12. 季節の移ろい
「なんで、正体を明かして良いのは2人なの?」
幼いシティは、膨れっ面でゾゾアに尋ねた。
「弟子だけで十分じゃん」
師匠であり母であり最強の相棒。
そんなゾゾアが、稀に夜出かけるのだ。
そんなとき、師匠は必ずお酒の香りをまとって帰宅した。
師匠を独占したいシティは、それが不満で、だからお酒も嫌いだった。
律儀な師匠は、シティの前では飲まなくなったが――
今となれば、好きなお酒くらいもっと飲ませてあげれば良かった……
「大切なものを、忘れないように。かな」
ゾゾアは考えるように夜空を見上げた。
「最強ババアの力は、守るためにあるんだ。守るべき大切なものを、忘れちゃいけない」
星空を溶かし込んだ師匠の瞳が、シティをまっすぐ捉える。
「愛する者が、いつかお前にも現れるよ。それにね――」
がばっと腕に閉じ込められて、シティは目を瞬いた。
「タタンと、こーんなに大切な弟子。2人がいてくれて、あたしゃとーっても幸せだよ」
ゾゾアの良い匂いに包まれて、まだむくれているものの、口の端が緩んでしまうシティだった。
◇ ◇ ◇
最近ルシニウスは滅多に姿を見せない。
色づいた葉が舞い落ちるころ、毎日のように顔を出していた彼は、週に数回、やがて月に数度と訪れが減っていった。
卒業が間近なのだ。
卒業製作、就職活動。ルシニウス青年は多忙を極めた。
ひとり、窓辺に腰掛けて外を眺める。
そんな冬はもう何度目か。
とっくに慣れたと思っていたのに、今年はどうにも肌寒い。
「本当に手強かったわ……」
後回しにしていた“三代目の使い魔”の解析を終え、シティはようやく息をついた。
ドロリとした術式に覆われた黒布は、見た目どおり扱いづらい代物だった。
呪いを得意とした三代目らしく、注意書きのような一文まで残してある。
『全部解析すると呪われる』
(ちょっと。後輩を呪うなんて、酷いじゃない)
解呪に少々失敗した(部屋中が茹で卵の匂いになった)ものの、それもまた先人からの課題というものだろう。
早速だ。
どこにでも入り込む小さな蛇に、"方向音痴の呪い"をかけてみた。
「これで当面は大丈夫そうね」
ようやく王城からの知らせも止みそうだ。
『執務室にも、王の髪の毛にも蛇が入り込んだ! 助けてくれ!』――と、ここ最近は実に騒がしかったのだから。
久しぶりに、ゆっくりお茶を淹れる。
「お茶菓子は、どれにしようかしら?」
ルシニウス手製の作り置き菓子の箱を開いて、ふと思う。
1年でも果物が豊かなこの時期に、彼の"できたて"を食べられないのは残念だな、と。
(そんなこと思うなんて、贅沢になったわね)
心のなかで自嘲しつつも、無花果クッキーのプチプチした食感が心地良い。
(来年も……食べたいなぁ)
そう願うのは、贅沢すぎるだろうか――。
そんなことを考えながら、大事に一口を味わうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
葉が落ちきった木の枝が、うっすら白に覆われる。
今年初めての雪の日に、青年がひょっこり訪れた。
忙しい中、なんとか時間を作って来たのだろう。
小さなココットから白い湯気が立ち上る。
赤ワインで煮たリンゴとビスケットの隙間を、ふつふつと沸き立つ黄金色のプディング液が埋めていた。
「火傷に気をつけて」
青年から渡された木製スプーンで、そっと一口。
すくって食べれば、冷えた身体にじんわり熱が広がった。
冬の寒さにぴったりの、温かいスイーツだ。
パチパチと、暖炉で薪が燃えている。
ラジオから流れる番組は、明日の大雪を伝えていた。
「ババア……俺が、いなくても大丈夫?」
山が雪に閉ざされれば、ルシニウスが訪れるのは難しい。
ただでさえ卒業間近で忙しいのだ。
次に会えるのはいつになるだろうか。
最後の一口を口にし、シティは丁寧にナプキンで口元を拭った。
「あんたの淹れる茶は旨い。これが無いと物足りないさね」
沈黙の後に返された言葉に、ぱっと青年の顔に喜色が浮かんだ。
「来年からこれがないのは、残念だがね。
ハチにしっかり教えといておくれ」
続く言葉は、まるで線引きをされたようで――
「……わかったさ」
吐いた息。
白い曇りの向こう側で、青年のどこか悲しげな声が、やけに耳に残った。
◇ ◇ ◇ ◇
青年が去った小屋の中、シティはひとり机に向かっていた。
目の前には最後の布地――初代・最強ババアの使い魔だ。
ただの広げた黒い布。
他の使い魔と同じはずなのに――すべての光を無に帰す漆黒が、とてつもない圧を放っていた。
歴代7人分の使い魔を解析したシティに、今やはっきりとその異常性が理解できた。
尋常でない密度の魔術。
(これを、同じ人間が作ったというの……?)
恐る恐る手を伸ばす。
指先が布に触れたその瞬間――黒い情報の津波が一気に押し寄せ、少女をまるごと飲み込んだ。
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