5話 王国軍
サマラ王国はここ数年、隣国であるヴァレリア帝国と戦争状態にあった。
サマラ王国は農業大国であった。温暖な気候で作物が育つにはほどよい降水量、さらには土壌も良く、この国は何十年と続く農業大国となったのである。
しかしそれ故近隣の国々からはずっと目をつけられていた。この土地を手に入れれば、安定して大量の糧資源を手に入れることが出来る。ヴァレリア帝国はそう考える国々の一つであった。
今回、ヴァレリア帝国は30万の大軍をサマラ王国において穀物生産が上位にあるセーヌ地方に送り込んだ。これに対抗するために、王国は20万の大軍で応戦した。
今回の戦場となった広大な草原は、王国と帝国の丁度国境付近に当たる。この草原を進んだ後にある「迷いの森」と呼ばれる大森林を抜けたところにサマラ王国の主要都市の一つであるダリウスがある。
本来は地理に詳しくない帝国軍が、迷いの森を抜けて疲弊したところで、ダリウスにつく前に迎え撃とうと考えたが、なんと帝国軍はあの大森林である迷いの森を焼き払おうとした。
迷いの森にはたくさんの動物や魔物がおり、人々の食糧や冒険者達の魔物狩りなどと重要な役割を果たしていたんで、この大森林を守るために、王国軍は今回はあまり地の利がないこの草原で迎え撃つことになったのである。
これは後にセーヌ防衛戦と呼ばれ、この戦争における大きな戦いの一つとなる。
迷いの森では、なんとか帝国軍を退けた王国軍がダリウスに向けて撤退中であった。しかし、その数は4万人といったところであろうか。大軍であることに変わりはないが、最初の数の5分の1である。
彼らは死んでしまった同士達の「王国のバッチ」を持って迷いの森を歩いていた。その足取りはとても重いものであった。
「来たときと比べると、間違いなく半分以上減ったな。今は5万もいないんじゃないか?」
王国軍最強の騎士と謳われるアドルフ・バーナーは疲弊した声で言った。
「王国軍は帝国軍よりも強いけど、あの数の差じゃあ仕方ありませんよ。でも、今回の戦いは我らの勝利です!帝国軍は撤退しました。」
王国軍兵士の一人であるレックが言った。
今回の戦いは人が死にすぎた。王国側も帝国側も。でも、これで帝国はすぐには仕掛けてこれないはずである。
レックはアドルフを慕っていた。戦場では常に先頭に立ち、無敵の強さを誇る上司を慕っていた。それだけではなくアドルフはそして常に部下を気にかけた。
アドルフは誰からも慕われる存在であり、王国軍全兵士の憧れの人なのである。
しかしアドルフはその優しさ故、部下達の死をいつも非常に嘆く。
レックはそんな自分の上司を心配した。
「死んだ兵士達のバッチは全部回収したか?」
「ええ、たぶん全員分回収しました。数は15万か16万といったところだったと思います。」
「さすがにその数じゃあ遺族全員に届けることは難しそうだな。」
「ですね。」
死んでしまった兵士の王国軍のバッチは遺族に届けられる。これはアドルフが王国騎士団長に任命されてからのことであった。
「まあ後は帰還するだけだが、油断は出来ん。」
「やっぱりたくさんの魔物がいるからですか?さすがにジャイアントタイガーに出くわしたらまずいですけれど、奴が住んでいるような洞窟とかから相当離れたルートを選んで進んでいるはずですけど。」
「魔物もそうだが、帝国軍の兵士に出会うかもしれん。何人かの帝国の兵士が途中逃げ出した。この森に向かって走って行く奴も数名見えた。」
「大丈夫ですって。そんな騎士道精神もないような腰抜けは魔物に襲われて、もうとっくに喰われちまっていると思いますよ?この土地のこと全く知らないですし。」
「まあゴブリンやオークとかも心配だな。奴らは群れで行動するから、疲弊した兵士では太刀打ちできないかもしれない。それにけが人もたくさんいる。一刻も早くこの森をでなければ。」
アドルフは常にもしものことを考えて行動していた。
ただの心配性であるが、これが彼を今まで幾度もない窮地から救ってきたのである。
「相変わらず心配性ですね。念のため兵士達にも警戒するように伝えてきます。リース、エヴァ。一緒に来てくれ。」
「オーケー。」
「了解です!」
レックは親友のリースと部下のエヴァを連れて、後方にいる兵士たちのもとに走って行った。
「いつになったら帝国はあきらめてくれるんだ...。それに今回の戦いで疲弊した我が国を狙って、他の隣国が攻めてくるかもしれない。そうなったら本当にまずいな。」
サマラ王国はヴァレリア帝国の他に2つの国と接している。ウォーレン神聖国とメラル王国である。
「祈るしかないか...。」
もはやそれしかないサマラ王国だった。
レック、リース、エヴァの三人警戒を兵士達に呼び掛けていた。兵士達はみんな疲弊しきった様子で、正直ひとりではゴブリンも倒せないんじゃないかと思うほどであった。
「警戒っていっても、もうみんな戦えないでしょ」
エヴァが言った。
階級は違うが、この三人は同じ時に王国軍に入った同期であった。
「確かに何もないことを祈るしかないな-、これ。」
「けが人もたくさんいるし、戦えるものも限られている。オーク一匹でも2,3人は犠牲になりそうだ。」
もはや王国軍に戦える気力は残っていない。それほど激しい戦いだった。
三人は落ち込んだ。これからまた何人も死ぬかもしれない。戦いが終わったと思ったらまたこれだ。
ようやく撤退している王国軍すべての見回りをすることが出来た。
三人はがアドルフの元に返ろうとしたその時だった。
「人がいるぞ!帝国軍の残党かもしれない!」
誰かが叫んだ。兵士達全員が警戒する。
「帝国兵士か!」
レックは急いで声のする方に向かっていった。
「わかりません。こっちに歩いてきます。...子供?」
それはゆっくりと歩いてきた。
雪のように白い髪と肌。そして真っ黒なマントのような布を着ていた。一番印象的だったのが目である。少女は燃えるような赤い目をしていた。
この世のものとは思えない美しさと恐ろしさを同時に兼ね備えたような少女であった。
ようやく人を見つけた。たくさんいる。どうやら撤退中のようであった。
「あの変態どもとは別の軍かー。」
確かあの5人は赤いバッチをつけていた。この人達は青だった。それに甲冑とかも全然違う。この人たちが着けているのはシルバーの甲冑だ。
「確か黒い甲冑を着ていたなあ。」
正直道に迷っていた。だっていくら進んでもみんな同じ景色なんだもん。仕方ないでしょ?
行く当てもないし、試しに話しかけてみようかな。
「止まれ!何者だ!」
兵士達は武器を構えてきた。
あらら、警戒されちゃってる。どうしようか。
「こんにちは。道に迷いまして、良かったら街まで案内していただけないでしょうか?」
「怪しい奴め!まさか魔族か!」
兵士達の警戒は解けない。何言っても信用されない感じだなー、これ。
さてどう説得しようかと考えていると。一人の兵士が話しかけてきた。
「やあ、お嬢ちゃん。敵意はないので話を聞いてほしい。俺はレックだ。お嬢ちゃんの名前は?」
気さくな人だ。いい人かもしれない。でも名前かー。
最初は秋山薫と名乗ろうかと思ったが、これは前の人生の名前だ。やっぱり新しい人?生なんだし、新しい名前にしようじゃないか。
私は少し考える。
なんかいい名前ないかな-。
しばらく考える。少しした家で飼っていた猫の名前が出てきた。あの子は私に良く懐いていた。今頃どうしているか少し心配になってきた。
「別に言いたくなかったら言わなくても大丈夫だからな?やっぱり初対面の男に自分の名前を言ったりするのはちょっと抵抗があるよな?」
「いえ、大丈夫です。」
一応ファイミーネームもつけておくか。
「ルーナ。ルーナ・フォールです。この森で道に迷ってしまい、どうしたものかと考えていたらあなた達に出くわしました。よければ人がいる街まで連れて行ってはもらえないでしょうか?一応魔法が使えるので、護衛として雇ってはいただけないでしょうか?たぶんけが人の治療なども出来ると思います。どうでしょうか?」
「魔術師か!じゃあけが人の治療をお願いしたい。一応こっちにも魔術師はいるんだが、全員先の戦いで魔力切れで治癒魔法が出来ない。重傷を負ったものもいるからそっちからお願いしたい!やってはくれないだろうか!」
レックの隣にいた男が話しかけてきた。
「了解です。たぶん治癒魔法も使えると思うので案内してください。」
「たぶんって...。」
だってまだ一度も使ったことないもん。魂を使って出来るようにするって女神様は言っていたけど、もしかしたら自分自身しか治せないかもしれないし。
まあとりあえず試してみないとわからないもんね。
しばらくすると私はけが人のもとに連れて行かれた。歩けないほどの人はみんな台車に乗せられて運ばれていた。
「じゃあ、治します。」
そう言うと私は大きな刀傷を受けて息絶え絶えになっている兵士の元に行き、ひざまずいて兵士に触れた。
今体にある全ての傷、全ての病気よ、全部なくなれ。
そう念じた。破傷風の恐れもあったから、一応病気も治すように念じた。
パアアアァァァァァァァァ...!
緑色の光が私が兵士に触れている場所から出た。すると兵士の体の傷はみるみるうちになくなり、青くなっていた兵士の顔色は失っていた血液を取り戻したように赤みを帯びてきた。
「あれ、俺は確か着られてそこで意識を失って...。」
ムクリ、と兵士が起き上がる。どうやら意識も取り戻したようだ。
「すごい...!!」
エレンと呼ばれていた女騎士が声を上げた。
「宮廷魔術師様よりもはるかに上だ...!ここまでの治癒が出来るなんて...。というかこれは治癒というより時間の逆戻しじゃない...。」
「他にもたくさんけが人がいる...!全員見てくれ!お願いだ!」
「こっちにも今にも危険な状態の人がいる。こっちにも来てくれ!」
最初私をおびえていた兵士達が一斉に言う。
「いいですよ。全員治しますから慌てないでください。」
これで兵士達の信用は勝ち取った。あとは街まで連れて行ってもらったら、すぐに蒸発しよう。あまり目立ちたくはないしね。
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