11話 天秤を傾ける覚悟
ーーーサリファーーー
戦闘が始まって15分はたっただろうか?
大牙狼の攻撃をヤッシュとナサムが何とか押さえながら、私とマリアが砂漠狼の数を魔術で減らしつつ、隙をみて大牙狼の方にも魔法を飛ばす。
そして、余裕を見てヤッシュとナサムも砂漠狼を減らす。
始めは何とか私達の方が優勢だったけど、砂漠狼の数が減らない。それどころか少しずつ増えてきてる。
どうやら周辺に居た他の群れも合流してきているみたい。
そんな一進一退で一瞬も気の引けない戦闘が続いていた中、事態は急激に動いた。
それは私が一匹の狼に魔法を放ち漏らしたことから始まった。
「痛っ!」
「マリア!?」
マリアが砂漠狼に左腕を噛み付かれてる。
しかも噛みついた砂漠狼は体を捻るようにして噛み千切ろうとしてる!
「[小さき火よ-高速で-撃ち抜け【ファイヤーショット】]!」
マリアに噛みついていた砂漠狼に炎の弾を撃ち出す。
炎の弾が砂漠狼に当たる。
「ギャァン!?」
急いで発動させた魔法だから、安定性も悪くダメージも少なくて仕留めることは出来なかったけどマリアの腕を口から離した。
「すまん!抜けられた!」
そう言いながらナサムが駆け寄ってきて、弱った砂漠狼をその大盾で押し潰しそこに槍を刺して倒した。
違う……私が撃ち漏らしたから…………。
「マリア大丈夫か!?」
ナサムが近くに居た砂漠狼を倒したので、ナサムとともに急いで、座り込んでいるマリアに駆け寄る。
「だ、大丈夫ですサリファさん。………すいません…油断するなと言っておいて私がやられちゃって。」
そう言いながら、駆け寄った私にもたれかかる様にしてマリアが立ち上がる。
「マリア!?あんた腕!」
マリアは左手で噛まれた右腕を押さえてるけど、そこからは血が流れるように出てて、指先は力が抜けたようにダランとしている。
「骨か……多分神経もいってるかもしれませんね。……でも大丈夫です。慣れてはいませんが…左手でも魔術は発動できます。」
「それより速く治さないと!私とナサムが砂漠狼を防ぐから、早く高位の回復魔術を使って!」
「大丈夫ですから、ナサムさんは早くヤッシュさんの元へ。サリファさん。この手ではメイスが使えないので、フォローお願いします。」
「なっ!何言ってんの!?それどころじゃないわ!あんた右腕使えなくなるかもしれないのよ!」
マリアはBランク冒険者で回復魔術のスペシャリスト。
Bランク冒険者と言えばSランクAランク程ではないが基本的な中規模都市の冒険者ギルドではトップランカーだ。
そこから回復魔術専門の冒険者の数となると更に減ってくる。
そのマリアでも、神経へのダメージは怪我したばかりの今のなら回復魔術でも治るだろうけど、これがあと10分でも経てば神経が死にきって、マリアの回復魔術でももう治らなくなる。
そうなったらもうマリアの右腕は二度と動かない!
これを治そうと思ったらS級冒険者クラスの回復魔術師や教会の大司教クラスじゃなきゃ治せない。
でも、そんな連中は貴族の専門ばかりで、Bランク冒険者の私達じゃ一生かけてお金を溜めても払えるかどうか。
それに魔術師にとって腕は魔術を発動する起点や発動動作に密接に関係する大事な物。
それを失ってしまっては、魔術師としてまともに活躍することはもう不可能に近い。
「[聖なる魔法よ-血の流れを-押し留めよ【止血】]……これで流血はマシになりました。死にはしません。」
「そうゆう問題じゃないでしょ!」
「それどころじゃないんですサリファさん!大牙狼はヤッシュさんだけじゃ抑えきれません!今すぐお二人の支援が必要な筈です!ヤッシュさんがやられてしまえばパーティーは瓦解します。」
ヤッシュと大牙狼の方を見てみるとヤッシュが大盾を使い、防御のみに重点を置いているが大牙狼の重量に押されてもう姿勢を維持しきれていない。
「それだけじゃありません。砂漠狼の群れも集まってきて最初以上に増えてます。囲まれてて今更逃げ出すことも出来ないです。逃げずに戦うにしてももう私の魔力量も残り少ないです。直接的な戦闘能力の低い私に回復魔術を使えるような余剰魔力はありません。…………私の腕と四人の命……大切なのはどちらか明確です。」
………マリアの言ってることは最もだって分かった。
マリアの目には私達の為に利き腕である右手を捨てる決意が見てとれる。
「でも!」
「サリファ!止めろ。」
大声で止めてきたのはパーティーリーダーのナサムだった。
「あんたね!…っ!」
マリアのことを軽んじる言葉に対し苛立ちお覚えナサムに罵倒を浴びせようとしたが、ナサムの方を見てすぐに止めた。
それは他ならないナサムの顔が苦痛に満ちていたからだ。
「すまないマリア。お前こんな事をさせて。」
「それは私の方ですよナサムさん。これは私の選んだことですパーティーリーダーだからってナサムさんが責任を感じなくて良いんです。」
「……すまんな。…………俺は早くヤッシュの手助けに行く。……マリアの犠牲で稼いだ時間をこれ以上無駄には出来ないからな。サリファ……マリアを砂漠狼から守りながら俺らの補助頼んだぞ。…………今唯一ある勝機は群れの長である大牙狼を倒し、群れを瓦解させるほかねぇ。」
そういうとナサムは前線に戻っていった。
「……サリファさん。」
マリアが私の背に寄りかかりながら小声で囁いてくる。
「………ありがとうございます…………サリファさんの言葉でお陰で救われました。これで…………………死んでも後悔は無いです。」
「バカっ!何言ってのよ!生き残るために腕諦めたんでしょ!生き残ることだけは諦めたちゃダメじゃない!……生き残ってその腕のこと治してくれる回復魔術師を探す旅に一緒に出るんだから!」
そう言いながら私自身自覚している。
ある程度万全な状態の四人でようやく倒せるというレベルの魔物である大牙狼に、数が40近くにまで膨れ上がった砂漠狼、その上こっちは満身創痍だ。………これを倒しきれる可能性は本当に僅か。
マリアが腕を諦めてようやく得たのはほんの僅かな可能性に過ぎない。
…………でもそのマリアの覚悟は無駄にできないし、無駄にしたくない。
「そうですね。目的をもって見知らぬ土地を四人で旅……楽しみです。………………弱気なことを言ってすみません。」
そう言いながら微笑みを私に返してくれた。
殆ど諦めながらも何とか気合いを入れ直す。
そして再び魔術を発動すべく顔を上げて魔力を溜める。
しかし、私の視線の先には、私達……いや?その後ろを見てポカンとしてるナサムの姿があった。
「おい!………なんで!」
釣られて私も視線を向けると、そこにはお嬢ことフェルちゃんとぐったりしながら地面に横たわっている依頼主フェテシアさんがいた。