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45.嵐の夜、すれ違う言葉 最終話

前回のあらすじ:理不尽な不機嫌が主人公達を襲う

 翌日、また「Seu batac」か「Seu batec」かで迷って朝の挨拶ができなかった桃は、サムとお出かけをすることになりました。あまり通ったことのない道をあるいていくと、良くある細長い建物の前でサムが立ち止まります。雨のせいでしょうか。家の周りが泥で汚れていました。


 二人は階段をあがり、部屋の中に入っていくと寝床に腰掛けたお爺さんが出迎えてくれました。すぐ側に机があります。見覚えがある人だなあ、と思っていると声を掛けられました。


「お嬢さん、久しぶりだね」


「こ、こんにちは」


 その声でサムのお父さんと名乗っていた人だと気がつきます。


「サム、ついに老体の世話をする気になったか」


「別に。雨で下の部屋汚れただろうし。掃除しようかと思って」


「ありがとさん。まあ、まずは茶でも飲まないか」


「片付けてからにしたいんだけど……ま、いっか。茶葉はどこ」


「あー、その辺の棚の中にあるから」


 サムが棚の引き出しを開けて探し始めるのを見て、桃もお湯を沸かしにいきますが、竈が見当たりません。


「あ、竈は下の部屋。ねえ、どっかにお湯残って無い?」


「ああ、さっき飲んでしまったね」


「じゃあ掃除するまでお茶にできないじゃん。行ってくるわ」


「すまないねえ」


「もうさ、ギリ動けるうちに引っ越したら? あの部屋じゃ病気でやられる前に溺れるか土砂に埋もれて死ぬかしそうだけど」


「心配してくれるのかね」


「後処理が面倒なだけだから」


「けど、タダ同然で住まわせて貰ってるからねえ。こんな老いぼれに部屋を貸してくれる人は他にいないだろうよ」


「……あっそ」


 何かしらやりとりを終えると、サムは桃を手招きして沢山の布を持たせ、段を下に降りていきます。その先にある扉を開けました。


 其処には殆ど家具のない部屋がありました。床がところどころ雨に濡れて泥が入っています。道路より少し床が低くなっているのが原因でしょうか。


「あの人いつもこの部屋。大雨の時、上の部屋に行く」


 身振り手振りを交えながらサムが事情を説明します。


(それで、あまり動けなさそうなお爺さんの代わりに掃除しに来たんやね。前はお父さんですかって聞いたら違うって言っとったけど、きっと大事な人なんやろうなあ)


 二人は裏庭から水を汲んできて床や竈についた泥を落とし、扉や窓を開けて風通しを良くしながら布で部屋の水気を拭き取っていきます。お爺さんが一階下の部屋で生活ができるように。机や棚などの大きな家具を三人で運び出し、元の場所に戻していきました。


 そんな作業を行ってお昼になった頃、三人は漸く椅子に座ってゆっくりお茶を飲むことができるようになりました。一息つくとサムがおもむろに話を切り出します。


「あのさ、「Seu batac」を「Seu batec」って言うことあるの? 方言とかで」


「どうしたんだ? いきなり」


 桃はカップを机の上に置きました。驚くお爺さんを前に、サムがことの顛末と方言が関係しているのではないかということを話していきます。桃は一生懸命内容を理解しようとしますが、サムが早口で聞き取れません。


「おまえに頼られるのは久しぶりだな」


「各地で旅してたって自慢げに話してただろ。これくらいはご存じだろうなって」


「そんな棘のある言い方せんでも。それに関しては階級語の違いだろうけどね。上流階級の皆さんは我々が「A」と言うところを時々「E」にしてくるんだ。そしてその発音こそが正しい物だと信じている。ところで、名前はフランといったかね」


「ああ」


「そりゃまた大物の娘さんと知り合いになったものだ。彼女の父親は今じゃ街で一番偉いと言っても良いくらいの大商人だよ」


「まじか。金持ち商人だろうとは思ってたけど、そこまでとはな……。あんな自由にさせてたら駄目だろ普通」


 サムが頭を抱えています。


「商人が上流階級かって言われると物議を醸しそうだが、貴族と話す機会も多いからね。貴族と同じ発音で話すよう教育を受けているのだろう」


「なるほどね。癪に触るけど理屈は分かった」


 とサムは言いましたが桃は何も分かっていません。知らない言葉が次々と飛び出してきて頭がクラクラしそうになっていました。流石に二晩も寝るとサムに対する苛立ちは消えていましたが、結局どちらが正しかったのかは知りたいところ。そこをはっきりさせないと明日からもずっと「おはよう」が言えなくなってしまいます。


「あの……Seu batec?、Seu batac?」


 サムとお爺さんの会話を遮る勢いで尋ねます。


「これを説明するのはなかなか難しい」


 お爺さんが腕を組んで考えていると、サムが


「金持ちがbatec、貧乏人がbatac」


 とサムが言い放ちました。


「またざっくりとまとめたな」


「仕方ないだろ。言葉が分からないんだから」


「まあ、間違ってはいないけども」


「そう……ですか」


 桃は空いた口が塞がらないでいます。サムとフラン、どちらも悪くなかったのですから。貧乏人のサムは「batac」が正しいと思ってそう指摘し、お金持ちのフランは「batec」が正しいと信じて教えてくれただけのこと。


(強いて言うなら、うちは貧乏人やから「Seu batac」って言った方がいいんやろうなあ。お金持ちが貧乏かで話す言葉が違うなんて、なんか嫌や)


 結論が出てすっきりするどころか、悲しい気持ちになったのでした。

 


少しでも面白い、続きが読みたいと思っていただけましたら、下の星とブックマーク登録をしていただけますと、嬉しいです。

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