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8.お嬢様と話す狐 最終話

前回のあらすじ:家出お嬢様、パーティに出たくない。

 部屋に入ってきたのは、ここに住んでいる青年・サムでした。小さな驚きの声と共に一瞬小刀が光ります。しかし中にいるのが桃であることに気がつくとすぐに仕舞いました。


 彼は、フランを見るや否や顔を引きつらせています。桃は事情を説明したいのはやまやまでしたが、言葉にできません。狐にそばへ来るよう手招きしてみます。青年は既にフランへ話しかけていました。


「あの、どちら様でしょうか。ここには金目のものなんかないので、さっさと帰ってもらえませんかね?」


「貴方ね。まさかこのフラン様のことを忘れたとは言わせないわよ」


「人違いじゃないですか? 少なくともこの家を教えた覚えは無い筈なんですがねえ」


「当たり前よ。この子について来ただけで、貴方の家だとは夢にも思わなかったもの」


 フランが桃を指し示しながら平然と答えました。桃は急に指を向けられた理由が分からず、サムの方を向いたり、フランの方を向いたりしています。


「しっかり覚えているじゃないの、相変わらず面倒くさい人ね」


「あーはいはい。じゃさっさと帰れよ、あんたに振り回される趣味も無ければ仕事もないんでね」


「こっちは怪我しているのよ、ちょっとくらい休ませてくれても良いじゃないの」


「あー力尽くで追い出してやりたい、二人まとめて」


 あさっての方向に目を向けながら独り言を呟くサム。桃は二人が言い合いをしている間、近寄ってきた狐に頼み事をしていました。


「あの、私の代わりに、ここへ来た理由を説明してくれませんか?」


『悪いが、あの青年と話すことはできぬ。私の声を聞くことはできるだろうが、気味悪がるだけだろう』


 声を潜めている狐の言うとおり、妖がいきなり話しかけてきたら青年もびっくりするでしょう。桃だって今言葉の通じる相手が狐しかいないから平気でお話していますが、故郷で動物に話しかけられたらきっと怖くて逃げ出しています。動物の声だということさえ分からなかったかもしれません。


『主がおおよそ事情は話していたからひとまず安心するといい』


 と付け加えていましたが、二人の様子を伺っていると不安しかありませんでした。フランはドレスを整えて座り直しながら、大きくため息をつきます。


「まさか、モモを預かっているのがよりにもよって貴方だなんてね」


「好きで面倒見ている訳じゃない。いっそのことそのまま連れて帰って欲しい位だ」


「私は構わないわよ。あとはモモがどうしたいか次第だけれど」


『また勝手なことを決めおって。おぬし、主が連れて帰りたいと言っておるぞ』


 狐は入り口で突っ立っている桃の肩に乗り、話しかけてきます。


「え、ふらんさんが?」


『おそらく無いとは思うが、もし主の父上から許可を貰えたらどうするかね』


「それは、ありがたいです。でも、いつの間にお家に帰る決心がついたのですか?」


『さあな。それにしてもあの、サムとか言ったか。見たことのある顔だな……ああ、そうだ。以前主の父上に連れられて賭場を見学した時、働いておった』


「とば?」


『お主にはまだ早かったな。あまり手を出すものではないぞ。ともかく、主に振り回されて気の毒だったよ』


 狐の話すことはいまいちピンときませんが、ともかく「さむ」というのは名前で合っていたんだ! と心浮き立ちます。そして一見縁のなさそうな二人が知り合いであることに内心驚いていました。


「貴方はもう少しあの子と一緒に居て、色々見習った方が良いんじゃないかしらね」


「何か仰いました? 最近耳が遠くなったみたいで、言いたいことがあるなら大きな声でお願いできませんかねえ」 


「私より年下の癖に。どうせ聞こえていたのでしょう?」


「さあ?」


「休憩できたことですし、そろそろお暇いたしますわ」


「はじめから来なくて良かったのに」


「何か仰って?」


「いいえ何も、空耳じゃありませんか」


「そうかしらねっ」


 と言いながらフランが立ち上がったと同時に、扉が勢いよく開きました。と思いきや、玄関近くにいたサムが鎧を着た男の人を押さえつけ、首筋に小刀を当てています。男の人は腰に下げている剣の柄に手をかけていました。戦い慣れている様子で、顔色一つ変えません。


「スミス!」


 フランが甲高い声で叫びながら二人のいる扉のそばに駆け寄ります。彼女の訴えを聞いたサムは鋭い視線を男に向けたまま手を離し、男の人は膝立ちになってフランの肩をつかみます。桃はその様子を奥から伺っていました。


 心配そうな顔つきから、彼がフランを追っていた家の人だと言うことが桃にも伝わってきます。


『あの男はスミスという護衛、怪しい輩から主を守る役目の者だ。どうやらこの家に連れ込まれたと思い込んでいたらしい』


 三人の様子から誤解は解けたみたいですが、スミスの説得に対しフランは首を振るばかり。関係ないサムとの口論まで始まっています。


「お家に帰ったらどうしても宴会に出なきゃいけないのですか?」


『彼女の家で行われるからな。よほどのことが無い限り欠席できぬだろう』


 そもそもパーティに出たくないから逃げ回っていたのです。それほど嫌なものに参加しなければならないということが、段々可哀想になってきました。


「怪我もしているのですから、早く帰って休んでいただきたいです」


『なるほど。それは使えるかもしれんぞ。話してみるか』


 狐がフランの肩に飛び乗り囁いています。するとフランはスカートの裾を上げて怪我をした膝を見せながら訴えました。きっと怪我のせいでパーティには出られないと言っているのでしょう。するとスミスは眉根を寄せつつも頷きました。フランを抱え上げようと手を伸ばしますがはねのけられます。しかし話がまとまった雰囲気になっていました。


 フランが桃の所に来てぎゅっと抱きしめます。この家に来るまでの道中で練習したありがとう、という言葉が聞こえて来ました。ともかくフランが家に帰ることができるようになり、桃もほっと一息つきます。


「無礼を働いて申し訳ない」


 その頃、スミスがサムに向かって頭を下げていました。


「全くですよ。あの女から目を離さないでいただきたいですね」


「肝に銘じます」


「そうだ。ねえ、スミス。この子を私達の家で預かりませんこと?」


「ここに住んでいるのでは無かったのですか?」


「少しの間いたみたいなんだけど、この人追い出したくて仕方無いみたい。可哀想でしょう? 一人になってしまうのよ。異国からきたばかりで心細いでしょうに。怪我の手当をしてくれたのも彼女なのよ。お礼ということにすれば良いわ」


「はあ。しかし、今すぐ連れて行くのはおすすめいたしかねます。一度ご主人様に相談された方が宜しいかと」


 狐が入り口にいて、桃が今いる場所から離れているため、何を話しているのか尋ねることができません。もどかしい気持ちで皆のいる所に近づいていきます。


「あんたの父親って確か……やっぱり辞めとく」


「どうしたのよ。手の平返すようなことを言っちゃって」


「考え直してみたらフランサマに煩わしいことさせる訳にはいかないなって。他を当たることにしますよ」


「是非そうしていただきたい」


 とスミス。


「ちょっと、スミスったら」


「ご主人様のお許しがいただける確証はありません」


「それも……そうね。ならせめてしばらくここに居させてあげなさいよ。あちこち行かせるのも可哀想でし

ょう? 私もできるだけ来るようにするから、私達であの子を支えてあげましょうよ」


 サムはフランから目を逸らして呟きます。


「勝手に決めやがって。来るならその狐だけで良いんだよなあ」


 狐のしっぽがピン、と伸びました。目が普段より大きく開いています。


「あら、気づいていたの」


「前から気味が悪いとは思ってた」


「失礼ね。この子は使い魔よ。学校の魔法の授業で必要だったの」


「へー、あー、ソウナンデスネ」


 サムは物言いたげに淡々とした返事をしました。フランの肩から降りて、桃に近寄ってきた狐がようやく話しかけてきます。


『我らはこれにて失礼するが、おぬしはしばらくあの男の家で世話になるといい。ある程度の心づもりはあるようだからな』 


 住む場所があるというのはとても嬉しいことです。しかし、彼は納得しているのでしょうか? 不安を口にすることができないまま、狐の話が続きます。


(きっと狐さんが大丈夫だと言うんやから、大丈夫なんやろうな)


『折角だから便利な言葉を教えてやろう。Scatという言葉を覚えておきなさい』


「スキャット?」


『何、という意味だ。名前が分からぬ物を指してそういえば、教えてくれるだろう。親切な者であればな』


 これから生活していく中でこれは何、あれは何――と聞いていけば、言葉が覚えられるようになるというのです。目から鱗が落ちたような感覚でした。


「ありがとうございます」


『達者でな』


 柔らかいしっぽで桃の頬をひと撫ですると、フラン達と一緒にサムの家を後にしました。時折フランが振り向いて手を振ってくれたので、姿が見えなくなるまで手を振り返します。


(お家の人と仲直りできて良かった~)


 と思いながら桃が家の中に入ると、二人の間はどことなく気まずい雰囲気が流れました。何をするのでもなく見つめ合ったり目を逸らしたり。ついに我慢できなくなった桃は沈黙を破って話しかけます。


「あ、あの、びえどっと」


 手が白くなるほど裾を握りしめています。サムは横目で白い手をみやると、「Es glone eut werd ra.(よろしく)」


 と呟きました。初めてまともに会話ができたのです。少し心が通じ合えたような気がしました。

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