第0話 誰も間違っていない
人は、正しいことをする。
守るために、戦う。
失わないために、奪う。
救うために、切り捨てる。
どれも間違いではない。
だからこそ、同じ場所でぶつかる。
正しさと正しさは、譲らない。
譲れないからこそ、選ばなければならない。
そして、選ばれなかったものが、消えていく。
――それだけの話だ。
男は、その場に立ち尽くしていた。
足元には、血が広がっている。まだ乾ききっていない、温度の残った赤だった。
倒れているのは二人。
一人は若い男。もう一人は、年老いた女だった。
どちらも、もう動かない。
男はしばらく、それを見ていた。
剣は握ったままだったが、振り上げるでも、下ろすでもなく、ただそこにあった。
「……どっちも正しかったな」
誰に言うでもなく、呟く。
答える者はいない。
風が吹き、血の匂いがわずかに流れた。
若い男は、女を守ろうとした。
女は、もう一人を守ろうとした。
どちらも間違ってはいない。
ただ、同時に成立しなかっただけだ。
男はゆっくりと剣を下ろした。
そして、倒れた二人の間を一歩で跨ぐ。
迷いはなかった。
ただ、それ以上考えなかっただけだ。
「後悔?」
小さく息を吐く。
「あとでいい。今はやることがある」
男は振り返らず、その場を去った。
残されたのは、動かなくなった二人と、選ばれなかった結果だけだった。




