番外編 13
「さて、これまでのことを全て話してもらおうか」
連れて来られたのは、公安官庁のグレイブの執務室だった。
書類が積み上がった黒い重厚な机の前に立ったグレイブは、応接用らしいソファに座らせたエリヤを促す。
エリヤは、ぽつぽつとこれまでの顛末を説明した。
ローグに頼まれて(脅迫されたとは口が裂けても言えない、ローグが殺される)魔力封じの品を作ろうとしたこと。
できたと思ったら、届ける前にその予兆があった少年が、友人を助けようとした際に、魔力を暴走させてしまったこと。
それをできたての魔力封じの腕輪をつけて止めたものの、目撃者がいたこと。
「あの、助けてくださってありがとうございました」
レイ少年のことをごまかせたのは、グレイブのおかげだ。
衝撃的なことが続きすぎて、御礼をいいそびれてしまっていた。
後でルヴェにも謝らないとと思いながら、エリヤが頭を下げると、執務室の机の前に立ったままのグレイブがため息をついた。
怒られるのかと、エリヤは肩に力を入れたが……。
「俺は、お前のことは全面的に信用している」
グレイブからそんな言葉が飛び出し、エリヤはとまどう。
「技術をその男に教えたわけではないのだろう?」
「う、うん」
「そういう配慮の上で、魔力の暴走が起らない物が作れるのなら、それに越した事はないと思って、止めはしなかった」
だが、とグレイブは付け加える。
「事前に知らせてもらいたかったとは思っている。今回のような場合にも対処できるだろうし、変な男と出歩いているという話を聞いて、心配はしていた。騙されている可能性もあるので、今後は何かあれば先に教えてもらいたい」
そう言われて、エリヤはむっとする。
騙されると言うが、エリヤとてそんなほけほけと人に付いて歩いたわけではない。そもそも何をするにもグレイブの許可が必要ということは、子ども扱いをしているということではないのか。
「あたし、グレイブの子どもじゃないもん」
むくれたエリヤに、グレイブが問う。
「子ども扱いしなければいいのか?」
「え?」
顔を上げたエリヤは、ほんの数歩の距離を詰め、自分の側に膝をついたグレイブを見つめる。
「相談一つされないということは、俺では頼りにならないか?」
言いながら、グレイブがソファの背もたれに手を掛ける。
エリヤの肩のすぐ上だ。
それに伴って近づくグレイブの顔に、エリヤはたじろいだ。
なんだろう、妙に近い気がする。それを意識すると顔が蒸気でもふきだしそうなほど熱くなった。
でも気にしすぎだ。そうに違いないとエリヤは思い込もうとした。
だってグレイブが、エリヤを意識しているわけがない。
冷静になろうと頭で一生懸命雪だるまを想像しはじめたエリヤに、グレイブが更なる爆弾を落とした。
「俺では頼りないのか」
真剣なまなざしに、エリヤは凍結した自分を想像することにする。
「そ、そんなことないっ。ただ……何もしないで過ごすのは、ちょっと……」
なんとか否定の言葉を告げたエリヤに、グレイブは言う。
「手持ちぶさただというのか? それなら考えがある」
グレイブはゆっくりとエリヤから離れると、執務室の机のベルを鳴らす。
すると間もなく、男装に改めたルヴェが飛び込んできた。
「隣の事務室にある、空きの机と椅子を持ってこい」
「え?」
ルヴェはわけがわからないといった表情をしたが、すぐに言う通りにした。
机がグレイブの執務室の端にすえられると、グレイブはさらにルヴェに注文を出す。
「紙とペンとインクを」
「え? う、うん……?」
ルヴェによって、さらに紙やインクとペンが用意された。
そうしてエリヤをそこへ座らせたグレイブは、自分の机の上に積み上がった書類のうち、ひとかたまりをエリヤの前の机に移動してくる。
「えっと……グレイブ?」
首をかしげるエリヤに、グレイブは言った。
「仕事がしたいと言っていたな。なら、俺の手伝いをしてもらう」
「手伝い?」
「書類を内容で仕分け、その上で、この固まりには許可の文字を。こちらは差し戻すために、メモをつける必要がある」
「え? え?」
「この指示を清書した紙を、クリップで留めていってくれ……俺は悪筆らしくてな」
戸惑うエリヤに、ため息まじりにグレイブが言った。
そして差し出されたグレイブのメモを見て、ああ、と思う。
良く言えば達筆な字。けれど人によっては読みにくいかもしれない。
「書類仕事は苦手だ。清書してもらえれば俺が楽になる」
あと、と続けられた言葉に、エリヤは目を丸くする。
「合間に術式とやらの研究ができるよう、官庁内の場所を提供する。そこで例の魔力を抑える物を、もっと小型化して作れるものにするよう依頼したい」
「あの、作っていいの?」
いくら魔力を抑えるものとはいえ、こっそり作っていたのは、術式が係わるからだ。
魔法の銃にも転用できる術式を、グレイブは広めたくはないのではないか。だから黙っていたのだ。
けれど作って良いと言うなら……認めてくれるのだろうか。
するとグレイブがふっと呆れたように笑みを浮べた。
「魔力の暴走が起こらなくなるのなら、それに越したことはない。ただ、できるだけ術式という技術が広まらないよう配慮したものを作ってもらいたい。できるか?」
エリヤは一も二もなく返事をした。
「やる! 作る! やったー!」
子どもみたいにエリヤははしゃぎ、グレイブはそんな彼女を満足そうな表情で見ていた。
***
「で、公安官庁勤務にさせたわけ?」
エリヤが帰宅した後の執務室で、ルヴェはお茶を出しながらグレイブに問いかけた。
「やはり側におくのが一番落ち着くからな」
「落ち着く……」
ルヴェは眉間に皺を寄せる。
この単語だけでは、やっぱり判別がつきにくい。娘を溺愛している親でも、これくらいは言いそうだからだ。
わかりにくいのは、正直むずむずとする。
だから思い切ってルヴェは尋ねることにした。
「でも本当の娘でも妻でもないんだから、拘束し続けたらただの粘着男だよ」
するとグレイブはふっと笑う。
「まぁ、いずれな。今はまだ子どもだ」
「え? いずれ!?」
いずれって何!? と目を丸くするルヴェを置いて、グレイブは笑って茶を口にする。
そこへ、グレイブの部下がやってきて彼を連れて行ってしまった。
一人部屋に残されたルヴェは、ようやく脳に意味が伝わった単語を飲み込み、ふっとため息をついた。
「素直に大人になるまで待ってるんだって、本人に言ってやればいいのに」
それから二年後、とあるアクセサリーが流行るようになった。
細かな模様が刻まれた指輪、もしくは腕輪、そしてピアスだ。
国王の在位三周年を祝って記念に作られたそれは、貴族達には銀や金で装飾されたものが作られたものだった。更には市井にも広く配布したいと、安価な金属で作られ、配られたのだ。
王達はもちろん記念に作った装飾品を身に付け。それにより流行として広まり、様々な人達が似たものを身に付けるようになる。
また、国王はそれから毎年、生まれたばかりの子どもにも配るようになる。
その装飾品は全て魔力封じのものだ。
エリヤと、結局量産に付き合わされたローグやその工房の者達で生産したものだった。
数年経つ頃には、王の贈り物として全ての子どもが指輪を持つようになる。
その慣習は人々の間に広まり、皆生まれた子供に指輪を贈るようになり――魔力を利用する術式が開発された頃、ようやくそれが魔力封じの術式が込められた物だと判明したのだった。
数十年前、まだ術式について開発されていない頃に、一体誰がこれを作ったのか。
それを調べた人々は、国王の信頼厚い公安副長官グレイブ・ディーエが関わっているところまではつきとめたが、誰一人その傍らに居続けた女性の存在には、目を向けることはなかった。
エリヤ・サーディル・ディーエが魔力封じの装飾品に関わっていたと判明するのは、さらに数十年後のこと。当時の王ヴィオレント一世の手記が発見されてからとなる。
これにて番外編は終了です。
最後まで読んで下さってありがとうございました。