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魔法の終わる空  作者: 国産狂人
見知らぬ空の下で

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8/32

魔素というもの

 学院へ通い始めてからというもの、一日の時間が以前よりずっと短く感じるようになっていた。


 朝は古物屋で働く。昼には学院へ向かい、資料室へ籠もる。夕方から夜にかけては研究棟へ呼ばれることもあり、帰宅――と言っていいのかわからないが、物置部屋へ戻る頃には身体が少し重かった。


 それでも、不思議と嫌ではない。暇な時間ほど余計なことを考える。


 帰れるのか、戻れないのか、地球は今どうなっているのか。


 家族は、会社は。


 自分が突然消えたことを、どんなふうに受け止めているのか、考え始めると際限がない。


 だから、忙しいくらいが丁度よかった。少なくとも、立ち止まって絶望する暇が減る。人間は案外、忙しさだけでも心を誤魔化せるらしい。



*****



 資料室へ通う頻度は、日に日に増えていた。


 高い天井まで続く本棚にも少しずつ慣れ、どの棚に基礎理論があり、どこに歴史資料が置かれているかも把握し始めている。


 最初はただ圧倒されていた。知らない世界の知識が、文字通り壁のように積み上がっている。


 だが数日も通う頃には、その感覚が少し変わった。


 研究室に近い、そう思うようになった。違う世界の本ではある。


 それでも、知識を整理し、理論を積み重ね、例外を検証する姿勢そのものは驚くほど似ていた。魔法という言葉のせいで神秘的に見えるだけで、本質は案外現実的なのかもしれない。


 少なくとも、資料を読む限りではそうだった。


 魔素


 この世界の根幹にあるらしい未知の存在。目には見えないが、大気中へ常に満ちており、人や生物はそれを自然と取り込んでいるという。呼吸に近い。


 ただし空気ほど単純ではなく、濃度差があり、地域差があり、消耗や循環まで存在する。さらに、それを術式によって加工し、火や熱、浮遊や照明といった現象へ変換している。


 言葉を置き換えれば、未知のエネルギー工学だった。だからこそ、余計に気になる。


 なぜ自分だけ完全な無反応なのか?適性差という説明では足りない。


 弱いならわかる、不得手でもわかる。


 だが、測定器具が完全に沈黙するほどのゼロというのは極端すぎた。極端な現象には、大抵理由がある。


 そして理由のない例外は、工学では一番危険だった。前提そのものを壊すからだ。



*****



 そんなことを考えながら頁をめくっていると、机の上へ音もなく紙束が置かれた。


 最近では、少し足音だけでわかるようになってきていた。急ぎ足なのに妙に静かで、目的がある時ほど一直線に近づいてくる。


「また難しい顔」


 少し覗き込むように言われ、苦笑する。


「考え事です」


「帰る方法?」


 少し考え、首を振った。


「今日は違います。魔法の方です」


 視線が本へ落ちる。


「まだ諦めてない?」


「使えない理由が気になるので」


 その答えに、小さく息を吐かれた。呆れているのか、感心しているのか少しわからない。


「普通、落ち込む」


「落ち込んでも使えるようにはならないので」


 言いながら、自分でも少し可笑しくなる。昔からこうだった。問題が起きるほど、感情より対策を探し始める。性格というより職業病なのかもしれない。


 故障した設備を前に、まず原因を探す人間は案外感情の置き場を失う。


「変」


 最近の決まり文句だった。


「よく言われます」


 そう返すと、少しだけ笑われた。最初の頃に比べると、距離はだいぶ縮まった気がする。


 言葉は少ない。ただ、放っておけないらしい。何だかんだ世話を焼いてくれる。


 異世界へ来て最初に知り合った人間の一人としては、ありがたい存在だった。



*****



 夕方、研究棟へ呼ばれる。


 主任の部屋へ入ると、何やら机の上がいつもより散らかっていた。


 分解された魔導具、透明な鉱石、術式の刻まれた金属板。


 そして、例の壊れた魔導具。


 あの火花以来、明らかに扱いが変わっていた。


 研究対象。そんな空気を感じる。


 悪意ではない。だが、好奇心がかなり強い。


 地球でも何度か経験がある。研究者は、説明不能な現象ほど好きなのだ。


「君、もう一度これに触れてくれ」


 指差されたのは、壊れた魔導具だった。少し嫌な予感がする。


 再現実験ほど長引くものはない。だが断る理由もない。


 指先で軽く触れる。


 沈黙。何も起きない。


 もう一度。さらに試す。


 変化なし。


 部屋の空気が少しずつ重くなっていく。期待していた分だけ、落胆もあるのだろう。


「偶然か……」


 誰かが小さく呟く。その時だった。


 何気なく術式の刻印へ触れた瞬間、小さな火花が再び弾けた。


 ぱち、と。


 前回と同じ青白い光。 ただ、今度は少しだけ長い。ほんの一瞬だが、術式が淡く明滅した。


 静まり返る室内。


 誰もすぐには喋らない。その沈黙が逆に怖かった。


 主任だけが、じっと魔導具を見ている。そして、低く呟いた。


「……君、本当に“使えない”のか?」


 問いというより独り言に近かった。その声には、困惑より興奮が混じっている。


 何かが理論から外れ始めている。そういう顔だった。 そして、その時ふと思う。もし自分だけ違うなら。それは欠陥ではなく、別系統なのかもしれない。


 そんな考えが、初めて頭の中へ形を持ち始めていた。

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