69 悪貨は良貨を駆逐するか
〇まえの回のあらすじです。
『ユノたちの会話がひとだんらくする』
〇
ミズウは自分のくちを手でおおった。
大樹のやしろにやって来たおりである。
ハルモニアをあそびにさそうため、かのじょの在宅をたしかめるべく窓をのぞいたときだった。
ユノとかいう人間と、精霊の巫女がはなし込んでいる。
人間のほうは思いつめた表情で、ひょっとしたらプロポーズでもするのかも知れないと、アールヴらしかぬ浮いた気持ちで聞き耳をたててみたのだが、実情はちがった。
(セレンさまを廃する……。殺すって!?)
ユノはたしかにそう言った。
厳密には、可能性を示唆しただけだったが、その後の会話のながれから、決して仮定だけにとどまらない計画であろうと、ミズウは確信したのだった。
(どうして? いまの人間の世界に『善性』があるのは、セレンさまのおかげなのに)
ミズウにはユノの思惑がわからなかった。
いくら【パペルの塔】を介在させているとはいえ、妖精の郷は人間界からは完全には遮断されていない。
【ディアボロス】の死により空間が絶たれるより以前、【魔界】にはびこる瘴気や魔物たちが、ひとの世界に出入りできたように。
妖精の世界にあふれるひかりのちからもまた、ひとの世界にそそがれている。
そしてそれは、妖精族のなかでも最もたかい魔力を誇り、かつ、境目の【かぎ】の役割りを果たすセレンが、存命しているがゆえである。
(下界がいろいろたいへんってのは、セレンさまに水鏡でみせてもらったことがあるけど)
【冒険者ギルド】が提供する、つよさを数値化する腕輪。
あれはそもそも妖精の技術で、各地のギルドに設置されている、表示更新の水鏡もまた、妖精たちのつくったシステムである。
妖精たちは、ギルドに属する戦士たちの活動を、登録者が装着を義務づけられる【バングル】からのぞき見ることができる。
そこから得られる視聴覚情報は、どうしてもかたよりが出るとはいえ、人間の世の動向を知るおには、不足のないものといえた。
ミズウがのぞいたのは、弓使いのものだった。声から、わかい男だろうと推測した。
かれはある町でグールになった仲間たちにおそわれて、戦士として一級の弓術を、ひとつもあびせることができないまま、やりたいほうだい切り裂かれて殉死した。
グールはじぶんのなかの【悪意】にのみこまれた人間がなるものだ。
もともとひとのなかには善と悪が半々ずつくらいあって、どちらにかたむくかは、生まれ落ちたあとの生育環境によるところが大きい。
化けものになったひとたちは、そういう意味で育ちがわるかった。
そして、ミズウがのぞき見た腕輪の持ちぬしは、育ちがよかった。
ともあれ。『悪貨は良貨を駆逐する』がごとし。
弓使いのわかものは、最後まで持ちつづけた気高い矜持のために、かつての仲間たちになぶり殺された。
善いものは減るいっぽうである。
また、善人をエサに、悪人は増殖をつづける。
(本来なら、もうメルクリウスの人間は、全滅してたっておかしくないのに。それをセレンさまが、温情でたすけてあげているのに)
ミズウは、イツキやドージがひとを警戒する気持ちが、ようやくわかった。
こそりと身をひるがえす。
「おつたえしなきゃ。セレンさまに――」
のしっ。
ミズウの深い青の頭髪に、金色の脚がのしかかる。
黄金の竜、ハルモニアである。
「ぎゃっ」
「ハルモニアさまっ。いたんですか」
あたまの重みに首をかしげたまま、ミズウは竜をどけようと両手をあげた。
「ぎゃっ、ぎゃっ」
少女の青いあたまを、ハルモニアはかるく前脚でたたく。
ぽうっ。
白い魔法のひかりが、ミズウの頭部にまとわりつく。
「……」
ハッ。
ミズウは目をみひらいた。
なにか、意識にかすみがかかったような。かるい酩酊感のような。
めまいでも起こしたような足もとのたよりなさを、頭上の重みのせいと合点して、ミズウはぼんやりとした記憶の正体をさぐった。
「たしか、なにかをしなくちゃいけなくて……」
ハルモニアに手をのばす。
しっかりと竜の赤子を抱きとめて、自分の目線のたかさまで下ろした。
「ぎゃっ」
ハルモニアは、キラキラした両目でミズウを見つめる。
「そうだった。ハルモニアさまをおさそいに来たんだわ。きょうは近くの川で、水あそびをする約束でしたものね」
「ぎゃあ!」
諸手をあげてハルモニアは「そのとおり」と言わんばかりにニコニコする。
ミズウもまた、胸のつかえが取れた表情で、ハルモニアをつれて里のそとへとむかった。
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