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その病の発症は唐突に訪れる


 婚約者が転んで頭を打ったと聞いたから、慌ててお見舞いに来たわたしに、彼は真面目な顔で言った。


「サーシャには特別に打ち明けるが……実はオレ、かつて悪しき邪竜を封じたことがあるんだ」

「はい……?」


 悪しき邪竜ってなに。

 というか「悪しき」も「邪」も同じ意味だし、竜は伝説の生き物でなおかつ邪竜がいた話なんて聞いたこともないし、仮にいたとしても彼はまだ十四歳で、剣の腕前もパッとしない普通の少年が伝説の生き物を封印できるとは思えない。


 しかし、彼の目は真剣そのもの。

 頭には痛々しく包帯が巻かれているのもあって、なにを馬鹿な、と一蹴できなくて、苦し紛れに聞き返した。


「ええっと……わたし、そんな話を今まで聞いたことがないのだけど……?」

「それはそうだよ、今初めて言ったんだから。それに、この話をするのは君が初めてだ」

「そ、そう……でも、いつ倒したの?」

「前世だ」

「…………はい?」


 正確には倒したのではなくて封印したんだ、と真面目くさった顔で言う彼に、わたしの頭は疑問符だらけだ。

 前世? 前世って……今の前の人生の自分ってこと?


 いやいや。本当に彼が前世のことを覚えているとしても、ドラゴンなんて架空の生き物。そんな生き物を前世であっても封印できるわけがない。

 彼はなにを言っているの?


「サーシャが驚くのも無理はない……なにしろ、オレ自身思い出したのは数時間前のことだからな。その記憶に悩んだが、自分の運命からは逃げることはできない……それがオレの使命なのだから……」


 彼は芝居かかった口調で、どこか諦めたような、なにか悲しい決意をしたかのような、そんな表情を浮かべて窓の外を眺めた。


 ……わざとらしい。

 というか、数時間前ということは、頭を打った際に思い出したということだろう。


「邪竜の封印は未だ解かれてはいないが、封印をした際に受けた呪いが今世まで引き継がれたようだ……記憶が蘇った今、その呪いにオレは再び蝕まれている……」


「くっ! 邪竜の呪いを受けた右目が疼く……!」と言って彼は右目を押さえ、苦悶の表情を浮かべた。


 ここは大丈夫かと心配するところだろうけれど、あまりにもわざとらしいその言動にそういう気持ちは湧いてこない。

 そもそも彼の話は突拍子もなさすぎて信じられない。恐らく少し混乱しているのだろう。


「この通り、呪いのせいで君に会えない日も多くなると思う……それだけは君に伝えたくて」


 すまないと謝る彼に対し、どう反応したものかと悩んでしまう。

 わたしは熟考のすえ、気遣わしそうな顔を作り、「承知いたしました。お大事に」と言うだけに留め、頭を怪我しているうえに呪いとやらに蝕まれているらしい彼の負担にならないよう、早めに帰ることにした。




   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 彼──ライアンはわたしの婚約者だ。

 公爵家の生まれであるわたしの婚約者になった彼の身分は一応王子だ。


『一応』と付くのには、深い──いや、わりとよくありがちな理由がある。

 ライアンは現国王であるヘクター陛下の庶子なのだ。


 ライアンは十歳になるまで、平民として街で暮らしていた。八歳のときに母親を亡くしていたライアンは自ら生活費を稼いでなんとかやっていた。

 もちろん、八歳の子ども一人で生活をなんとかしていくのは厳しい。しかしながら、母子共に良い人柄であったため、近所の人たちからなにかと良くしてもらっていたらしく、なんとかやっていけたようだ。


 そんなライアンが庶子とわかったきっかけはわたしだった。街へお忍びで出かけたときに、偶然彼と出会ったのだ。

 そのときはそのまま別れたのだけど、ライアンの瞳の色が印象的で、父にそのことを話した。

 ライアンの瞳の色は紫で、それは王家の血筋の特徴でもあった。


 その話を聞いた父は血相を変えて彼を探し出すように人をやった。

 そして判明したのが、ライアンは国王陛下の血をは引いていることだった。


 これもまたよくある話なのだけど、ライアンの母はもともと王城勤めのメイドで、その美しさからか陛下に見初められた。

 やがて妊娠が発覚し、ライアンの母はそれが周囲の人に知られる前にメイドを辞めて城を去ったのだとか。


 ちなみに、このとき陛下は王妃様とのご結婚が決まっていた。ライアンの母は王妃様にお腹の子のことが知られるのを恐れて城を去った。

 王妃様はとても嫉妬深いことで有名だったから、お腹の子もろとも消される可能性が高いと思ったのだろう。


 ライアンのお母様の判断は正しかったと心から思う。

 なぜなら、現在進行形でライアンは王妃様に命を狙われているからだ。


 王妃様も王子を産んでいるものの、王家の血筋の証たる紫色の瞳は受け継がれなかった。

 それに加え王妃様やその王子は性格に難があり、有り体に言ってしまえば人望がない。周りにいるのは権力に媚びへつらう者ばかり。

 そんな王子より、庶子であっても人柄の良いライアンに王座を──と望む声があがっていることも、彼が命を狙われる要因である。


 そんなライアンの後見人はわたしの父だ。父は王家の血を引く公爵で、彼の後見人としては申し分ない身分でありなおかつそれなりに権力を持っている。

 庶子ゆえに王城で右も左もわからないライアンに王子としての一通りの教育を施す代わりに、息子のいない父の跡継ぎとするため、わたしとの婚約を取り決めた。


 我が家は王家の血を引くといえ、それもかなり前の話。そろそろ王家の姫を迎えたいと考え始めたところにライアンを見つけ、わたしの婿にしてしまうことにしたらしい。庶子だろうと、王家の血さえ混じればれでいいのだとか。わたしにはよくわからない考えだ。


 そんなこんなで、わたしとライアンの付き合いはかれこれ四年は経っている。結構長い付き合いだと思う。


 少し前までのライアンは、とっても素朴ないい人だった。城下での話を楽しく聞かせてくれたり、わたしの誕生日には自分で選んで摘んできた可愛い花束をくれるような、そんな人だった。

 わたしはそんな彼に恋をしていたわけではないけれど、わたしなりに親愛の情を抱いていた。


 あんな奇行をする素振りなんて垣間見えなかったのに……。やっぱり頭を打ったことが原因だろうか。


 ……あれ、待って。この前城下に二人でお忍びに出たとき、ライアンはなにかを食い入るように見ていたような……?


 それがなにだったのか、まったく思い出せない。なにを見ているのかと気にはなったけれど、それだけだった。


 あのとき、なにを見ているのかライアンに聞けばよかった。


 特に興味を覚えなかった自分が恨めしいが、過去を悔いたところでどうにもならないものはならない。

 ライアンのあの言動、頭を打ったことによる一時的なものだと信じたいけれど、なんとなくそうではないような予感がする。


 悪い予感がしたのなら、なにか対策を取るべきだ。

 対策を立てて置いて損は無いし、なにもなければ取り越し苦労だったと笑うだけ。


 まずはお父様に今日の出来事を報告しよう。そしてお父様のご意見を聞いて、どうするべきか相談する。

 それがわたしのできる一番の対策だろう。


 そうと決めたらまずはお父様に会わないと。

 今なら執務室におられるはずだ。


 わたしはライアンのもとから戻ったその足でお父様の執務室へ向かった。


 お父様の執務室へ入ると、お父様が書類から顔を上げた。


「……帰ったか。それで、ライアン様のご様子は?」

「お父様、そのことでご相談が」


 そう問いかけると、お父様は顔を顰めた。


「……サーシャ」

「はい」

「『お父様』ではなく『ママ』とお呼びと何度言ったらわかるの」

「……父を『お父様』とお呼びするのは普通のことだと思いますけれど」

「まあ、いやね。そんな堅い常識に縛られていては、見えるものも見えなくなってしまうわよ。あなたの母ルースはこんな私を迎え入れてくれた素晴らしい人だったわ……あなたもルースのように柔軟な思考を持ちなさい。私はルースに代わり、あなたの母になると決めたの。だから『ママ』とお呼び」


 どこからどうみても壮年の男性にしか見えないお父様の主張に対し、わたしは顔をひきつらせることしかできない。


 お父様は性別こそ『男性』であるが、考え方や趣味嗜好がとても『女性的』な人だった。(恋愛対象は女性だが、本人曰く若くて可愛い男の子は大好きらしい)

 お母様に会うまではそれを隠して生きてきたのけれど、お母様に出会って本当の自分を受け入れてもらえたことで、身内にだけは本当の自分のままでいることにしたのだとか。


 それがどれくらい勇気のいることだったのか、わたしにはわからない。けれど、幼い頃にお父様が変だと言ったわたしにお母様が「人は皆、それぞれ違う個性がある。お父様はそれがちょっと人よりも目立つだけなのよ」と優しく諭してくれ、お父様の苦労話を教えてくれたから、お父様のことを変だとは思わなくなった。


 しかし、だ。

 わたしはあまりしっかりしている方ではない。普段からお父様のことを『ママ』と呼ぶようになってしまったら、うっかり他所でもお父様のことを『ママ』と呼んでしまうかもしれない。


 お父様は外では自分の女性的な部分を隠しているから、わたしがお父様を『ママ』と呼んでしまったら不審に思われる。不審に思われる程度ならいいけれど、それが変な憶測を呼び、お父様の評判が落ちてしまうことだけは家のためにも避けなくてはならない。


「『お父様』、ライアンのことでご相談があります」


 お父様呼びを続けるとあからさまにがっかりした顔をされたけれど、ライアンの名前を出すと真面目な顔になる。


「ライアン様のことで? もしや、ライアン様の容態はそんなに悪いの?」

「いえ、そうではない……とは言いきれないような……その、命に関わるようなことではないのですが……」

「あなたらしくもない言い回しね。ライアン様をお見舞いしてなにがあったのか、詳しく説明なさい」

「はい」


 ライアンとの会話をそのまま伝えると、お父様の眉間のシワが深くなった。


「ライアン様がそんなことを……困ったわねぇ」

「はい。どうしますか?」

「そうね……」


 お父様は少し考えたあと、「とりあえず、様子見をしましょう」と言った。


「一時的なことかもしれないし、しばらくは放って置きましょう。けれど、ライアン様とこまめに連絡は取るようにして。あとはいつも通りにすればいい」

「かしこまりました」

「私の方でもライアン様の周りの様子に探りを入れる。サーシャもできる限りでいいから、ライアンに変化がないか注意をして」

「はい」

「……一時的な混乱、ということで収まればいいのだが」


 そう言ってお父様は窓の外を眺めた。



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