3.断れないのは知っていた
こんな事があっていいのか。若干呆然と造形美な神の顔を眺める。作り物めいていてそこはかとなく気持ちが悪い。全然あってほしくなかった特典に頭を抱える。
「建国なんてしたくないし戦争なんてめんどくさいし旅に出たくないし貴族になんかなりたくもないし冒険者は絶対ギルド行く時絡まれるしハーレム系は読むのだるいし」
「何言ってんだ」
「私は生まれ変わったら神か神の秘書になってサボりながら下界を見て人間を嘲笑っていたかった」
それか裕福な家の家猫になって一日中食って寝る生活を送りたかった。
頭を押さえ呻きながら未だ地面に座っている私を、美形死神は仁王立ちで呆れたように見ている。
「.....お前、本当に屑だな」
黙れ神。夢だったんだよ。お前にこの気持がわかってたまるか。
いつの間にか貴様からお前にランクダウンしていた。呆れが限界突破でもしたのかもしれない。
しかし、どうしてそんな大層な役割の神がこんな所にいるというのか。死神は死神らしく、こんな転生案内などに時間をかけるなと思う。
「だから、さっき手が足りないからって説明しただろ」
「いや全然聞いてなかったんで」
間髪入れずに応えると陶器のような肌に青筋が走った。どうやら神にも血管があるようだ。
「.......大人しく転生しろ」
「なんか役に立つ能力でもくれないと野垂れ死んで終わりですよ。別に私はここで神サマを引き止めながらダラダラ過ごすことも可能なわけだし」
神が小さく舌打ちをした気もするが無視した。
身一つで異世界に行かせる気か。文明の利器に頼りきった現代日本人を舐めないで頂きたいものだ。漫画やらに出てくる転生日本人は特殊な訓練を受けているのだから。
黙って神を眺めていると、彼は渋々といった体で口を開いた。
「要望は聞いてやろう。ただし、三つまでだ」
三つ。どうして神は三つを選り好むのか。
「要望は確実に聞いてもらえるんですか?」
「ああ、確実に聞いてやろう。三つまでだが」
「それ以外に条件は?」
「ない」
見事に言質を取る事に成功した。
「じゃあ、最初の要望いいですか」
「ああ」
まあ、上手くいきすぎな気はする。
「今から言う私の要望全て叶えて下さい。それが1つ目の要望です」
にこりと笑って見せてやる。
全ての物事には裏があると同時に抜け道がある とは我が肉親の偉大なる言葉だ。
それとも、神がこのような想定出来る簡単な事に対処出来ていなかった事実を私のせいにするつもりだろうか。
けれど、神はこの要望を断らない。
「............わかった。最大限出来る限り聞いてやろう」
「ありがとうございます」
多少賭けだったが。終わり良ければ全て良し。全ては結果が重要だ。
神は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。今にも誰か殺しそうな顔でもある。
案外この神が約束や規律は守る性質のようで安心した。全然そうは見えないけど。
私はそんな優しさに溢れている死神へ嬉々として要望する。
勿論、生き返らせてなどという馬鹿な事は言わない。当然、家族に伝えたい事が....!ということも言わない。
家族に伝えたい....的なのは聞いてもらえる確率は高いが、そうまでして頼んで言いたい事などないものだ。 "私は元気に転生するから悲しまないでね"などと言うのは可笑しいし、言われた方も困るだろう。家族が転生しようが結局自分に関係は無いのだから。というか元気に転生など死んでもできるわけがない。
存分に悲しんで欲しい。私という可憐な少女の死を嘆きなさい。全人類の損失だぞ。
思考を読んだのか死神が首を傾げたので睨みつけておく。
因みに異世界転生したくないと言った場合を聞いたが、物凄い完璧な笑顔で強制にきまっているだろと言われた。神側の都合なくせに理不尽極まるが、そういうものなのだろう。
「____ま、という訳でよろしくどーぞ」
「分かった。....お前が目覚めるのは本当に7歳でいいんだな?」
「はい」
0歳からなど面倒なだけだ。当然、漫画やらの知識では0歳からのほうが絶対にいい。だが意思疎通の不便さを鑑みると伝わらなくて苛立ちそうだ。こう見えて私はそれなりに短気なので、面倒なそこら辺は要望でカバーしておく。
「交渉にこんな時間がかかるなんてな.....」
「そういえば他の二人はどうなったんですか?」
ふと共に巻き込まれた2人を思い出した。
「他の二人はもっと真面目に死んだ事を悲しんでいたな」
「いやそうじゃなく」
普通に論点を否定すると睨まれたが、律儀な死神は溜息を吐きつつ教えてくれる。
「お前以外の二人は、確か片方が魔術師っぽい感じでもう片方が勇者っぽい感じだ」
「.....ぽい感じ」
「選んだ能力的にそうだと推定しただけだからな。それをさらに又聞きした。尚更正確な事は分からない」
魔術師っぽい感じということは魔法がある世界ということだろう。勇者っぽい感じというのも気にかかる。単なる魔物魔王退治ならいいが。
事前に異世界の情報を得られたのだからゴネた甲斐があるというものだ。
「準備はできたか?」
カシャンと澄んだ音がする。
神がゆっくりと手をかざして扉を出現させた。
「特に準備する事なんてないですけど」
ふわふわと浮きながら答えると、急に重力を感じて地面のような空中に落とされる。
「喧しい奴だな」
イラっとした様子の死神がそう言い捨てて、扉の前でなにか唱え始めた。
「____________」
何を言っているのか聞き取れない呪文が扉に吸い込まれ、目が開けられない程の光が溢れる。
(うわぁ...やだなぁ)
そう思って、私の意識は途絶えた。
*****
本当に煩い人間だった。そう思いつつ、軽く手を振って死神は白い空間に椅子を出す。
脱力するように座ると、白い空間が一瞬で彼の見慣れた部屋になった。
幸いと言ってはなんだが、従えている者も居ないので机に溜まった書類を見なかった事にする。
あの人間の相手は本当に体力を使った。
他二名担当の神は人間感覚的に30分足らずで終わったらしいが....1時間以上かけさせるとは。
そしてまさかあんな屑な要望を実際に言う奴がいるとは思っていなかった。いや、神々とてあの要望の予想はしていたのだ。しかし鷹を括っていた。あの人間のような自己中心的な者に会う機会があまりにもなかったせいで。....確実に釘を刺しておくべきだったというのに。
改めて要望を見る。要望が多かった為に、途中で面倒になり記録した。
「.....細かい」
思わず声を漏らす。
何とも面倒くさい事に逐一細かい。要望の量もそこそこ多い。まあ生き返らせて欲しいと言わなかった分だけあの人間は頭が回るようだ。
ただでさえ忙しいのにこれから更に忙しくなりそうだった。
数ページに渡る要望を流し見ながら溜め息を零し、渋面で珈琲を啜る。
机に置かれたマグカップは珈琲以外入れられた事が無い。因みに地球の珈琲は死神のお気に入りである。
どこかで山積みにされた資料が落ちるドサッという音が聞こえてきたが、彼は気にする事無くページを捲り続けた。
しばらく黙々とページを捲っていたが、あるページに到達した時、不意に止まる。
彼の口角が自然と持ち上がり、誰もが虜にされそうな妖艶な笑みを浮かべた。
(ここまで手を煩わされるなら少しぐらいこっちの都合にも合わせてもらおう)
「あいつにはお似合いだ」
そう言って神に恐れられる死神は、誰も居ない広い部屋でクスクスと笑った。
*****
薄汚れた手がこちらに差し伸べられる。無意識に手を伸ばした。思いの外腕が動かなくて、ぎりぎり届かない。
「.....大丈夫か?」
手を差し伸べていた少年が、手を掴み目線を合わせるようにしてしゃがんだ。
薄い空色の瞳が覗き込んでいる。
その時、私の意識は覚醒した。




