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37.魔女の瞳 ④

前回のあらすじ:犯人捜しを諦めたつもりだったけど……。

「そういや今日、桃宛てでこんなのが届いた。見てみる?」


「貸して」


 受け取ったグレアムが丸まった紙を開くや否や、苦笑い。


「あー。これもなかなか。うん、達筆だね」


「一応ここの言葉ではあるんだな」


「そりゃそうだよ」


「はっきり言って読めたもんじゃなかったから、異国の文字でも混ざってるのかと思った」


 サムの問いかけに対し、得意げに胸を張ります。


「なめてもらっちゃ困るよ。毎日の様にへた……じゃなかった。達筆な住所氏名を見ながら仕事しているんだからね」


「そんな無駄な特技があるとは知らなかった」


「役に立ってるじゃん。今、まさに!」


「早く読めよ」


「なんか今日いつも以上に当たり強くない?」


 グレアムは手紙に視線を移します。


「えーと。『モモさんへ。拝啓 天高く馬肥ゆる季節となって参りました。私はリンと申します。先日は、荷物を届けて下さりありがとうございました。恩を、仇で返すようなことをしてしまい、申し訳ありません。言い訳がましいことを、書いてしまいますが、あの日は少々体調が悪かったということもあって、つい目を合わせてしまいました。怖い思いをしたのではないかと存じます。自分でも、なぜああいったことをしてしまったのか、よく分からないのです。それから……っと、今となって考えてみれば、朝声を掛けられて驚いてしまったのかもしれません。しかし、貴方に迷惑を掛けてしまったことは確かです。本当にすみません。本来ならば、すぐにでも伺うべきなのですが、なかなか会いにいく勇気がでず、少しでも伝えられたらと思い、筆をとってしまいました。家の……フクロウかな? が様子を見に行った時、貴方を大層、驚かせてしまったそうですね。重ねてお詫び申し上げます。あの鳥にはきつく言っておきます――。


疲れてきたから飛ばすねー。


――できれば、解くために会わせていただけないでしょうか? 無理にとは申しません。私より優れた……術者でいいのかな? など沢山いるはずですので、そちらに行かれたのでしたら結構です。また、できればお詫びをさせていただきたいと存じますが、いかがでしょうか。ご迷惑なら教えて下さい。本当に申し訳ありません――』うん。沢山書いてあるね」


「面倒くさいな。で、結局何が言いたかったんだ?」


 サムが問いかけると、グレアムは首を傾げます。手紙が長かったことと、文字を追うのに必死で途切れ途切れに読み上げていたため、桃も何を言っているのかさっぱり分かりません。


「もう少し手短に話していただけないかしら」


 とフラン。


「無理言わないでよ。読むだけでも大変なんだって」


 グレアムがぶつぶつ言いながら最初から読み返します。それを聞いていた狐が桃に話しかけてきました。


『要するに、お主の不調の原因は手紙の主であるリンという者にある。そのことを申し訳なく思っておる。そして、自分なら治すことができる。と言いたいのだろう』


「そうなんや。でも、リンさんがうちを呪ったってことですよね。ほとんど会ったことないんやけど、なにか恨まれるようなことしたんかな?」


『さあな。手紙には体調が悪く、朝早くに来られて驚いたと書かれているが、悪意がないとも限らん』


「なるほどね。なんとなく分かってきたわ。ところでリンって誰よ。サム、貴方なら知ってるでしょう?」


 フランも狐の言葉が聞こえていたみたいです。サムを肘でつつきながら問いかけます。サムは険しい顔つきをしていました。


「一階下の人」


「それだけ? 他には?」


「あんまり良く知らねえんだよな。最近ずっと家を離れていたみたいだったし」


「だからって仮にもご近所さんでしょうに。多少人となりが分かれば、その方の真意もはかれそうな気がしたのだけれど」


 フラン達があれやこれやと話し合っていると、桃がゆっくりと立ち上がりました。


「私、行きます」


 一斉に皆が桃の方を向きました。サムが


「Agrrinec?(本気か?)」


 と言い、フランが


「Lifah , iggerl!(待って)」


 と咄嗟に座るよう合図します。しかし、桃の気持ちは変わりませんでした。


(具合が悪い日の朝、無理に起こしてまったうちにも原因はあるし。それにわざわざこんな長いお手紙を書いて持って来てくれたんやもん。こっちもきちんと会いに行った方がいい気がする)


 狐がお手上げだと言った程の呪いを解ける人が周りにおらず、仕事に行けるよう早く治してもらいたいという気持ちも確かにありました。


(あんなお兄さんだとは思っとらんかったけど……)


 しかし、やはり手紙の言葉を、綺麗な畑を育てているリンという人を信じてみたかったのです。


 桃は転びそうになりながら階段を降り、一階下の扉を叩きます。暫く待っていると、少しだけ開いた隙間から昼間に出会ったボサボサ髪の人が顔を覗かせました。ふらつきながら無言で立っています。勢いで来てしまった桃は何と話を切り出すべきか分からず、焦ってしまいました。


(わっ。どうしよう。治して下さいじゃ図々しいやろうしなあ)


 咄嗟に頭を下げる桃。


「ご、ごめんなさい!」


「え、あ、いやっ。その……」


 掠れるような声でモゴモゴ呟きながら、虚を突かれたかのように、辺りをきょろきょろと見渡しています。そして上を向いた途端、白い顔を一層青くして逃げるように部屋の奥へと入ってしまいました。つられて桃が見上げると、フランやサムやグレアムが此方を見下ろしています。様子を伺っているのでしょう。手を振ると、フランが小首を傾けながら小さく振り返しました。


 扉は開いたままになっています。桃が奥を覗き込んでみると、散らかった物を次々と端に寄せていました。振り返った瞬間桃に気がついたのか、ぎこちない動きで手招きしてきます。


 桃は言われるがままに一歩、また一歩と足を踏み入れました。服や本や良く分からない道具が床に置いてあるようです。薄暗くほこりっぽい部屋の中、目をこらして足の踏み場を探します。竈の火で照らされた腕が、床を叩いていました。桃はそこに座ってみます。


「あ、あの、その……ごめんなさい……」


 目の前に座っているリンが低い声で呟き、深々と頭を下げました。桃もつられてお辞儀をします。そのままぽつりぽつりと何か話していましたが、桃には聞き取れませんでした。


 戸惑いながらも何となく頷いていると、相手が立ち上がります。そのまま竈の方へ行き、何かを抱えて戻っ て来ました。チャポン、チャポンと水の音がします。机の上に置いたとき、初めてそれが壺だと分かりました。


 そして近くの棚から白くて丸いものを取り出します。干した葉を布で巻いているのでしょうか、拳くらいの大きさで、乾いた音がしていました。



 ひらひらとした布の端を持って壺に入った液体に浸しています。取り出して軽く絞ったひんやりしたものが、目元めがけてやってきて、小さく驚きの声を上げる桃。


「Ureu ko wicot a nakly dao agenoniusa nakuzis……」


 ところが、リンの囁き声が奏でる不思議な調べに聞き入ってしまいます。目元から徐々に広がっていく温もり。鼻に抜けていくような爽やかな香り。胸の痛みや苦しみが和らぎ、体が軽くなり、視界がひらけたような気がしてきました。


(あ、呪いが解けたんや)


 布が離れた頃には、そうはっきりと感じられるようになりました。


「Biedott bunit.(ありがとう、お兄さん)」


 弾んだ声でリンに呼びかけたところ、相手は持っていた道具を取り落としてしまいました。


「え、あー。いや……」


 拾い上げながら、困惑したような声を漏らしています。そして立ち上がると近くにある棚に置いてあった何かを手に取りました。棚のすぐ横には窓があります。金色の小さな瞳が鳥かごの中から桃を見据えていました。いつかの夜に見たのと同じ姿をしたフクロウです。


(ここの鳥やったんや……)


 正体が分かり安心しかけたものの、枝に止まって佇む姿はどこか鳥らしさがなく、不気味な感じがしました。机に視線を移すと、くしゃくしゃになった紙がありました。こっそり手にとってみると、文字が白い紙の真ん中辺りまで書かれています。書き損じた手紙でした。そして、似たような紙くずがいくつも転がっていたことに気がつきました。


(まさか、あの手紙。何度も書き直していたんやろか)


 リンが戻ってきます。差し出された手の中にはすっぽり収まる位の包み。受け取って灯りに照らしてみると、紺色の巾着に曲がったリボンが結んでありました。


「ごめんなさい……本当に」


「ううん。ありがとうございます」


 少し顔を上げたリンは表情が乏しかったものの、どことなく耳が赤くなっているように見えました。


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