70 どこに行ったのかしらね
〇まえの回のあらすじです。
『ユノたちのはなしを立ち聞きしていたミズウに、ハルモニアが小細工する』
暮れなずむ夕日と、夜明けの朝焼けをして黄昏と云う。
はじまりの側の朱、つまりはこれから日がたかくなろうという早朝の空のしたに、かのじょはいた。
セレンである。
妖精の族長として、集落だけでなくこの天に浮いた島々を管理する、かのじょの一日のはじまりは早い。
きょうはやけに早起きしてミルクをせがんだ大樹の小竜に哺乳瓶を吸わせてやって、(こういうとき、ハルモニアと共に同居しているフローラは役に立たない。妹がどれだけ泣こうがぐずろうが、むにゃむにゃいうだけでひとり夢のなかである)てきとうに寝かしつけてから、業務のためにやしろを出ていった。
【霊樹の里】を出て、近在の森のなかにはいり、水盆の池へと歩をすすめる。
とちゅう、ユノという若者に貸した東欧風の小屋――【はじまりの庵】をとおりすぎた。
ふと足を止める。
なかにいる者に感慨があるのではない。かつてここにあったもののために、セレンは庵のまえに来るたびに、我知らず疑問にとらわれてしまうのだった。
(ここにあった絵も、どこにいったのかしらね)
ほんのつい最近まで(光妖精の感覚でいう『最近』が、どれほどの期間なのかは不明だが)庵のなかにかざっていた黒い絵が、こつぜんとなくなってしまった。
(きっとこれも、ハルモニアさまの仕業なのだろうけれど)
金の竜のすることは『正しい』。
すくなくとも、その眷属たる妖精にとっては――『正当』なものである。はず。
だからセレンは基本的に、ハルモニアの行動については追及も咎めもできない。する『権利』がない。
さすがに里のものに危害をくわえたときには、しかることもできるが、それとてかつての【善の神】がゆるした『権限』の範疇においてである。
(なにかお考えがあってのことなのかしら。……【霊樹の苗】も、そうであってほしいけれど)
思考に行きづまりを感じて、セレンは頭を振った。萌黄色のながい髪が、白い装束と短いマントの背にひろがる。
つまさきを、池のほうに向けなおす。
とん。
とん。
節くれだったながい杖――【霊樹の杖】を、朝露に濡れる草の地面について、セレンは森の奥にすすんでいった。




