グラフィアケーン②
シリウスたちが轟音鳴り響くその地に辿り着いたのは、『ハウンド』にて報せを聞いてからすぐのことだった。
元々それほど遠い場所ではなかったこともあってか、魔獣たちと戦う人間たちも大して被害は出ていない様子だ。
現地に辿り着いて早々に、ダクエルは剣を構え鎧を纏った一団の中へと飛び込んでいく。
「ルシアン! 大丈夫か!?」
「あら、ダクエル。到着が早いのね」
彼女が声を掛けたその先にいた女性が、金髪を揺らして振り返る。涼しげな眼ながらも、宿す緑色の瞳は強かさを内包していて、武人であることが一目で分かる。
そんな女性は、ダクエルからその背後、シリウスたちへと視線を流す。
「貴女たちは?」
「ああ、紹介しよう。私たちの仕事を手伝ってくれるシリウスさんとシャーミアさん、それとルアトさんだ」
その紹介に彼女は柳眉をひそめるものの、すぐに取り繕ったように柔和な笑みを浮かべる。
「……私はルシアン。大都市ディアフルンを守る騎士団『メサティフ』の副団長を務めてるの。よろしくね」
「うむ、よろしく頼む。それで、あそこにいるのが話に聞く魔獣たちか」
「そうね。……いつもより、ちょっと数が多いかもしれないわ」
ルシアンの視線の先、陣形を組む騎士団たちの遥か前方にいるのはアスプロスリュコスの群れ。
彼らは攻撃のチャンスを窺うようにその場をうろついて歩き、しかし明らかな敵意をこちらへと向けている。
そして、その群れの中心に立つ、ひと際大きく存在感を示す、人型の魔獣。
「あれが――」
シリウスが呟く。
遠くからでも、その姿は分かった。立派に伸びた長い髭に、岩のように固い表情。何よりもそこらに生えている木々と同じぐらいの背丈をしている、大男のような出で立ちには憶えがあった。
それは、在りし日の兄の姿。
間違うはずもない。あれから、あの日から、どれほど過去をなぞったかその回数すら覚えていない。
彼は、間違いなく魔王の子、第九子のグラフィアケーンだ。
「シリウスさん。どうだ? ここからでも分かるか?」
ダクエルのその声に、振り返らずに応える。
「ああ。余の目から見ても間違いない、と。そう思えてしまう。それほどまでに、瓜二つだ」
記憶の中にある、思い出の像と合致する。シンクロしてしまうのだ。
生命が蘇ることなどあり得ないとは、理解しているものの、目の前にある事実がそれを否定する。
だが、シリウスの心底では、まだ断定はできていなかった。ぼんやりとした違和感が、膜のように張っていた。
「……どういうこと?」
「シリウスさんたちはちょっと特別でな。魔獣の生態に詳しいんだ」
ダクエルはそう言いながら、シリウスへと近づき、耳元で囁く。
「彼女、ルシアンはディアフルンの騎士団だが、私たちの目的も知っている。だが、貴女たちの事情も事情だ。知られたくないなら、話さないでおこうとは思うが……」
情報が示す重要性をダクエル自身も認識しているようで、わざわざ確認をしてくれる。
それに対してシリウスは横目で流し見、また前方へと意識を向けた。
「心遣い、痛み入る。だが心配は無用だ。余たちの旅の目的についても話してしまっても問題ない。……もっとも、それもここでの戦闘が終わってからだな」
戦闘に不必要な情報は、場に混乱をもたらすだけだ。それをダクエルも分かっているからこそ尋ねてきたのだろう。
彼女は小さく頷いて、ルシアンへと振り返る。
「それでルシアン。これからどうする? あの魔獣がいる限り、迂闊に手出しはできないが……」
「そうね。さっきも奇襲気味に襲い掛かられたんだけど、運が良いことに全員無事。援軍が来てくれたことは嬉しいけど、状況は変わらないわ」
どちらも、その視線をグラフィアケーンに向けている。
それほど警戒しているのだろう。軽率に攻撃して兵が削られれば、不利になるのは目に見えている。
対して相手は余裕すら感じる態度で、その場に居座っている。
ペースは自分たちが掴んでいると、そう自信気にこちらの様子を窺っているようだった。
当然だろう。向こうからすれば、待っているだけでいい。魔獣を討伐したいと思っている人間と、その思惑を退けたい魔獣。
実力に差が無ければ、魔獣側も退くという選択肢を取るだろうが、向こうの方が上手である場合、じりじりと攻めていればいずれは魔獣側に軍配が上がる。
これを攻略したいのならば、まずはその考えを、覆す必要があるだろう。
「彼奴の相手は、余に任せてはくれぬか」
「駄目よ! 貴女みたいな小さな女の子に、どうこうできるヤツじゃないわ。アレは私たち大人が対応するから、危なくない場所に避難していなさい」
特別に強く、ルシアンに否定される。騎士団として、弱きものを守るという使命があるのかもしれない。
その志しは立派だ。どこぞの自分のことしか考えていなかった勇者に、その爪の垢を煎じて飲ませてやりたいとすら思える。
だが、その美徳を押し付ける相手として、シリウスは相応しくない。
「心配するな。お主らの懸念するようなことにはならぬ。討ち漏らした魔獣たちは、お主たちに任せよう。……それに、余自身が確認したいのだ。彼奴が、本当に魔王の子であるかどうかを」
「あっ、待ちなさい――」
魔獣たちの方へと歩み始めたシリウスを止める声が響いたが、すぐに止んだところを見ると、ダクエルが止めてくれたのだろう。
「ちょっと、一人で大丈夫なの?」
「余を誰だと思っておる。手出し無用だ。……だが、丁度良いな」
隣に並ぶシャーミアとルアトへ、その声だけで告げる。
「その目で見ておくが良い。魔獣の王、その血が流れる兄の力をな」




