩が動く。もう片方の鋏も突き出し、その体の下からも四対八本の足が蜘蛛のそれのように展開する。
「蟹……だと!?」
二振りの刀を組み合わせたような巨大な鋏の向こうに見える、感情の類が一切読み取れない黒い一対の目――触角のようなものの先端についているそれがそう呼べる器官なのなら――がこちらをじっと見ている。
「こいつは一体……」
見たことも聞いたこともない生き物=恐らくモンスター。
だが、今より遥か昔の時代に作られた剣の精霊には心当たりがあるようだった――それも、全く楽観視できない相手として。
「気を付けて!こいつ人食いガザミだ!」
そのあまりに物騒な名前が、巨大な鋏と相まって初めて見る俺にも雄弁にその危険性を物語っている。
そしてその危険な巨大モンスターはその名の示す通りの獲物として、俺たちを認識したのだろう。のそりのそりと、その多数の足を器用に動かしてこちらに向かってくる――その巨大な鋏を振り上げながら。
「くっ、下がれ!」
リンに叫び、見本を示すように飛び下がると、直後鋏が顔面の前を掠めていく。
「ッ!!」
紙一重の回避。剣の加護がなければ奴の餌食だ。
「このっ!」
背中に冷たいものが流れるのを感じながら、鋏を振りぬいた直後の奴の懐に飛び込む。
巨大な鋏はその重量も相応。即ち飛び込んできた相手には迅速に対応できないはず――その判断は間違いではなかったようだ。反応を示すことも出来ない奴の、離れている一対の目の間に大上段から振り下ろした。
「なッ!!」
そしてその刃=トロールの頭蓋すら苦も無く断ち切った聖剣が、異様な手応えと共に弾き返された。
その一瞬の間に、奴の巨体はそれに見合わないスピードでこちらに鋏を向ける――そのことに気づいた瞬間には、既に振り下ろす姿勢に入っている。
(つづく)
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続きは明日に




