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第3話 人が成長していくのを見るのは感慨深いものである


 そんな風に過ごして、はや十二年。

 月日の流れとは、早いものである。


「ミストル! おはよう! 元気にしていた?」


 ルドルがそんなことを言いながら、我輩の近くに座る。本日も遅い朝ごはんをここで食べるらしい。


「母さんが言ってたよ。ミストルさんにあまり迷惑をかけるんじゃありませんよって。ひどいよね。僕、ただお話してるだけなのに」


 ぷくーっと膨れながらパンを頬張るルドルに、我輩は笑みが零れてしまう。十六歳になって成人したというのに、こういうところは子供っぽい。

 昔はかなりお利口さんだったが、少しずつ、本当に少しずつだがルドルは内気ではなくなっていった。今ではかつてのいじめっこ達にも、きちんとはっきり言い返して喧嘩をするらしい。――大体力では負ける様だが。

 それでも、子供達の方も少しずつだが態度を改めていく様になった様だ。今では、友人に近い関係になっているとはルドルの言である。


「ミストルはどう思う?」


 迷惑だとは思っておらぬよ。


 我輩は、いつもルドルが来るのを心待ちにしている。

 彼の話は他愛のないものばかりだが、いつも我輩の方を向いて真っ直ぐに語ってくれる。今までの旅人は、我輩に語りかけるというよりは、独白をたらたら垂れ流すだけだった。

 だからこそ、だろうか。聞いているだけなのに、何だか本当にルドルと話している様な気がしてくる。


「今年はね、小麦がたくさん実りそうなんだ。母さんも、『今年は冬を過ごすのにも少し余裕が出来そうね』って喜んでた」


 それは何よりである。


「あと、冬にミストルに巻くマフラーなんだけど。新しく編むって母さん張り切ってたよ。これで今年の冬も寒くなくなると思う」


 いつも感謝するのである。


「あーあ。ミストルがパンを食べてくれたらなー。僕達自慢の小麦! 美味しいでしょ! って胸を張って言えるのに」


 いつも自慢しているのである。


「こうして、いつかミストルが食べてくれるんじゃないかな、って毎朝パンを置いてあるんだけど。やっぱりいない時でも食べてはくれないかあ」


 まあ、我輩は剣であるからな。


「でも、諦めないよ。いつか、ミストルがパンを食べてくれる日。楽しみにしてるからね」


 無茶ぶりなのである。


 こんな風に、毎朝毎朝会話をする。傍から見ると、ただただルドルが一方的に話しかけている様に見えるが、我輩もきちんと返事をしているので、一方通行ではない。正真正銘の会話である。

 ルドルは飽きずに毎日十二年、こうして話しかけてくれる。

 本当に、変わった子供である。

 そんな彼を個人として認識したことが珍しくて、我輩も浮かれてしまっていた。それは認めるのである。



「おーい、ルドル!」



 しばらく話し込んでいると、洞穴の出口から青年が手を振ってやってきた。


「やっぱりここにいた。お前、今日はこっちの手伝いもしてくれんだろ」

「やあ、アーク。今、ミストルとお話してたんだ。一緒にどう?」

「……。……俺、こいつに転ばされたことあるからな。何か、苦手意識が」

「あれは、君が僕をいじめたからだろ? 僕を助けてくれたんだよ」

「わーってるよ! ……悪かったよ、あれは。俺もバカなガキだったなって思ってるよ」


 がしがしと頭を掻いて、アークと呼ばれた青年がばつが悪そうに唇を尖らせる。

 ふむ。どうやら、確かに彼ももうルドルに敵意は無いようである。我輩は、人間の悪意とやらを読み取れる力もあるので、助かるのだ。――もし、今でもルドルをいじめようとしていたら、再びつむじ風の刑だったのである。


「親父がよ、ルドルは丁寧に草を刈ってくれるから助かるってよ。……息子の俺よりも褒めるんだぜ」

「あはは。でも、おじさん、君がいないところでは『力仕事を率先して手伝ってくれる頼もしい息子なんだよ』って言ってたよ。……本人がつけあがるから言わないけどって」

「うおっ! くっそお。あんのくそ親父。……ま、悪い気はしねえな」


 へへ、っと鼻の下を照れくさそうに人差し指でこするアークに、我輩はやれやれと肩を竦めた。――心の中では。

 アークがここに来るのは初めてだ。今までは、決して近付いてこなかった気がする。

 変だなと我輩は違和感を覚えていたが、それは次の彼の言葉で確信に変わった。


「しゃーねえな。俺も、すこーしだけこいつと話してくよ。お前、先に行っててくれよ」

「え? アークが? 初めてだね。明日は雪が降るんじゃない?」

「まだ夏だろうが!」

「あはは。じゃあね、ミストル! 明日もまた来るからね!」


 笑いながら手を振って、ルドルが素直に洞穴から出ていく。

 ぽつんと一人残されたアークは、薄暗い洞穴の中で立ち往生している様に我輩の目には映った。どこか所在なさげに両足を軽く何度も踏みしめる音に、緊張しているのが伝わってくる。


 一体何の用であろうか。別に、我輩の声が聞こえるわけでもないだろうに。


 さあっと、夏の暑さを撫でる様に、さらっとした風が洞穴を吹き抜けていく。柄を撫でるその風は心地良く、我輩の心を穏やかに凪いでいった。

 一分ほど経過した頃だろうか。

 どかっと、決心した様にアークが胡坐あぐらをかいて座る。


「ミストルって言ったか。……あいつ、ほんと、親し気に呼ぶよな」


 まあ、十二年来の仲であるからな。

 羨ましいであろう、と少し得意げな気分である。

 だが、次に出てきた彼の言葉に、我輩は完全に虚を突かれた。



「……昔。お前を祟りだなんて言って、悪かったよ」



 ――何と。



 彼は、謝ったのか。

 我輩の記憶では、確かにまだまだ子供であったのに。まあ、今の今まで一度も会ってこなかったのだから仕方が無いのだが。


「あれからさ、少しずつあいつ、笑うようになったんだよ。……楽しそうにいっつもお前のところへ行ってよ」


 そうであったか。

 我輩にとっては、あれがファーストコンタクト、というやつであった。故に、それまでルドルがどんな顔をして過ごしてきたかは知らなかったのである。


「父親が死んでから、ずっと暗い顔してた。親父たちも、あの時はでれでれしながらも、おばさんのこと警戒しててさ。美人で、どこか浮世離れしてたし……。おふくろも、親父がでれでれしてるの知ってたから、いらいらしてて。いじめてたんだ」


 何となく分かるのである。

 初めてフリッサに会った時、どこか惹き付けられるほどの魅力を感じた。たおやかな振る舞い、上品な空気、口調も丁寧で、一つ一つの所作が洗練されている。

 貴族慣れしている者であれば耐性が付いているのであろうが、ここは村。平民だらけと考える。貴族オーラに当てられれば、誰だって混乱するであろう。



「けど、……あの日俺さ。お前が恐くて逃げ帰ったけど……何だか叱られた感じもしたんだよ」



 ほう。叱られたとは、言い得て妙である。

 確かに、懲らしめるという意味合いはあったし、もうするんじゃないぞという思いも込めていた。

 それを正しく受け取ったのか。なかなか賢い子である。


「それに、あいつもあれから楽しそうに笑うようになった。……ああ、あいつあんな風に笑うんだなって。俺、初めて知って、……何だか、悲しくなって」


 うむ?


「よくわかんねえけど、……恥ずかしくなったんだ。あいつら、別に俺達に酷いことをしたとか、嫌なこと言ったとか、そんなことしてねえのに。俺、何であんな風に嫌なこと言ったんだろうなって。……あいつは一度だって、俺達に嫌なこと言ったりしなかったのに」


 なるほど。……彼も、子供なりに色々考えたのであるな。

 子供とは、大人の背中を見て育つ。

 だから、大人がしているのならば、子供である自分達もして良い。正しい。そう思うのは、仕方がないことである。

 だが。


「だから、……親父たちがあいつら悪く言ったら、やめろって言ったんだ。何も悪いことしてないのに、何でそんなにいじわる言うんだって。……そしたら、びっくりしててさ。その日は、それ以上何も言わなかったんだ」


 彼は、子供ながらに考えて、きちんと親の言動に疑問を持って進言したのか。

 見直したのである。今までのいじめっこ像がきちんと音を立てて崩れ落ちていった。


「それから、少しずつ。少しずつさ、村の人達も変わっていったよ。最初はお前の祟りだの、俺もお前に変な呪いかけられたの色々言われたけど」


 失礼である。

 ただ転ばせただけで、この言われよう。魔剣というあだ名は、威力が抜群過ぎる。


「でも、きっと大人達も、悪いことだって本当は分かってたんだ。だから、……俺達子供達があいつに普通に接する様になっていったら、大人達も少しずつおばさんに向き合っていった。……そしたら、結構抜けてるし、けれどしたたかだし、かと思えばおっとりとしてドジばっかり踏むし」


 うーむ。

 ルドルからも日常的に聞いてはいるが、話してくれたあの日の姿が印象的過ぎて、あまり想像出来ないのである。初対面の印象とは大事なものだと思い知らされる瞬間だ。


「それで気が抜けたのか、大人達も今では仲良く夕飯を一緒に食べたりするよ。ちゃんと、タイミングを見て昔のことを謝ったりもしてた」


 それは良い心掛けである。

 人付き合いとは、挨拶から。悪いことをしたら、ちゃんと謝る。基本中の基本だ。

 それが出来るこのヤドルギの村の者達は、なかなか見どころがある。感心した。


「きっかけは、ミストル。あんただ。だから、……ありがとう」

『――』

「今日は、これを伝えに来たかったんだ。……なっかなか来れなくて悪かったよ。何か、勇気が出なくてさ! ……最近成人したから、これを機にと思って……やっと来れた」


 ふっと笑うアークの顔は、どこか憑き物が落ちた様だった。

 今までずっと引っかかっていたのだろう。その心のわだかまりが溶けたのなら何よりである。


「それだけだ。じゃあな! ……これからは、たまになら来てやるよ! まあ、ルドルは二人きりで話せた方が良いかもしれないけどな!」


 それは、本人に聞いて欲しいのである。


 だが、我輩の声は届くことなく、どすどすと、荒い足音を立てながらアークは去って行った。照れ隠しが過ぎる。微笑ましくなってしまった。

 思った以上に、ルドルは今は人間関係に恵まれている様だ。

 いじめっこだった彼が、こうして己の行為を顧みて、謝罪や感謝までしてくれるとは。



 月日の流れとは、――人の成長とは、早いものである。



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