そして少年は大人になった
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「なあ、ライアン……おまえ、サーシャ嬢に私のことをバラしただろ?」
「なんのことで……ぐっ!」
ライアンが話している最中にジャレッド様がライアンを蹴り倒す。
床に倒れたライアンの腹を、ジャレッド様は自身の足でグリグリと踏みつける。
「ぐはぁっ……!」
「とぼけるな! おまえが話していないとしたら、なぜ公爵家に目をつけられる!? お陰で自由に動けないではないか!」
運動嫌いのくせに均整の取れた体格のジャレッド様は恨みを晴らすように、ライアンを蹴り続ける。
「おまえさえ出てこなければッ! 私が王位を継ぐのは確定していたのにッ! おまえさえいなければッ!!」
物陰に隠れて成り行きを見守っていたわたしは、ライアンが蹴り付けられるたびに飛び出したくなるのを堪えていたけれど、我慢ももう限界だ。
控えていた騎士たちに合図を送り、「そこまでです!」と飛び出す。
突然姿を現したわたしに、ジャレッドは驚いた顔をする。
「サ、サーシャ嬢……!? なぜここに……」
「なぜ? 愚問ですね、ジャレッド殿下。わたしの婚約者を助けるのに理由が必要ですか?」
「まさか……! 謀ったな、ライアン!」
ギロリとジャレッド様はライアンを睨む。
ライアンはそっと目を逸らし、ジャレッド様の下から抜け出して起き上がる。
「謀ったですって? それはこちらの台詞です、ジャレッド様。ライアンを追い出すためにアレコレ画策されていたのは知っているのですよ。それは我が公爵家を敵に回すのと同義──それくらいのご覚悟があってのこのライアンへの仕打ち、なのですよね?」
「ぐっ……!」
あからさまに動揺するジャレッド様──いやもう敬称は不要か。改め、動揺するジャレッドに、彼の器の限界を見た。
なんというか……すごい小者な感じ。この人が本当にあのお父様に「探ってもなにも出てこない」と言わしめるほどの情報操作を行っていたのだろうか。
……いや、それをしたのは彼ではなく、背後にいるあの人か。
「なにはともあれ、いくら兄弟であろうと、暴力を奮うのはやりすぎでしょう。ここにはあなたがライアンに暴行を加えていた場面を見た証人が大勢います。言い逃れはできませんよ」
わたしは隠し持っていた扇をパッと広げ、ニコリと笑ってみせる。
「兄に暴力を振るう弟──そんな人が果たしてこの国を導いていけるものか甚だ疑問だと声があがるのも時間の問題でしょう。自分のなさった愚かな行いを悔い改めるがよろしい」
オーホッホッホと笑うわたしに、ライアンがドン引きした顔をして「な、なんでサーシャはそんなに偉そうなんだ……?」と首を傾げた。
ノリです。
「こっ、こんなことして良いと思っているのか! 私はこの国の王子だぞ! たかだか公爵令嬢がなんの権限があって私を捕えるというのだ!」
「わたしの権限というよりも、この国のもう一人の王子を害したのだから、捕えられるのは当然のことでは?」
「これは兄弟同士のす、スキンシップというものだ! 女のおまえにはわからないだろうがな!」
なんと苦しい言い訳だろうか。呆れてものもいえないとはこのことだ。
「……お話はあとで調査官にたっぷりとなさってください。皆様、ジャレッド様をお連れして」
「はっ」
騎士たちがジャレッドを囲み、慎重な様子で連れていく。
「くそ……! 離せ! おまえたち! あとで覚えておけよ!!」
捨て台詞まで小者。
本当にこの人に王位を継がせる気だったのだろうか……このまま順当に王位を継いでいたら、この国は荒れたかもしれない。
「なあ、サーシャ……これで本当によかったのか?」
ジャレッドが連行されるのを黙って見送っていたライアンが、不意にそんなことを言う。
「なに言っているの。いいわけないでしょう。わたしとしてはもっとギタンギタンに痛めつけてやりたいところだわ!」
「……なんか……キャラが変わってないか……?」
「そんなことはありません! それに……このままではジャレッドが解放されるのも時間の問題。大元を叩かないと」
「大元?」
不思議そうに聞き返したライアンにわたしは頷く。
「そうよ。次は──ザラ王妃を失脚させる」
わたしの言葉にライアンは目を大きく見開いた。
そして戸惑った様子で言う。
「……そんなこと、できるのか?」
「公爵家の力を甘くみてもらっては困るわ。使えるものは親でもコネでも金でも権力でもなんでも使う──その結果、あの親子、いろいろと面白いことをやっていることがわかったの。今、お父様がその証拠集めに奔走しているはずよ」
ふふふ……と笑うわたしにライアンは再びドン引きした顔をして、呟いた。
「貴族こえぇ……」
わたしはそれを、聞かなったことにした。
ジャレッドを捕獲してから一週間後、王妃の悪行の数々が露見した。
裏の組織との癒着、恐喝や賄賂……これはまだ確証がないそうだけど、密通もしていたとか……叩けば叩くほどホコリが出るとはこのことだ。
今回、ザラ王妃の悪行が明るみに出たのは、お父様が本気を出して調べたからだ。今までは見過ごしていたようだけれど、お父様お気に入りのライアンを(ジャレッド様を通じてだけど)痛めつけたことが余程気に入らなかったらしい。
もしかしたらジャレッドは……いや、これはわたしの憶測でしかないから語るのはやめよう。
徹底的に潰してやる、と悪い笑みを浮かべていたお父様を見て、この人だけは絶対に敵に回さしてはいけないと実感した。
ザラ王妃のご実家はその罪を受け、取り潰し──よくて降格といったところになるらしい。
ザラ王妃に取り巻いていた人たちも、その悪事に加担していたようなので、調べが進めば罰を受けるだろう。
ジャレッドもまた、罪を犯していた。
ライアンに対する暴行はいわずもがな、城下にある妓楼で多くの女性に手を出し、その女性が妊娠したと知るや堕胎させる──そんなことを繰り返していたらしい。
恐喝や賄賂の受け渡しなんかもしていたようだ。
しかし、これらの事実が民に知られれば王家の威信が地に落ちる。
そのため、この二人は表向きは病気を患い、王都から離れた離宮に静養すると発表した。本当はただの軟禁なのだけど。警備を厳重にし、一切外と連絡が取れないようにするのだとか。
それに伴い、ライアンの王位継承が決まった。
「オレが王様になっていいのかなあ……」
不安そうなライアンに、わたしはにこりと笑う。
「いいも悪いも国王になれるのはもうライアンしかいないのだから、がんばりましょう!」
「……サーシャは変なところでキツイよな……」
はあ、とため息を漏らすライアンにわたしは解せない。なにか間違ったこと言った?
「そんなにすぐにすぐ即位するわけでもないし、わたしもお父様も全力でライアンを支えるから、そんなに不安がらなくても大丈夫よ。なにかあったらもみ消せばいいし」
「その発想が怖ぇよ……」
サーシャって過激だよな……と遠い目をしてライアンが言う。
どうしてそんな目をするのだろう?
「でもまあ……サーシャがいればなんとかなる気がする」
ライアンは少しだけ前向きな顔をしてそう言った。
「その意気よ」
にこりと笑うと、ライアンも同じように笑う。
「……ところで、どうして『邪竜滅殺伝』の真似をすることにしたの? もっと違うやり方があったと思うけれど……」
婚約を解消したいだけなら、一方的にそう言えば、ジャレッドもザラも動くだろうし、婚約解消は可能だったはずだ。
そのあとに事故に遭ったふりや病気のふりをしてやり過ごせば、ライアンに王位継承は無理だという話になっただろう。
「ああいう言動してたらヤバいってみんな思うだろ? そうしたら、サーシャとの婚約も早くなくなるかなって思って。オレが一方的に婚約解消だなんて言ったら、サーシャの名前に傷がつくし」
「ライアン……」
わたしのためだったなんて。
本当にライアンに大切に想われていたのだなと実感できて、嬉しいのと同時に少しだけむず痒い。
だけど……。
「それでも、わざわざ『邪竜滅殺伝』の真似をしなくても、わたしに対して横暴な態度を取るとか、暴力を振るうとか、そういう演技でも良かったのでは……?」
「……」
どう考えてもあの主人公を真似る必要性はない。
黙り込んだライアンをじっと見つめると、わたしに負けたかのようにライアンはそっと視線を逸らして、言った。
「…………格好良いと思ったんだよ……」
やはり、わたしの推測は当たっていたようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ということがあったわねえ」
懐かしいと笑うわたしの隣で、ライアンがブルブルと震えていた。
あの頃のライアンの言動は「若さゆえの過ち」ということになっている。
そして、あのくらいの年頃の子どもには気をつけようという、親の教訓にもなっているという。
「サーシャ……頼むから、その話は……」
「ライアンったらすごくノリノリでやっていたわよねえ。懐かしいわ……ライアンを助けるために現れたとき、わたしったらすごくはりきってしまって。今にして思えば、若気の至りというやつだったのね」
「やめろ……もうその話はしないでくれ……」
顔を青ざめて力なく言うライアンに、悪戯をしたい気持ちがムクムクと湧き出て、わたしはニコリと笑って問いかけた。
「ところで……邪竜を倒しに行かなくてもよろしいの?」
「やめろぉぉぉおおぉ!! もうやめてくれぇぇえぇ!!」
その日、国王夫妻の寝室から響いた国王の叫びは、城中に響き渡ったそうだ。
─完─




