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次代女王  作者: クンスト
3章 隠れ里の次代女王
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3-5 親衛隊衝突

 隊列を乱さず、小隊長らしくクロトは隠れ里を後にした。

 しかし、勇ましく里を出たと思えば、直後にディの手綱を引いて停止させてしまう。そのまま馬上から地上へと降りてしまう。

 眠っていた所を起こされ、訳も分からぬまま里の出口に追いやられた。その割に、騎士らしい態度を貫けた、とクロトは自画自賛していた。

「全隊停止。各員は拠点構築と森の探索、分隊長は今後の方針を話し合うぞ」

 追随していた部下達に仕事を割り当て、クロトは四人の部下と向かい合う。

 隠れ里に到着してからは里を舞台とした戦闘を想定し、それぞれの役割を予め決めていたので部下達の動きは悪くない。次代女王を里から救出し、逃走するというシミュレーションは無駄になってしまったが。

 影が擬態する丸机を中央に、まず、クロトが口を開いた。

「モルドの反応を見る限り、王国軍が里を目指しているのだろう。我々が邪魔になっただけなら無傷で追い出す必要はない」

 里の心変わりという最悪の事態はまぬがれた。こう安堵あんどして良いものかクロト達は悩む。

 小隊のみでハーフデモンと戦うのは絶望感しかなかったので、悪くはない。が、現状が最良であると思うのは楽観が過ぎる。

「問題は我々の立ち位置だ。連絡も入れずに王宮を去った我々を、王国軍が迎え入れてくれると思えないな」

 第二親衛隊本隊と連絡しようと思えば簡単にできたのだが、ガーネットが禁じたのだ。何か考えがあっての厳命なのだろうが、ガーネットは話の大事な部分を隠す傾向と人間の不安がらせる事に喜びを感じる偏癖がある。クロトは苦労していた。

「とはいえ、ハーフデモンを守る義理もない。だが、ガーネット様がいる里を戦場にする事は避けなければならない」

「隊長、いっそ里に引き返してガーネット様を確保し、王国軍に戦闘停止を命じてもらうと言うのはどうですか?」

「一番理想的な結末であるが、一番困難だぞ。里から連れ出すのも難関だが、王国軍にガーネット様が次代女王とどう信じさせるか」

 発言した副長のヘイルストーンは何故自分の意見が却下されたのか悩み、思い出す。

「あっ、ああ。ガーネット様ってハーフデモンでしたね……」

 ガーネットがハーフデモンである事は周知されていない。軍を指揮する将軍でも知らない。

 完全武装した兵士の前に次代女王を語る化物が現れた場合の結末など想像するまでもなかったが……クロト小隊の面々は、ガーネットに慣らされ過ぎていたらしい。

「一ヶ月前の我々が王国軍だ。その事をもう少し踏まえて作戦を練ろう」

 ガーネットを連れ出し後、軍の説得を最初から諦めて戦闘区域から脱出する逃走案。

 王国軍とは別行動を取りながらも、第三勢力としてハーフデモンと対峙する独立行動案。

 真逆に、ハーフデモンに加担する反王国案。

 どれも勝算の薄いものであった。そもそも一小隊だけにできる事など高が知れている。クロト小隊の二十四人だけで、すべてを相手にしようとする考え方が間違っているのだ。


「――隊長、森内部に不審な一団を発見致しましたわ。確認のために数名、向かわせております」


 部下の一人、長身のモニカが木々の向こう側から戻ってきた。彼女は影の魔獣を細く伸ばし情報を伝える能力に長けた人物で、部隊の情報統括員として重宝している。

「地図で言うとこの辺りに。数はおよそ百五十、どうやら騎馬兵のようですわ」

「百五十の偵察部隊か。森の霧を恐れず騎乗している事を考えると、親衛隊かもしれんか」

 大隊にもよるが、騎士の力量に大きな差はない。仮に向こうが全員親衛隊だったならば、クロト小隊が勝つ見込みは薄い。

「地の利を活かせば、勝つのは無理でも時間を稼ぐぐら――そうかッ!」

 クロトは己が発した言葉からこの戦場での戦い方を見つけ出し、感嘆する。

 どうしてこの事実に気付かなかったのか、気付いた後となっては不思議でしかない。まだまだ忠誠心が足りぬという事の現われではないか、とクロトは気を引き締める。

「なるほど、時間稼ぎだ。我々はまだ勝つ事も負ける事さえも求められていなかった!」




「グッセル隊長ッ、第三分隊より敵襲との報!」

 半魔の森に突入して五時間、偵察部隊を指揮するグッセルはその報告を心より祝福した。

「ついに半魔共の巣を発見したのか!」

「いえ、分隊最後尾の馬がやられただけです。敵の姿は発見できなかったようでして……」

「無能めッ!」

 複数の部隊に別れて隠れ里の探索を行っている偵察部隊の連絡は、魔術騎士を通して行われる。

 本来、魔術は隠匿される傾向にあるが、魔術のすべてが隠されている訳でもない。財産的に余裕のない魔術師が自身の理論を売りに出す事は多い。

 第一親衛大隊が使用する魔術も、王家縁の魔術師から購入したものだ。中でも通信魔術は第一親衛大隊が誇る最高水準の装備である。

 ……いや、最高水準だと過信する装備、と言い換えるべきか。

「第二分隊も敵と遭遇。どっ、同時に第五分隊も攻撃との報。再び、第三分隊が襲われ――駄目ですッ、魔術騎士がやられました!」

「ええい、この程度の事で何を慌てる。この程度の森、何故走破できんっ!」

 グッセルの毒突きは癇癪かんしゃくの域に達しつつある。

 ハーフデモンの隠れ里がある古い森は、暗く、複雑だ。時間帯によらず濃い霧が常に立ち込めていて視界は最悪だ。

 そんな霧で埋没した森を進むのは、目隠しをしたままの前進と同意語である。第一親衛大隊自慢の魔術が最低限機能して迷走する事だけは回避できていたが、それ以上ではない。

「当然の結果よ……」

「騎士エリザ、何か言っ――」

「第一分隊、敵を発見、追跡しています!」

「良し、追えッ。逃がすな!!」

 グッセルの隣で、女騎士エリザが第一親衛大隊の狼狽ろうばい振りに白けていた。

 第二親衛大隊が第一親衛大隊の力量を調査した事がある。

 調査結果は、通信魔術を活用するには魔術の素養のある騎士の絶対数が少な過ぎる、であった。魔術そのものも、送信量が短く実戦に不向き。第一親衛大隊の騎士が決闘においては天下一品、戦闘は素人と揶揄やゆされる具体例だ。

 とはいえ、エリザは調査結果が正確過ぎる事を不審に感じ、理由を考える。

 目前の敵は一撃離脱を主体としており、積極的な戦闘を避けている。これは味方の被害を最小限に抑えながら敵に損害を与える冷静な戦い方だ。

 御伽おとぎ話に聴く凶暴なデモンとは異なり、随分と賢い。

 まるで人間の兵隊と戦っているようで、エリザは左右の眉を中央に寄せた。

「第一分隊、森の東側へ。敵を追い詰めています」

「……いや待て。くそ、められたぞ。混種の癖に小賢しいと思えばな」

 グッセルも敵が戦術を仕掛けている事に気が付く。

 森に分け入る分隊はすべて北か東に誘導されており、南に接近した途端敵の攻撃を受けていたのだ。

「全部読めたぞ。半魔の巣は森の南にある」

「恐れながら、グッセル大隊長。南はフェイクです。こうも冷静な敵にしてはあからさまです」

「そう進言するのも、裏をく作戦の内なのだろう? 裏切り者の第二親衛大隊」

 グッセルはもうエリザを見下してはいなかった。

 グッセルの眼力の強い瞳は、エリザを敵と認識している。国賊に対する呪詛で喉が震えている。

「な、何を……ッ。言い掛かりもはなはだしい! 根拠次第ではグッセル隊長の立場が危うくなりますが?」

「敵は半魔とは思えぬ戦い方を取っている。それだけで正体が知れよう」

「ご冗談を!」

「そうでもないさ。……伝令、敵はどんな姿をしていたか。些細な情報でも構わぬ、報告させよ」

 グッセルの問いは通信魔術によって全部隊に伝達する。

 返答にはしばらく時間を必要とし、多くは、ノー、の一言だけ。

 ……しかし、辛抱強く待っていると、決定的な答えが返って来た。


「返答、敵は騎馬なり。黒い甲冑の騎馬なり」


 グッセルは、エリザを敵視しながら命じる。

「騎士エリザに最後のチャンスを与えよう。第二親衛大隊すべてが半魔の手先ではないと証明したければ、自らの剣で内部犯を斬首してこい」

 エリザに拒否権などない。


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