3-4 誕生日まで、四日
王国中央領に属する都市、街、要塞、陣地不足のため小面積の山村にさえ軍隊が駐屯し、数を増していく。現時点で既に五万人の兵力が集合しているが、これでもまだ総戦力の半分にも満たない。
当初の作戦案では総数を十万人と定めていたはず。が、各将軍が一兵でも多く向かわせようと意地を張り、八公爵が私兵を送った数の最低値を嫌い、海もないのに王国海軍までも出兵を望んだため、兵士の数は膨れに膨れ上がった。
総軍団数十二、総兵力十八万の国内移動。財務官は胃痛を訴え、隣国は王国の乱心に杞憂している事だろう。
他国と土地を接していない中央領にかつてこれ程の兵力が集中した歴史はない。何も知らされていない民衆は不安がるのみである。徴集された兵士等も、自分達が何と戦わされるのかを知らぬ。
ただ、派遣された土地が不吉なだけに、こんな噂が囁かれている。
我々は異形共と戦わされ、殺される。
「全軍集合に先んじて、我々には課せられた任務がある。理解しておろうな、騎士エリザ?」
口髭を蓄えた騎士は騎乗する馬に減速を命じ、若い女流騎士と隣り合う。
女流騎士の名はエリザであり、赤髪と、黒い甲冑と影のように黒い馬が特徴的だ。
「……今作戦の成功の鍵は速度です。よって、迅速な攻撃を可能とするための偵察が肝要であり、我々は本隊に先立って半魔の土地を目指しております」
エリザは、髭の騎士の接近に不審なものを感じていた。鼻息を荒くする己の愛馬を宥めつつ、口髭の騎士に応対する。
本来、二人は同じ隊には所属していない。同じ大隊にも所属していない。
髭の騎士、大柄のグッセルは名誉と伝統ある第一親衛大隊に所属しており、一番槍と称される兵である。四十代になってもまだ衰えない逞しい肉体を持つ、古強者だ。
一方、エリザは改革と実戦主義の第二親衛大隊の若騎士。中隊長に任命される程の新鋭であるが、肩書きの上ではグッセルにはるかに劣る。
「ふん、所詮は小賢しい若造の答えか。それでは及第点にも満たんわ」
だから、エリザは今回の大隊の枠を無視した偵察部隊の混成に文句を言えなかったし、グッセルの高圧的な態度にも剣で答えようとは本気で思わなかった。
そんなエリザの葛藤を、グッセルは鼻で笑う。
「申し訳……ございません。ぜひ、グッセル大隊長の正答をお聞かせ願います」
「我々の偵察活動における最重要探索目標は次代女王だ。アレを発見する事以外は雑務、些事。女子供の第二親衛大隊でも可能な程のな!」
疾走する馬の上でグッセルは高笑いを始めた。隣を走るエリザを嘲笑している事を分からせるために、あえてエリザの隣で笑っている。
屈辱以外何物でもない行為であるが、笑いの対象たるエリザは必死に堪えていた。
騎士としての名誉を守るために、髭付き大口を剣で串刺しにして閉じる事も考えられただろう。しかし、今の第二親衛大隊の立場を思い、エリザは必死に自制する。
「では、騎士エリザ。何故気高き第一親衛大隊の騎士である私が、騎士と飯事を混同している第二親衛大隊のお守りをしているのか、分かるだろうな?」
「任務の重要度を考慮するに、精鋭たる我々が――」
「ハッ、精鋭ならば私の隊で十分だ。信用ある我が第一親衛大隊のみが正統で、純潔で、唯一の親衛隊である事を忘れるな」
エリザにとって、常日頃から第一大隊の面々は気に入らない存在だ。今はよりその思いが強くなっている。髭をだらしなく伸ばした厚顔騎士の下になど就きたくはない。
それでも、今は従わねばならない理由が存在する。
次代女王の誘拐に護衛騎士が関わっているという疑惑、第二親衛大隊のクロト・フット小隊が半魔と共謀したという出鱈目を払拭しなければならない。
「此度の疑惑、自ら晴らす機会が与えられた事をありがたく思え! が、私ならば疑惑を持たれた時点で騎士の称号を放棄するがな!」
グッセルに問われるまでもなく、エリザは混成部隊の意味を理解していた。
次代女王が誘拐された直後から護衛騎士部隊は消息を絶っている。次代女王の奪還に出向いたのだから当たり前、と幼稚な反論はできない。隊で動いていながら、伝令さえも戻ってこない現状は酷く不自然なのだ。
戻らないのは全員討ち死にしたからだ、と主張する事もできなかった。少なくともエリザは、敵に全滅させられた惨めな騎士隊、そんなレッテルを友人のクロトに貼り付けたくはない。大隊としてもそんな不名誉、自ら高らかに叫べない。
他大隊からの傷に卵を産み付けようと周回するハエのごとき疑惑追及によって、第二親衛大隊の立場は危うくなっていた。
「疑惑が嘘と言うなら、それ相応の活躍を見せるのだな。だが、もし少しでも不審な動きを見せてみろ。私と私の部隊が逆賊に鉄槌を下す」
笑い声がエリザの耳の奥で木霊す。
エリザは友人騎士の黒髪を心に思い描く。
グッセルに対する殺意を置換して、エリザは小声でその友人を罵倒した。
深夜に近い暗い早朝、私を叩き起こしたクーを精神的に叩きのめしてから長老宅へと赴いた。
レム睡眠の途中だったというのに、いったい何が起きたのやら。
「おお、次代女王。参られたようじゃな」
「太陽も寝ぼけている時間に何事かしら。それとも長老は夜行性?」
「今は戯れている余裕がないゆえ、率直に申すぞ。人間の軍隊が里を目指しておる」
長老の口調はこれまでで最もシリアスで、相応の緊張感に満ちていた。私は、それが何、とあくびを挟みつつ聞き返しやったが。
「次代女王は事の重大さを理解しておいでか!」
「ええ、もちろん。むしろ想像していたよりも王国軍の動きが鈍くて不満よ」
「一万や二万ではない。二十万近い大軍と訊いてもそんな減らず口を叩けますかな!?」
「へぇー、正規軍だけじゃなく地方軍も投入してきたの……へぇ。ヘッピリ腰の公爵会をどう脅迫したのやら」
「次代女王には危機感がないッ!」
人間、心の余裕がなくなると温厚な爺を演じていられなくなるものだ。半分以上人間ではない長老も例外ではなかったらしい。
顔面蒼白の長老は肝試しぐらいには使えるだろうが、里の長としては随分と頼りない。
「それで、私を起こした理由は何よ。軍隊に帰れと命じて欲しいの?」
「次代女王を里に招いたから人間は軍を動かした。人喰いハーフデモンが誘拐した、そんな被害妄想を理由に」
だから私は人間に関わりたくなかった。暗殺を否定していたのはこうなると予期していたからだ。長老は人目を憚らず独り言を喚き続ける。
眠れぬ獅子を起こさない。そんな保守的な政策も私的に有りだと思う。だが、時期を逸している事に気付かず、または気付いていながら過去を瞑想するのは愚かしい。長老の出す対応策に不安しか持てない。
「こうなっては、手段は一つだけ――」
「全面戦争?」
「――里の閉鎖を行うしか他なるまい。外界と里を隔てる障壁を施し、完全に接触を断つ」
ほら、やっぱり、こんな愚策しか導き出せない。
「今更引き篭もろうなんて……私がこう言えるぐらいに虫がいい。まぁいいけど、私は里のヒトじゃないから付き合うつもりはゼロよ」
「いいや、貴女は里のハーフデモンではなくともワシ等の同種じゃ。見捨てる訳にはいかん」
長老の不審な物言いに眉を顰め、振り返る。
いつの間にか、私の背後には岩の肌をした男と蜥蜴の目をした男が張り付いていた。か弱い私は逃走するのも馬鹿らしくなり、舌打ちしつつもその場に留まる。
「……長老。私の騎士達はどうするつもり?」
「同種でなければ命を保障する理由はなかろう。可哀想じゃとは思うが、攻めておるのは彼等と同じ人間じゃ。ハーフデモン程の同情心が人間に備わっていれば、命ぐらいは助かろうて」
「説明もなしか、モルド殿。いや、我々を追い出す理由はそう多くないが」
クロト小隊と農夫姿のモルドは里の入り口で対峙していた。
モルドの他にも、特徴的な民族衣装で礼装したハーフデモンが里への道を塞いでいる。長袖から爪を尖らせ、胸元から牙を覗かせている者までいる。
「すまない。俺からは何も言えない。ただッ」
「気遣い無用。お互い立場も出生も異なる、ならば仕方あるまい」
「こんな、こんなッ。これではッ、ただの保身ではないか! しかも最低の、我が身可愛さに他者を蹴落とす非道でしかない」
「……きっと、それも仕方がない事なのだろう。立場や出生が異なっても、所詮、人間もハーフデモンも同じ世界に生きる生物なのだ」
一定の土地に生息できる動物の数には限りがある。
それが食料自給率の問題か精神的な軋轢の問題かの違いはあるだろうが、人間にも魔獣にも蟻にも、縄張りが存在する。そして往々《おうおう》にして、縄張りに踏み入った新参者が排除されるのは摂理である。
今、ハーフデモンの隠れ里から追い出されようとしているクロト小隊のように。
「一つだけ、モルド殿に頼んでおきたい事がある」
「クロトよ。こんな俺に何ができる?」
「しばらく、あの我侭な主を頼んだ」
クロトは、俯いたモルドの頭が少しだけ上下に振れたのを確認した。
満足顔になったクロトは愛馬たる影の魔獣、ディを足元から呼び出す。黒馬に擬態したディに騎乗してから、剣を夜明けの空に掲げる。
クロトの部下達も、クロトを見習ってそれぞれの愛馬に跨った。
「我々は追い出されるのではない! ガーネット様の護衛騎士として、戦地に赴くのだ!」
クロトの宣言に配下二十四名の騎士が呼応する。全員の顔を見回してみたが、誰一人、臆していない。
突然の隠れ里からの排斥に対しても結束は揺るがず、小隊は里の外へと駆け出した。




