【第26話】 神々の落日と打ち砕かれた絶対理
光の粒子を振り払い、足を踏み降ろした場所は、果てなく続く純白の神殿――神聖天界の中心地であった。
天空に漂う回廊、水晶のように透き通る巨柱、
そして空間全体を満たす、人間には呼吸すら許さぬほどの高密度な神聖力。
「……随分と眩しい場所だな。我が居城の闇が懐かしくなる」
私は白銀の甲冑に刻まれた神聖力を弾き散らし、不敵に鼻で笑った。
かつて魔王として闇の玉座に座していた私が、
神々の総本山に一人で乗り込んでいる。このあまりにも歪な状況に、胸の奥でふつふつと可笑しさが込み上げてくる。
『気を付けて。この先にいるのは、下級の使徒とは比べものにならない「主神」たちの気配だ』
脳裏でレオンが警鐘を鳴らす。
すでに私の内にあるレオンの魂は、恐怖や敵意ではなく、共に戦う相棒としての絆を強めていた。魔王の絶対的な破壊力と、勇者の研ぎ澄まされた聖気。二つの相反する力が完全に溶け合い、今の私の肉体には未知の領域の力がみなぎっている。
神殿の奥から、静かな、しかし空間そのものを震わせる重圧とともに、三柱の巨影が姿を現した。
天界を統べる三主神――光の神アルティマ、法の神ブラフマ、そして審判の神ジャッジ。
背後に幾重もの光輪を背負い、巨神のごとき威容で私を見下ろしている。
『静かにせよ、歪みし存在よ』
光の神アルティマの声が、直接魂の深層へと響
き渡る。
『魔王の魂を宿しながら、勇者の姿で神々に刃を向けるか。世界の理を崩壊させ、秩序を乱す不浄の塊め。貴様のような存在を生かしておけば、この地上はいずれ混沌へと呑み込まれる』
「秩序、だと?」
私は聖剣エルシドを鞘から引き抜き、刃先を三主神へと突きつけた。
「地上でお前たちがやったことを見ろ。人間どもに同士討ちを命じ、従わねば全生命を焼き払うと言い放った。自分たちの威厳を保つためなら下界の営みなどどうでもいい……それがお前たちの言う『絶対の秩序』か?」
『神の裁きに異論は不要。地上は神の庭であり、人間はただの駒に過ぎぬ』
「くはは……! 素晴らしい!」
私は腹の底から嘲笑を爆発させた。
「かつて世界を力でねじ伏せようとしたこの私が言うのもなんだが……お前たち神どもは、魔王であった頃の私以上に『悪党』ではないか!」
『不敬なり……! 神を愚弄した罪、万死に値する!!』
法の神ブラフマの手から、概念ごと存在を削り取る断罪の光線が放たれた。
「行くぞ、レオン!」
『ああ、神々の身勝手な理なんて、ここで断ち切ろう!』
ズガァァァァァンッ!
私が一歩踏み出し、聖剣を一閃させると、黒銀のオーラが波状攻撃となって断罪の光線を正面から粉砕した。
神聖天界の空間が歪み、水晶の巨柱が次々と破砕していく。
「見せてやる……魔王の絶望と、勇者の希望を一つに束ねた、この私という『新しき理』をな!」
神々の住まう純白の殿堂が、黒銀の衝撃波によって狂乱の渦へと巻き込まれていく。
『不敬なる歪みめ! 世界の法を乱す者に裁きを!』
法の神ブラフマが腕を掲げると、私の周囲の空間が歪み、巨大な光の鎖――『絶対縛鎖』が爆発的に群がり生えた。それは肉体だけでなく、
魂の概念そのものを束縛し、存在を停止させる神の法規。
同時に、審判の神ジャッジが手にした巨大な天秤を振り下ろす。
『汝の罪を量る! 魔王の負の業、万死に与え
よ!』
ガギィィィン……!!
目に見えぬ「重圧」が私の全身を押し潰す。数千の山々を背負わされたような超重力が重なり、白銀の甲冑が悲鳴を上げ、膝が沈みかける。
「くっ……! 流石に神の権能、効くな……!」
『諦めろ、罪人よ! 神の決定した運命からは逃れられぬ!』
ブラフマとジャッジが勝利を確信し、冷酷な笑みを浮かべた。
だが――私は沈みかけた膝を、強引に押し戻した。
「運命、だと? 笑わせるな」
みしみしと音を立てる肉体。だが、その内部で渦巻くのは、魔王としての破壊の意思と、勇者レオンの折れぬ不屈の魂だ。
(レオン、神どもの『決定事項』など、壊してしまえ)
『うん……! 僕たちの歩んできた道は、神様の用意した筋書きなんかじゃない!』
内なるレオンと意思が完全に重なった瞬間、体内の聖気と魔力が爆発的な熱量を放った。
「神の定めた枠組みなど……知ったことかぁぁぁッ!!」
ドバァァァァァンッ!!
私を中心に放たれた黄金と漆黒の相反する衝撃波が、魂を縛る『絶対縛鎖』を力任せに引き千切り、押し潰す重力を吹き飛ばした。
「な……バカな!? 神の法を……概念の緊縛を力で打ち破っただと!?」
戦慄するブラフマとジャッジ。
「法の神とやら……私の世界では、私が法だ!」
踏み込む一歩。残像すら置き去りにする神速。
私は聖剣エルシドを横一文字に薙ぎ払い、反転させて縦に振り下ろした。
「『聖魔連斬・天地崩落』!!」
――閃光。
漆黒の斬撃が法の神ブラフマの胴を穿ち、黄金の光刃が審判の神ジャッジの天秤ごと頭上から真二つに引き裂いた。
『グガァァァァッ……!?』
二柱の主神が、絶叫とともに光の粒となって爆ぜ散っていく。神々の血のごとき神力が出熱し、純白の殿堂の床を汚した。
残るはただ一柱。光の神アルティマ。
二柱の同胞が一瞬で屠られたというのに、アルティマの黄金の光輪は揺らぎすら見せなかった。むしろ、その顔に浮かんでいたのは、静かなる絶対の怒りだった。
『……認めよう。貴様は神々の領域に踏み込んできた、歴史上最大の『異常』だ』
アルティマが静かに宙へと浮き上がる。
『ならば、この神聖天界ごと、地上もろとも『最初』からやり直すまで。全生命を灰燼に変え、正しき理の下に新たな世界を創世する』
アルティマの背後の光輪が幾重にも重なり合い、世界そのものを灼き尽くす絶対消滅の光線――『神創の光波』が収束を始めた。
その規模は、先ほど使徒たちが放った攻撃の比ではない。発動すれば、天界のみならず、地上で私の帰りを待つクラリスも、民衆も、人間も魔族もエルフも、すべてが一瞬で消滅する。
『魔王! あんなものを地上に落とさせたら……!』
「分かっている!」
私は聖剣を強く握り締め、アルティマを見上げながら不敵に口元を歪めた。
「世界を最初からやり直すだと? 神の都合でせっかくの最高の舞台をリセットされてたまるか」
私は全魔力と、体内の聖剣の力を極限まで限界突破させた。
肉体が悲鳴を上げる。魔王としての自我と、勇者としての心が極限の純度で融合し、私はただの魔王でも、単なる勇者でもない、**『世界を背負う者』**へと昇華していく。
地上の人々の祈り。
クラリスの温もり。
魔族の子供たちの笑顔。
そして、隣で共に剣を振るう本物の勇者の魂。
それらすべてが、私の背中に漆黒と黄金の二対の巨大な翼となって展開した。
「お前の創る死んだ世界など、誰も求めてはいない!」
空中で巨大な光線を溜め込む光の神アルティマに向かい、私は不屈の輝きを纏って天空へと飛び立った。
「神殺しの『幕引き』を見せてやる……来い、アルティマ!!」
天界の最深部で、最後の主神との死闘が、最高潮の閃光となって弾けた。




