第21話 闇ギルドは喧嘩が手っ取り早い
「……ボス? 何の話だ?」
我輩の挨拶に、だが店員は動じることなくそんな風に返してきた。グラスを磨きながら、ちらり、っと視線を放り投げてきてすぐに逸らしてまでくる嫌味付きである。
なるほど。すっとぼけ、というやつである。どう考えても普通ではない者達がごろごろ階上にはいるというのに、何とも豪気だ。
ついでに言うならば、ちらほらとこの一階の時点で既に闇ギルドの構成員っぽい者も見当たる。
それなのに、ボスって何? 美味しいの? 的に返された。
これは、旅人が前に「あからさまに分からないフリしてくる奴は、殴り合いで分かり合うしかないんだよねー」と愚痴の様に零してきたあの助言が役に立つ時。
「なるほど。つまり、強行突破をすれば良いわけだな?」
『ミストル⁉ もう喧嘩すれば何でも解決すると思ってない⁉ ハンター協会で味をしめちゃったの⁉』
「おい、ミストル! 流石にここの奴ら全員相手はきついからな! あと、一応『表』と非公式に繋がりがあるからな! あんまりやり過ぎるなよ! 私とあとヴァルス様が困るから!」
何と、ラルズが非公式に闇ギルドと手を取り合っていると白状してきた。がしいっと肩を思い切り強く掴んで止めてくるとは想定外である。地味に痛い。
「だが、ラルズよ。彼は知らんぷりをしているぞ。ならば、強行突破しか無いのではないか?」
「いや、合言葉を使うかもしれないなー? とか、色々考えてくれないか⁉ いきなり正面から喧嘩しか売らない挨拶があるか!」
「そうか? いらっしゃいの一言も無いのだ。既にあちらから喧嘩を売っている様なものであろう?」
「……おう……。正論……お前さんにしては紛うことなき正論……なんだがなあ……。いや、もう、……本気で村から出たことないっていうのがよく分かったわ……」
がくーっと言わんばかりに、ラルズがカウンターに肘を突き、頭を抱えていた。何となく目の前の店員が「お疲れさん」と言わんばかりの目つきをしている。人相はあまり良く無いのだが、同情するほどの心はあるらしい。
『ミストル……合言葉って、ラルズさんが言ってくれたよ? ラルズさんに聞けば、合言葉が分かるんじゃないかな?』
『ふむ。強行突破でも充分会いに行けるとは思うのだが』
『ミストル? 敵を作ってばっかりだと、後々大変だよ? 味方を増やしておくとね。巡り巡って、何年も経ってから「あの時の借り、返しにきたぜ!」「お前……あんな小さなことを覚えていたのか……」とかいう会話とともに、感動の名場面が生まれるんだよっ。前に読んだ小説で見たことあるから! 味方増やそう!』
『ふむ。そういうものか』
ルドルの例え話はよく分からなかったが、つまりは小さな手助けが何年か越しに自分に返ってくるということであろう。旅人も感動した様に話してくれたことがあるから、何となくは理解出来る。
仕方がない。強行突破は諦めるか。
「では、ラルズよ。合言葉があるのならば、教えて欲しいのだが」
「……おお。ちゃんと、今度は聞き分けが良くなったな」
「というわけで、名前が分からぬお前。ラルズが合言葉を言うから、ボスのところへ案内してくれ」
「……お前さん、マジで堂々と偉そうなんだよなあ。それが堂に入っているから困るんだよなあ。ほんとに村人なんだろうか……」
ルドルは正真正銘村生まれの村育ちである。
だが、我輩は村育ちかと言うと微妙だ。村の外れの祠にいたのだ。世間もよく知らないし、ラルズの疑問は正しい。
「まあ、村育ちだろうがそうでなかろうが、今はボスに会うことが肝心であろう?」
「……そうだな。あー、……『永遠の若さを得るためのリンゴを連れ去る手助けがしたい』」
「――。……本当にこいつをボスに会わせる気か?」
「頼む。そうでないと、ほんとにこいつ、見た目とは違ってマジで強行突破し始めるから。はっきり言って、私では止められないほど強い。頼む。会わせてくれ」
ラルズが土下座する勢いで懇願すると、店員がちらりとまた我輩に視線を放り込んできた。どこか呆れた様な眼差しだ。
しかし、ラルズをもう一度見て溜息を吐く。ちりん、とカウンターの下にあったらしいベルを鳴らした。
「――お呼びで?」
すると、瞬く間に階段のすぐ近くに影が現れた。
影、と称するのは正しくない。黒いマントを羽織って足元まですっぽり隠れた若い女性が、音もなく降り立ったのである。
先程までは階段の上にいたはずだ。
一瞬で移動出来るくらいには、実力がある。負ける気は微塵も無いが、やはりこの闇ギルドはそれなりに腕の立つ人間が多い様だ。先程のハンター協会よりも質が良さそうである。
「この者達を案内してくれ」
「承知」
短く請け負い、すたすたと女性が階段の方へと向かう。
ラルズが向かったので、我輩も後に続いた。影の歩行速度がかなり速い。ルドルの体力で階段を素早く登りまくるのはきついため、身体強化の魔法を使うことにした。
たんたん、と我輩やラルズは足音を立てているが、目の前の女性はまるで足音を立てない。これは隠密に最適の歩き方だ。我輩は風を利用して音を消し去ることが出来るが、この様な歩き方は訓練しないと身に付かないだろう。今のルドルの体では難しいかもしれない。
『ふああああ、この人、本当に闇ギルドの人なんだね。足運びとかカッコ良い!』
「そうであるな。闇ギルドは全員、足音を立てずに歩けるのやもしれぬ」
『ね! 僕、初めて見たよ! ううん、いつかミストルもそんな歩き方が出来る様になるのかな?』
「そうであるな。……訓練すれば出来る様になるか? 魔法を使った方が早そうだが」
「……お前さん、さっきから何一人でぶつぶつ言っているんだ? 私達には分からない誰かでも見えているのか」
おっと、知らず声に出していた様だ。ルドルも「あ」と、口を塞ぐ様な気配を揺らしてくる。
そういえば、ルドルの声は我輩にしか聞こえていないのだ。ついつい忘れそうになる。
「いや。目の前のこの女性の歩き方がカッコ良くてな。いつか我輩も出来る様になれればと尊敬していたところだ」
「へえ。お前さんがそんな風に誰かを褒めるなんてなあ。……本当、素直ではあるんだよなあ」
「ラルズのこともなかなかの男だと思っているぞ? 少なくとも、あの若い門番よりは百倍も人間が出来ておる」
「……あいつはまだまだ世間に揉まれてないからなあ。まあ、気長な目で……、……うん。まあ、また突っかかってきたら、一応しばいていいぞ」
「遠慮をするつもりはない。では、ありがたく」
そんな会話をつらつらとしている間も、目の前の女性は黙々と階段を上り、廊下を歩いていく。それなりに高い建物だと思っていたが、ぐるぐる回っていることもあって、道のりが長い様だ。
「そういえば、ラルズよ。先程の合言葉。永遠の若さを得るリンゴとは何であるか?」
「ん? ああ、……そんなことが気になるのかい?」
「そうであるな。なかなか面白い言い回しだ。まるで神話の様な内容ではないか。永遠の若さと言えば、人間が憧れる象徴であろう?」
前によろよろと辿り着いてきた旅人が、我輩の剣を取れば永遠を得られると血迷った話を信じてやってきたことがある。全く我輩を抜ける気配が無かったために絶望して崩れ落ちていたが、永遠の若さや命を夢見る人間も一定数いるのだと知った。
神話学者が来たこともあったので、曖昧ではあるが知っている神話の内容もある。似た話を聞いたことがあったのだ。
「まあ、確かに神話になぞらえた合言葉ではあるよ。……ただ、別に本当にそれを求めているってわけじゃあないけどな」
「そうなのか。つまらぬ」
「何だい? ミストルは永遠が欲しいのか?」
「いいや。――そんなものがあっても、守りたいものも守れなければ意味など無い」
永遠を手に入れるということは、親しい者との別れを何度も繰り返すということ。我輩では耐えられそうにない。たたでさえ、ルドルを失った時に絶望したのだ。一度の別れで絶望したのだから、何度もとなると難しいだろう。
ただ、今の我輩には魂だけとはいえ内側にルドルがいてくれる。だから、こうして立っていられるのだ。
我輩に影が差したのを見て取ったのだろう。ラルズは、「そうか」とだけ相槌を打って後は押し黙ってしまった。
そうして、後は静かにただただ歩いて行くと。
「――ボス。お連れしました」
いきなり一つの扉の前に立って、女性が中に声をかける。
扉は今まで通って見てきたのと何ら変わらない。特別感も無いし、ごくごく普通の部屋の一つの扉にしか思えなかった。
しかし。
「ふむ。――いるな」
にっと、我輩の口の端がつり上がる。顎に人差し指を添え、少し気持ちを落ち着けようと努力した。
我輩のそんな表情に、ラルズが「げっ」と何故か呻いた。失礼である。
「……頼む。頼むから、あまり派手なことはするんじゃないぞ?」
「派手? 我輩はどこも別に派手ではなかろう?」
「……もうだめかもしれない。ヴぁるすさま、もうしわけありません」
失礼である。
どこまでも無礼な発言をするラルズに呆れたが、扉を開けようとしていた女性も同じ様な顔をしていた。どいつもこいつも我輩を何だと思っているのだろうか。
ミストルだと思うよ……というルドルのツッコミには、乾いた苦笑が色付いていたが、ルドルは許す。我輩のことを一番よく知っている人物であるからな。
何をどう足掻いてもなる様にしかならない。
そう腹を括った様な悲愴な顔で、ラルズが前を向く。案内役の女性も「失礼します」と扉を開けた。そういえば、いつの間にかボスとやらは「入れ」とでも合図をしていたのであろうか。ラルズに気を取られ過ぎて気付かなかった。
そうして扉が開けられ、視界に入った室内はカーテンは完全に締め切られていた。
室内の明かりは、一応天井にぶら下がっている電飾で照らされていたが、ハンター協会よりも薄暗く感じる。普通の明度だとは思うのだが、満たされる空気の違いであろうか。
執務机らしき向こう側に、一人の男性が椅子に腰をかけていた。
よく来た、とも。うんともすんとも言わぬまま、じっと我輩を真っ直ぐに凝視してくる。
強くて燃える様な視線だ。
真っ黒な双眸は、そのまま彼が抱える背景を表すかの如く深い。別に暗い人間という風には思えないが、やはり闇ギルドに身を置く者。表を歩く人間とは、纏う空気がどこか異なる。
「お前がボスだな?」
「……ミストルー……っ」
「我輩は、ミストル・ルドル。話をする前に、お前の名前を聞きたい」
軽く右手の平を相手側に向け、我輩は彼に声を出すことを促す。
どんな反応を示してくるか。
彼は一階にいた店員と異なり、すっとぼける、ということは無かった。
「ガルザート・ウルキ。それが、オレの名前だ。ミストル殿?」
低くてどこか艶のある色を滲ませ、彼はうっすらと笑って自己紹介してきた。
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