56 スローモーション
〇まえの回のあらすじです。
『こどもの【キングボア】をみつけたユノたちのうしろに、親の【キングボア】がせまる』
K=1/2mv²
という公式がユノのあたまに浮かんだ。
物理の授業でならった方程式のひとつである。
Kは『運動エネルギー』(J)
mは『質量』(kg)
vは『速さ』(m/s)のこと。
端的にいえば、物体の運動エネルギーは、重ければ重いほど大きくなり、
また、速ければ速いほど、べらっぼうにつよくなるというはなしである。
おおよそ理数系に関しては捨てばちになっていたユノは、ぶっちゃけ『質量』と『速さ』と『運動エネルギー』の関係性について、「よくわからん」という印象だった。
だが。
(いまなら、ちょっと分かる気がする……)
危険信号を脳が発信しつづけているためか、スローモーションに見える世界のなかで、ユノはかつて放棄していた『物理学』への認識をあらためていた。
K=1/2mv²
(要は、うごいているものの持つちからは、かるいものより重いもののほうがつよい。なんなら、『重い』ってだけで、ゆっくりうごいていても、ぶつかられたら相当なダメージになる)
振りかえるなり、視界にとびこんできたトングラムほどもありそうな巨大イノシシに、ユノの生存本能が『闘争』か『逃走』かをせまりつづけるなかで――もしくはせまりつづけるがゆえに――ユノは解した。
K=1/2mv²
(……そして、スピードが高ければ、もし軽くっても、とんでもないちからになる)
どうして元の世界で高校生をやっているときに、これくらいの直感がはたらかなかったのか。
自分のカンのにぶさをなげきつつ――ユノは現在、我が身にちかづいてくる危機について、理屈での説明を果たした。アドレナリンの出まくる思考のなかで。
(でもって、何百キログラムもの重さとスピードを兼ねそなえたものと人間がぶつかったら、ひとたまりもないってこと!)
ながく突き出た鼻づらに、牙をふたつ伸ばした大イノシシ。
暴走したダンプカーよろしく、杉林の草木をなぎ倒しながら突進してくる黒い魔物【キングボア】に、ユノはなすすべなく立ちすくんだ。




