凱旋と旅立ち5!
橋といっても、数本の丸太を束ねただけの簡単な代物だが、それでも人間が十分渡れるような幅を持っていて、中州のように川の中にそびえ立っている岩山までまっすぐに伸びている。
川のさらに上流に目をやるとその岩山で同じような橋をもう一つ通って対岸に渡り、対岸を同じように進んでから、その先にある別の中州を中継してこちら岸に戻るというルートを通ることになりそうだ。
――だが、道はもう一つ。
「遠回りだな……」
そのもう一つを前にしては、その感想以外に出てこない。つまり、この道をまっすぐ進んでいって、大回りした先と同じところに直線で向かうルートの前では。
膝の高さ位の倒れかけた杭と、半分ぐらい朽ちているロープ。そして「危険」とだけ書かれた看板がその脇に倒れかかっているが、その向こうに見えている道はこれまで歩いてきた場所とそれほど違いがあるようには見えない。
確かに途中で川とは反対側から道の半分ぐらいにまでせり出してきている場所がある。この道に合流した時に見た落盤の現場を思い出すが、ここのせり出している岩塊はとても崩れてくるような不安定な状態には思えない。
「こっちを抜けよう」
俺がそう言うと、リンの指が戸惑いがちに朽ちかけた看板を指し示した。
「いいのか?危なそうだけど」
「大丈夫だろう。ここまで歩いてきた道と同じような状態だし」
見た目に危険はない。
それに、朽ちかけた低い杭しかない時点で大して危険視されていないのだろう。この辺りの管理をしているのがロマリーの町なのかは不明だが、恐らくかつて設置したのはそうなのだと思われた。これほど朽
ちるほどに時間が経っているのだ、それで落盤を起こしていないのなら問題はあるまい。
「そうそう簡単に落盤なんて起きないと思うよ」
「まあ、それはそうかもしれないけど……」
まだ踏ん切りのつかない様子のリンだが、俺は彼女に先行するように杭をまたいだ。
川を渡って対岸を進むルートはあまりに遠回りだ。
――加えて、あまり格好悪いところを見せたくないという思いがないと言えば噓になる。
先程のギガントスパイダーとの戦いでは、剣の加護とはいえ活躍できたのだ。
あの時の彼女の表情と、握られた手の柔らかな感触はまだ残っている。あれだけのことをした後で「近道をしようと思ったけど危ないと言われてやめる」というのは、ビビっているようで格好がつかない。
日本にいた頃にはわからなかった感覚だが、なんとなくそんな思いが頭の片隅にあった。
「大丈夫だって」
それの中には自分に言い聞かせている部分が確かにあった。
杭をまたぎ、まっすぐに伸びている道へ足を踏み入れる。もう後戻りはできない。
「……大丈夫だ」
もう一度呟くと、俺はその道を歩き出した――そのうちの何割が自分に向けて言った言葉なのかは、意図的に頭から締め出して。
「気を付けて」
すぐ後ろでリンのためらいがちな声。
彼女には一歩目を踏み出した時の俺の恐る恐るという感情は見えなかったのだろう――幸いなことだ。
その一歩は、当然ながらそれだけでは何の危険もない。
しかしその事実が、俺の足取りをいくらか軽くしていた。
「なんだ……大丈夫だ……やっぱり」
やはり大したことはない。その確証を得たように俺の足は軽くなった。
大丈夫だ。何の問題もない。道の半分を塞いでいる岩塊は確かに落盤によって落ちてきたものかもしれないが、それだっていつのものか分からない程に古く、先程この道に入った時のものと同様に背の高い草が周囲を囲むように生えていて、もう長い事この状況が続いていることを物語っている。
「つまり、大丈夫ってことだろ」
その道にせり出した岩塊の前でその事実を確認。川べりに近い方に十分人が通れる幅があることを確かめると、慎重を期して岩塊に張り付くようにしながらその障害物をよける。
「リヒト、足元に注意して!」
「ああ。分かっている」
声に応えている間にも、目は既にリンが注意するように進言した場所を凝視していた。
切り立った崖の下。渓流が
岩塊の形状から所々背中を押されているような姿勢にならざるを得ない場所はあるものの、道幅は1mほどは常に確保されている。
そしてその岩塊を背にした移動も、あと少しで終わることが視界の隅に見える元の広さの道でわかった。
これで一安心――そう直感が告げ、リンの方を振り向く。
「大丈夫だ。こっちで進める」
少し余裕のある所を見せたかった――そしてその言葉を口にした瞬間、俺は自分がほっとしているのに気づいた。
そうだ。大丈夫だ。ここはもう抜けられる――そう思った瞬間、背中に触れていた岩塊がぐらりと動いたような気がした。
「!!?」
思わず足を止め、腰を落とす。
冷静に考えればこれ程の岩が動けば人間一人の踏ん張りなど何の意味もないのだろうが、それでも咄嗟にそういった反応が出るのは自然と言えるだろう。
そして幸いなことに、背中でぐらついたように思えた岩塊は、実際にはそれまで通りどっしりと動かないでいたのだ。
「……驚かせやがって」
思わず毒づく。大方何かの錯覚だ。
そう思って再度一歩を踏み出した――その瞬間、足の裏から地面が逃げた。
「ッ!?」
高速で降下するエレベーターの中のような感覚に襲われ、ついさっきと同様に体が強張る。
それまで真下に見ていた渓流が、そこから柱のように突き出している無数の岩が、急速に近づいてくる。
「こっちか――」
自分でも分からないうちに吐き出したその言葉が、一部始終を見ていただろうリンに伝わったのかは分からない。
それを確認する間もなく、俺は崖を転がって、水面と岩に頭から落ちていった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




