2 ゴーストタウン
・前回のあらすじです。
『金の竜が、ガケのうえからなにかを落とす』
荒野から山脈をへだてたところに、【バーライル】という町がある。
魔界や、妖精の郷里へとつづく交通路、【パペルの塔】に、もっともちかい都市である。
【精霊】ビビアンの神殿から旅だち、およそ三週間。
【秋の月】もなかばをすぎ、秋風が木枯らしにかわる景色のなか、ユノは到着したのだった。
荒廃した町である。
商店のならぶストリートには、腐敗した売りものや、人間の死体が放置されている。白骨化したものもある人のなきがらは、ねずみや虫にかじられたものか。もしくは周辺の獣やモンスターに食われたのか。むりやりちぎられたように、手足や頬などの、やわらかそうな肉を中心に、なくなっていた。
「ここもだめになってる」
【バーライル】の入りぐちに立ちつくして、ユノはひとりごちた。みじかい黒髪に、黒目の少年である。去年の春に、セレンという妖精の女によって、彼はこの世界――【メルクリウス】に、べつの世界から召喚された。彼のもともといた世界は、水の惑星、【地球】という。
故郷の国では高校生として生きていたユノだったが、めだった戦闘行為はないにもかかわらず、彼のいた環境は「平穏」とはよびがたいものだった。当時の記憶は、こちらに来てすぐは無くなっていたが、ある日を境目に思い出し、それからはずっと鮮明におぼえつづけている。ただし、もとの世界で自分がなんという名前だったのかは、わすれてしまったままだった。
メルクリウスにとどまることをえらんだ際に、セレンが消してしまったのだ。
「【ギルド】は機能してるのかな」
われながらのんきなことを気にしている、とこころのどこかでユノは思う。
メインストリートには、武器を手にした兵士や、冒険者らしき男たちのすがたもあった。彼らもまた、ほかの多くの住民たちがそうであるようにこと切れて、ぼろぼろだった。
戦士たちのちかくには、【グール】とよばれる魔物たちが倒れている。
灰色の毛皮におおわれた、さるのようなすがたかたちの怪物だ。ほかのモンスターが、死ねば塵埃へと帰し【魔石】という魔法の鉱物をのこすのに対して、このグールだけは、死体をのこし、ジェムを出さなかった。というのも、グールというのは人間が変化したものだからである。
ほかの動物の転化とはちがい、その性質の大半が人間としての人生によって醸成されてきたものであり、それが表層化してしまっただけであるがゆえに、ほかの怪物たちとちがい、グールは魔石をのこさず、最後までかたちがのこる。
「モンスターが攻めてきた――わけじゃ、なさそうだ」
はなしかけられる人もおらず、ユノは状況を整理するため、ひとりごとをくりかえす。
かつては【勇者】として魔王討伐の旅を果たし、いまは【冒険者】として旅をつづけるユノである。
『気まま』というほどラクではないが、『使命』とよぶほど酷でもない。ペンドラゴン王家から、たまに命令を受けることがあるものの、たいがいがモンスター退治の支援なので、さほどの苦労は感じなかった。
ユノは町の広場に出た。『異端者』や『反逆者』など、ほかにもふつうなら投げかけないであろうののしりの言葉を記したボードが首からさげられた人々。幾本も立てられた杭に、ひとりずつ、囚人の着る装束をつけて、後ろ手にしばられて拘束されている。
彼ら彼女らは、いずれも住民からなぶり殺しにされたようだった。あちこちに青黒いあざをつくった遺体が、やはりぼろぼろになって、広場の中心に立っていた。
(グール化してる人もいる)
集団私刑を受けただろう、束縛された「異端者たち」のなかに、中途はんぱに毛むくじゃらになったものがいた。身体を獣のそれに変形させつつあるすがたで、息絶えている。
こうした「処刑」は、【竜神教】という、この世界――【メルクリウス】ではポピュラーな教団が熱を入れておこなっていた。
ユノが【魔王】を倒したものの、人間の世界にはいまだに魔物がのこっていて、人々を襲うこともある。それを教団は、「魔のものと通じる異端者のしわざ」として、大規模な「世なおし」をはじめたのだった。
まともに機能している町や村、都市はまだいくつかあるものの、ユノの体感では少数派になりつつある。
バーライルへと来るために、一度王都にもどったが、そこは王権のおひざもとというだけあって、宗教権力の手はまだとどいていなかった。しかし、王都からはなれ、山や谷などによって連絡が取りづらい地方になってくると、「異端狩り」のようすは顕著になる。
町人はいても、隣人をつるしあげようとやっきになっていたり、どう教団に取りいろうかと画策する気色がつよいのだ。
この町のように、「異端者」もろとも住民が全滅した町もいくつかみてきたが、それが教団の「世なおし」が行きつくところなのだろう。
バーライルはすこしまえまでは、活気のある都だった。時間にすれば、たった数十日ほどしかたっていない。今年の【二土用の月】(夏から秋にうつるまでの、中間の月だ)には、人流もはげしく、市場はにぎわっていて、ゴーストタウンとは無縁のにぎわいがあった。
ユノは広場をぐるりとみまわす。【冒険者ギルド】支部の建物があった。
現在、レザージャケットにロングパンツ、ブロード・ソードの装備で旅をしているユノは、ギルドにも登録している【冒険者】である。道中で得た戦利品を、ギルドの窓口で換金することで糊口をしのいでいる。
くもり空にかげった建物のかんばんは、正午をすぎたばかりだというのに、うすい闇につつまれていた。
なかをうかがうでもなく、廃屋とわかる空気がただよっている。
「……ひょっとしたら、まだ誰か生きてるかもしれない」
職員の無事を確認しにいくのを、頭のどこかで「ばかばかしい」とあきらめながらも、ユノは皮のブーツにつつまれた足を動かした。直後。
――がしゃん。
うしろの髪を、風がかすめる。
ついで、舗装した地面に、なにかがぶつかる振動。破砕音。
「…………え?」
ふりかえる。
ユノが一瞬まえまでいた場所に、なにかが飛散していた。こなごなにくだけ散ったそれは、土と、植木鉢。そして、種類はわからないが――。
苗木だった。
「えええーーー……?」
あわや大惨事となりかけた頭部をさすり、非難めいた声をあげる。いったいだれが、こんな危険なものをおっことしたのだろう――。
「いたずらだったら怒ってやろう」といういきおいで、ユノはうえを見た。そこに生存者はいない。
垂れさがった雲。
雨のふる気配だけが濃厚な、ふかい曇天だけが、頭上にはひろがっていた。