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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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グラフィアケーン

 魔王の子、第九子。グラフィアケーン。

 彼との思い出はそれほどない。

 長い髭を蓄え、鋭い眼光を飛ばす偉丈夫な魔獣だった。特徴として長い爪を刃のように煌めかせており、彼はそれをよく手入れしていた。


 そんなグラフィアケーンは武闘派。

 シリウスはと言えば室内に引きこもり書物を読むことの方がどちらかと言えば好きだ。そもそもが相容れない。

 話すことと言えば、家族間での他愛もない会話ぐらいなもの。

 特別、語ることもないと言えた。


『兄上。何をしておるのだ?』


 ある晴れた日の昼下がり。花が咲き誇る庭園で黙ったまま座り込んでいるグラフィアケーンに、声を掛けた。

 彼は片方の目だけを開き、シリウスの姿を認めた後、再び目を閉じて口を開く。


『瞑想だ。愚妹よ』


 ただそれだけ言って、黙ってしまう。別に構ってほしいとは思わないが、もう少しコミュニケーションを取ろうとは思わないのかと、そう思ってしまう。

 だから、シリウスはじっとその姿を見つめ続ける。

 いつまでそうしていただろう。グラフィアケーンを岩か何かかと勘違いした小鳥が集まり始めた頃、おもむろに彼は声を発した。


『……何か用事か?』

『ようやく気に掛けてくれたな』


 シリウスは言いながら、彼に近づいていく。

 小鳥たちは、逃げようとしない。


『用はない。瞑想の邪魔をしたなら、謝ろう』

『……暇なのか?』

『ああ、暇だ。構え』


 グラフィアケーンがわざとらしく溜息を吐いた。薄目を開いて、視線だけで自身の隣の空間を指し示す。


『生憎と俺は暇じゃない。どうしても構ってほしいのならば、俺に付き合え』

『余は瞑想とやらのやり方は知らぬが……』

『瞑想というのは、やり方とかそういうものがあるわけじゃない。思い思いに、精神を落ち着かせる方法で心を高めることが重要でな。雑念を払うにはこれが一番だ』

『ふむ。よく分からぬ』

『愚妹よ……』


 盛大に溜息を吐かれてしまう。言葉だけではその全容を掴むことが難しい。だからシリウスはグラフィアケーンが座る、その隣へと腰を下ろす。

 柔らかい若草が、シリウスの全体重を支えてくれ、それなりに座り心地は良かった。

 そうして、隣の彼と同じような姿勢を作る。


『……何故、瞑想をしておるのだ?』


 降ってきそうなほどに青い空。流れる雲が時の流れを示しつつ、風が庭園の木花を小さく揺らす。

 そんな静かな空間に、シリウスの純粋な疑問が満ちた。

 しばらく返答はなかったが、何も言わずに待っていると落ち着いた渋い声が返ってくる。


『惑う心は、戦地には必要ない。常に狼狽えることなく、いざという時に最善な選択を導き出すことができるよう、精神の安定性を高めるための訓練だ』

『……意外だな。全て力で捻じ伏せるような性格だと思っておった』

『馬鹿にするなら立ち去れ』

『冗談だ』


 クスリ、と。その瞳を閉じながらシリウスは笑う。

 太陽の陽射しが、優しくその身を包み込んでくれる。グラフィアケーンとの会話も、話し辛いというわけでもなく、寧ろ安心して受け答えができる。

 居心地の良い空間だ、と。そう感じてしばらく瞑想を続けていると、シリウスの意識がぼんやりとし始める。

 なんとか同じ姿勢を保とうとはするものの、襲い来るその感覚に逆らうのは難しく、うつらうつらと舟をこぎ始める。


『……おい』


 やがて、グラフィアケーンの体にもたれかかる、小さな重み。

 彼は片眼を開き、彼女を見やる。


『はあ……』


 そこには美しく輝く紅蓮の髪を地面に垂らし、寝息を立てる少女の姿が映った。

 傍から見れば、ただの普通の女の子にしか見えない。それほどに彼女は弱弱しく呼吸をし、平和に染まった寝顔を見せている。


『ふ……』


 つい、グラフィアケーンはその表情を緩めてしまう。シリウスがその様相を見ることはなかったが、見ていないと分かったからこそ、そんな顔を見せたのかもしれなかった。

 彼は纏っていたマントをゆっくりと脱いでいく。

 乗っていた小鳥たちは器用に、その邪魔をしないように距離を取る。


『……』


 グラフィアケーンは、脱いだマントを傍らで眠る少女に優しく掛ける。

 よく眠っている。血で穢れていないその存在を愛おしそうに眺めて。

 そうして彼は、再び瞑想に戻るのだった。

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