96.花咲く祭りの狂奏曲 ③
一心不乱に輪の外で踊る人達もなんだか様子が変でした。妙に必死になっているような気がするのです。大人達のうなり声が重なり合って歌っているかのように聞こえます。しかも呪文を唱えている時のような雰囲気です。
段々怖くなってきた桃。一刻も早くここから逃げ出さなければならないと思いました。そして円の真ん中で無気力に立っているアビーとそのお友達を引っ張り出さなければなりません。
意を決して踊る人達の輪に割り込んでいきます。ぶつかってよろけそうになりますが、どうにか立ち上がります。なぜか踊っている人は気にする様子もなく輪の中に戻っていきました。
蝋燭で囲われた輪の側に来ると、何度か見たことのある魔法陣があることに気がつきます。しかも仄かに白く光を発しており、円からは黒い霧のようなものが立ち上っていました。その正体がなんなのか見当がつかないまま、桃は蝋燭をまたいでアビーに手を伸ばします。
その時、足を引っかけてしまったのでしょうか。一本の蝋燭が倒れ、ふっと消える火。その周囲がぐにゃりと曲がっているような気がしてきました。何度か瞬きをすると桃はその光景に目を疑います。
段々と周りがかすみがかり揺らいだかと思えば、白い壁は朽ち果てて本来の木の色とひび割れが露わになっていきました。木の床はめくれ上がり、蜘蛛の巣の張った天井からは木の屑がパラパラと落ちてきます。埃被った棚、暗く狭い部屋、色とりどりの人が周囲に居たはずなのに、そこにいたのは同じような黒い衣を纏った人。子ども達があまりの変わりように悲鳴を上げます。赤黒い何かで描かれた魔法陣と、一本だけ倒れた蝋燭は変わっていませんでした。
桃とアビーはちょうどそこから魔法陣を抜けて、一心不乱に出口へ走り出します。
他の子ども達に気を配る余裕は無くなっていました。
黒衣を纏った大人達が二人を捕まえようと追いかけてきます。アビーも正気に戻ったみたいで足取りがしっかりしてきました。他の子ども達もその様子をみて不穏なものを感じ取ったようで、散り散りになっていきます。逃げる子ども達と追いかける人達で会場は蜂の巣をつついたかのような大騒ぎになっていました。
しかし、彼らに追いつかれ腕を捕まれてしまう桃。もがきながらアビーだけでも逃そうと背中を押します。アビーは不安げな表情で桃を見つめていました。
「逃げて、早く」
彼女は頷いて走っていきます。
(どうか捕まらんといて……)
祈るような気持ちでその後ろ姿を見送ります。
桃はそのまま腕を引っ張られ、抵抗空しく奥へ奥へと引きずり込まれていきました。
(ああ、もう少しで外に出られるのに)
「離して、下さい」
「……最悪君だけでも良いんだ、――様のお怒りを買う前に差し出さなければ」
(お怒りってどういうこと? 何言っとるんこの人?)
その時、奥から一人の若者が桃達めがけて走ってきます。
「離せよ」
聞き覚えのある声で短く呟くと、桃の腕を掴んでいた相手を引きはがし、そのまま流れるように腹へ蹴りを入れました。男はお腹を押さえてよろめき、壁に背中からぶつかって倒れていきます。
(あの人、頭を打ってまったんやないかな……)
逃れられてほっとしている気持ちと、痛い思いをしたであろう黒衣の人に対する同情心がない交ぜとなり、桃の足は動かなくなってしまいます。部屋の奥からは甘いような焦げ臭いような不思議な匂いが漂ってきました。微かに煙たい感じがします。
黒衣の人を倒した若者としばしの間目が合いました。顔立ちも髪の色も、雰囲気も、冷静に見たら今日来ている服も、紛れもなく見覚えのある姿。
(あれ…………もしかしなくても、サムさん?)
「どうして」
小さな声で呟くと、こっちの台詞だよという声が聞こえてきそうな表情で睨んできます。しかし、話しかける暇はありませんでした。子ども達を逃してしまった黒衣の人達が桃に向かって来ているのです。
(と、とにかく逃げなきゃ)
廃墟を脱出し、見覚えのある通りを走って、走って、走り続けます。しかし、酒場の面している大通りへ来たところで胸が苦しくなり、歩き始めました。後ろを振り返るともう追いかけては来ていないようです。ぜえ、ぜえと息を切らし、おぼつかない足取りでまずはアビーの住む酒場を目指します。
(でも、ここまでは会って、ない)
もし無事に逃げ仰せたのならお家に戻っているだろう、なんとなくそんな予感がしていました。
「モモ、モモ」
「モモちゃん」
彼女に呼びかける声がします。駆け寄ってくる親子の姿がありました。桃の頬に一筋の涙が伝います。アビーは無事だったのです。
「ああ、良かった、良かった。ごめんなさい、怖かったでしょう」
幼い少女が胸に飛び込んで来ます、ギュッとお互いに強く抱き合いました。
「二人とも無事で何よりだわ」
酒場の店主がそっと二人の肩に手を添えます。
「話はアビーから聞いたわ。ごめんなさいね。あなたを巻き込んでしまって」
「いえ……」
「あの子に付きあってくれて、そして守ってくれてありがとう。ほら、アビーも」
「ありがとう」
胸元に顔を埋めたアビーが言いました。
「あたしだけ、先に逃げちゃった」
懺悔の言葉に桃は首を振ります。
「それで良かったです。貴方が捕まったら駄目です」
アビーはもう一度腰に回している腕に力を込めました。
「私にも落ち度があったから責められないけれど。モモ、これからはあなたも無茶はしないこと。あなたの命はあなただけのものじゃなんだから」
(うちだけのものじゃない……もう一人ぼっちなのに?)
故郷の家族の元にいれば説得力があったかもしれません。桃が病気になることや大きな怪我をするということは、家の働き手が一人いなくなるということを意味していました。それは親や兄弟、そして村人の負担を増やすことにもなります。
万が一お嫁に行けなくなってしまえば、跡を継いでくれる子が減ってしまうことになりかねません。産まれた子どもが若くして亡くなることの多い世界で、母体の健康というのはとても重要なことでした。
しかし、ここに居る以上はもう誰かのために頑張る必要はないのです、というよりも尽くすべき人や家がないという方が近いでしょう。桃が動けなくなったら、サムは彼女を捨てればいいのです、グレアムは新しい家政婦を雇えばいいだけなのです。気楽な部分もありましたが、それはとても心細いことでした。
ですが、店長の言葉はじんわりと温かく体の奥に響いたのでした。




