第三話2 Lost
「あ、がぁっ……!!!」
イレイザーの右腕が宙を舞い、右側の二本の脚が引きちぎれて地面に転がっていく。衝撃でイレイザー本体も吹き飛ばされて回転しながらビルに激突した。
そして、くるくるとしばらく宙を舞っていた鉄骨が地面に刺さった。
「な、ん……」
ビルに叩き付けられたのはアサヒの方だった。
「<機体の差がありすぎるんだよ、馬鹿が。軽自動車がレーシングカーに挑むようなもんだ>」
アサヒは吹き飛ばされた衝撃で朦朧としながらも何が起きたか察した。
蹴られた。
ただ、単純な蹴りで機体の半分を吹き飛ばされた。相手の反応速度が異常……いや。
アサヒのイレイザーがあまりに遅すぎた。
少し考えれば分かることだ。
奇襲ならともかく、軍用機にたかだか作業機械が勝てるはずが無かったのだ。
もうブースターを効かせる事も無く、脚の無限軌道を軋ませながらゆっくりとソ連機はアサヒに近づいてきていた。
アサヒはあちこちが激痛で悲鳴を上げる身体を無理矢理動かして操縦桿を握る。負けると分かっていても、それでもやらなければいけないことはある。まだいける、まだ動く。ゆっくりと残ったイレイザーの左腕を動かし、
「<もうやめて>」
「!」
そんなアサヒをかばうように、白い少女が立ちふさがった。
『<……被験体。もとはといえばあなたが脱走した事が原因ですよ>』
ソ連機から操縦士のものではない声がした。おそらく上のヘリに乗っているオペレーターの台詞だろう。
「<逃げろっていわれたから逃げた。それだけ>」
「<おい、俺はそこのガキにとどめを刺すつもりだったんだが>」
「<これ以上手を出したら私は舌を噛み切って死ぬ。戻るから手は出さないで>」
「<あぁ……?>」
『<……いいでしょう、その逃亡を唆した者の件も含めて話はじっくり聞かせてもらいます。ヘリを降ろします。少尉、帰投の用意を>』
「<チッ、こんな簡単に捕まるんだったら別に腕に装備つけない必要なんて無かったな。おかげで面倒くさいったらありゃしなかった>」
「<待、て……>」
アサヒがうめくようにソ連機を睨みつける。機体はもう腕しか動かない。どうすることもできなかった。なら、と操縦席から落ちるように地面に這い出ようとする。
「やめておきなさい。せっかく救われた命です」
その間に着陸してきた軍用ヘリから降りてきたソ連人の女が日本語で言った。シロは大柄な男たちに捕まり、拘束具をつけられていく。だが、特に抵抗する様子もなかった。
「シロ!」
呼びかけに対してシロはちらりとこちらを見たが、すぐに背を向けた。
その背中は、暗にこれ以上関わるなと語っていた。そのまま男たちに連れられてヘリの中へと消える。
「シロを……その子をどうするつもりだ」
額から流れる血で視界は赤く染まってきていた。ぼやけてしか見えないが、比較的長身の女はアサヒの目の前に近づいてきているようだった。
「どうするつもり? もともと我々の植民地の人間ですし、あなたにとやかく言われる筋合いはありません。でもまあ、そうですね……」
女は少し考え込むような仕草をした。
「あれはね、これからの世界を変える存在なんですよ。あなたのような一人でイレイザーを動かせるなんていうのとは違う、生まれながらにして正真正銘の世界を変えられるモノです。世界を変えるために、我々ソ連がこの世界の盟主になるために必要なピース、それがアレです」
「アレとかモノとか、人間じゃないみたいに言いやがって……!」
「ふん、アレは生まれからして遺伝子をいじられてますからね、少なくとも人間ではありませんよ。母親すらも実験体、父親は科学者。まあ、兄弟は失敗作として生まれてしまったようでしたけどね」
「……」
嫌な、予感がした。
「まあ哀れな話ですよ。父親は愛情がわいてしまったんでしょうね、研究所から実験体3人と一緒に逃亡したんですよ。まさか旧日本の植民地にまで逃亡してるなんて思いませんでしたけど。ようやく見つけ出して襲撃して回収したのが7年前。我々の部隊です。まあ実験体の影響で暴走した機体がアメリカ側の領土に行ってしまったのは驚きましたけどね……」
ゾクン、と背筋が冷たくなった。
つまり、それは。
「まあ、ここまで知ったからにはあなたには死んでもらいますけどね」
そう言うと女は腰のホルスターから拳銃を抜いた。
「懺悔でもしますか? 日本人らしく……ホトケにでも祈るんでしたっけ?」
もうほとんど相手の顔も見えないがおそらく醜い笑顔を浮かべて自分を見下している。それだけは分かった。そして、ここでおそらく自分の命が終わる事も。
「くそったれのソ連野郎が……!」
「死になさい」
その瞬間だった。ギンギン、と硬質な金属音が場内に響き渡る。
「!」
『<襲撃です! リーダー! 急いでヘリに戻ってください!>』
ヘリの中から慌てたような声が女に呼びかける。見れば次々と軍用ヘリに何かが弾かれて火花を散らすのが見えた。さらにそれらは女の近くにも着弾していく。
「<スナイパーライフルッ……!>」
女はアサヒを撃つかヘリに戻るか一瞬逡巡するも、その肩を銃弾がスレスレで掠めていったことで一気にヘリに向かって走り出す。そして、女が乗ると同時にヘリはイレイザーをアームで懸架し、宙へと舞い上がる。
「<お前にはどうせ何もできない、ニホンジンのお前にはな>」
そんな声が高く遠ざかっていくイレイザーから聞こえた気がして、そこでアサヒは意識を失った。