71 物思いにふける
〇まえの回のあらすじです。
『妖精の族長・セレンが、【はじまりの庵】をとおりすぎる』
池はちいさな湖面のようだった。
しんと静まりかえった森の奥に、さざ波ひとつたてずに水面が貼りついている。
「――――」
透明な、浅い水のたまり場にセレンは呪文をとなえる。と、静止していた表面がゆらぎ、やがて色をともなった。
銀色の盤。
そんな印象をさえあたえる水の面は、やがてある映像をつむぎだす。
下界――人間界のようすだ。
てきとうな冒険者をみつくろってながめ見たのだが、まああいも変わらず人の町ではさながら【人間狩り】とでもいうべき【異端狩り】が盛んだった。
広場にならべられた杭に縛められた、【異端】のレッテルを張られた人々に、石を投げつける者のすがた。
のちに杭には教会の刑吏より火がはなたれ、宵の空に赤々とした火柱が幾筋ものぼる。
セレンは映像を切った。
現在、妖精の世界は早朝だが、人の世界は夜であるらしい。
『らしい』と言ったのは、妖精界と人間界では、時刻が一致する、ということはめったにないからだ。
時間のながれがちがう、と言うこともできるが。より正確を期するならば、『ゆがんでいる』といったほうがよいだろうか。
(よくもまあ、飽きもせずに共食いなんてやってられるわね)
【水盆の池】――下界のようすを映す池から顔をあげて、セレンはそんな感想を心のなかでつぶやいた。というよりも、かのじょはこれ以外の感慨を人に対して持ったことはないのだが。
池の畔に目をやる。
不自然なかたちに立つ、高い岩がある。
ドワーフたちにつくらせたものだ。
数百年まえ。まだ里と人間とのあいだに交流があったころ。
不当にも、人間によって妖精界からつれていかれ、かれらの犠牲となったものたちを弔うための。
――弔う。
元来、永遠に近い寿命をやくそくされた存在である光妖精に、葬送や弔意を示すといった風習はない。
妖精は病にかかることがなく、空腹の観念はあったとしても、飢えて死ぬこともない。
肉体に致命傷を負わせない以上、延々と生きつづけることができるのだ。
それが仇となることもある。
ちいさく息をつく。
みずから舌を噛み切るなどして人間たちへの最後の抗いとし、無念の死を遂げた同胞たちを、いたわるために彫った岩塊をながめて、セレンは自分のなかにこみあげてくる感情を鎮めた。
「……」
気配を感じる。
うしろを振り向くこともなく、さきほどからついて来ていた存在に、セレンはくちをきいた。




