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第十一話 『栃木からの刺客』


 西暦2082年6月4日 木曜日 午後3時55分



「ここが茂団商店街だよ。見た目は古い商店街だけど、生活に必要な物はここに来れば大体揃うんだ」

「おお! 店がいっぱいあるのじゃ!!」

 放課後、僕は黛さんに僕の家の近所を案内をしている。

 本当はさっさと帰って家に寝たかった……今日一日で超疲れたからだ。

 さっさと帰ろうと鞄に筆記用具を詰め込んでいると、僕の左の席の黛さん(昨日、藤堂君が黛さんに席を譲った)が僕に「洸、この辺を案内しとくれ!!」と、頼まれたので、しかたなく近所を案内する事になったのだ。

 おもちゃ屋さんのショウウィンドウに手と顔を付けて中を覗き込んでいる黛さんを見ながら、今日一日あった事を振り返る。



 まず、僕と黛さんが恋人同士という誤解を解くのに苦労した。

 「高橋くんと黛さんってどのくらい付き合ってるの?」とか「キスはもうした? キスってどんな味なの?」等、訊いてきたクラスメイトに「群馬県の方言で、『こいびと』って多分親戚って意味らしいよ!!」と周りに聞こえるように大声で言ったのは注目されて恥ずかしかったけど、その甲斐があって多くの人に誤解が解けたようだ。


 昼休みに僕と黛さんで母さんが作ってくれたお弁当を食べ終わると、黛さんは母さんが作ってくれたお弁当の分では足りないのか、「ちょっと狩りに出てくるのじゃ」と言い残しどこかに出掛けた。

 昼休みがもうすぐ終わりそうな時に黛さんは教室に戻ってきた。「ブヒィ……ブヒヒ……」と涙を流している子豚を背負って。

 黛さんはこの子豚を丸焼きにして僕と一緒に食べたかったらしいけど……もうすぐ授業が始まるし、何より子豚が可哀想なので、黛さんには逃がすように言った。


 6時間目の英語の授業中、長谷部先生の授業で寝るのはまずいと思い、机に突っ伏して寝ている黛さんを起こそうと肩を揺さぶったら……突然、音も無く僕の眼前に何か鈍く光る物が突きつけられた。僕の目の前に黛さんの槍の穂先があり、鋭く光っている。

 槍の穂先から黛さんに視線を移すと、机に突っ伏したまま顔だけを動かして僕を睨んでいる。左手には槍を持っており微動だにすれば、僕の眉間の皮膚が切れるだろう。全身が緊張で強張る。

「いや……あの、黛さん……他の授業はともかく、長谷部先生の授業は寝るのはまずいんだ……起きて欲しいんだけど……」

「……ああ、洸か。すまん、敵かと思った」

 「ふぁぁ……」と黛さんは大きな欠伸をしながら槍を引っ込めてくれたので、緊張から解放されて僕は安堵の息を吐いた。



「……洸? 洸、どうしたんじゃ?」

 黛さんから声を掛けられて我に返った。いつの間にか黛さんがおもちゃ屋さんのショウウィンドウではなく、僕の顔に覗き込んでいる。

「……ああ、ごめん。少しボーっとしていた」

「ところで洸、さっきからするこの匂いは何じゃ?」

 黛さんがクンクンと鼻を動かして匂いを辿ろうと首を左右に動かしている。

 微かだけど辺りに食欲をそそるソースの良い匂いがする。

 そういえば、茂団商店街にたまにたこ焼きの屋台が商売をしているんだ。買った事はないけど、何回か見た事がある。

「この匂いはたこ焼きだよ。ほら、あそこ」

 商店街の真ん中に屋台が見えるので、指をさす。

「たこ焼き? なんじゃそれは?」

「え……たこ焼き、知らないの?」

「うむ、なんじゃそれは? たこを焼いた食い物か?」

 本当に知らないらしい。黛さんはたこ焼きを想像しているのか、「美味そうなのじゃ…うひひ」と上の空で笑っている。

「あの、黛さん。たこ焼きは小麦粉の生地の中にブツ切りにしたタコが入ってて焼いた丸い食べ物なんだけど…」

「んん……? よく分からんのぅ……」

 黛さんが我に返り、頭の上にクエスチョンが出そうなほど首を傾げる。

 言葉でたこ焼きの外見と味を説明するのは難しいだろう。

(実際に食べてもらった方が早いよな、うん)

 黛さんはお昼のお弁当が足りなかったらしいし、ちょっとくらい買ってもいいかもしれない。

 僕は黛さんと一緒にたこ焼きの屋台の列に並んだ。



「おおー! これがたこ焼きか! 鰹節が踊っているのじゃ!!」

 茂団公園のベンチで、黛さんがたこ焼きのパックを開けて歓喜の声を上げた。

 ここでたこ焼きをいっぱい食べると夕食が食べられないので、8個入りのたこ焼きのパックを一つ買い二人で分ける事にしたのだ。

 黛さんは突然ベンチの上に立ち上がり、熱でゆらゆら揺れる鰹節に合わせて腰を左右にフリフリして奇妙なダンスを踊る。凄く楽しそうだ。

「踊るのはいいけど……たこ焼き、冷めちゃうよ?」

「おお、そうじゃな。いただきますなのじゃ」

 黛さんが座り、たこ焼きに爪楊枝を刺して大口を開けてパクッと口に入れる。

 もぐもぐ……ゴックン。

「な、なな……なんじゃこりわぁぁぁぁぁあああ!!」

 黛さんがいきなり叫んだので、僕は文字通り飛び上がった。何事かと思い黛さんを見ると、手に持っているたこ焼きのパックを注目してプルプルと震えている。

「外はカリカリ、中はトロトロ……ソースとマヨネーズ、鰹節と青海苔……そしてぷりぷりタコが奏でる味のサンバじゃぁぁぁあああ!!」

 再び黛さんが吼える、余程たこ焼きが美味しかったのだろう。

「言っている意味はよく分からないけど、美味しいんだね」

「うむ、こんな美味しい物は始めて食べたぞ!!」

 黛さんが口の周りをソースと青海苔で汚してニッコリ微笑む。

「群馬にはたこ焼きはないの?」

「うーむ、分からん。じゃがわらわの住んでいた所にはなかった」

「黛さんの住んでいた所って、どんな所なの?」

 まったく情報が流れてこない群馬に好奇心を覚え、黛さんの住んでいた所を知りたいと思った。

「わらわの住んでいた所、か……まぁ森じゃな」

 黛さんがそう答えて、たこ焼きを一つパクッと食べる。

「森って……本当に森?」

 たこ焼きをモグモグしながらコクン、と頷く。

 群馬県は過去に県全体をジャングルにする都市計画を実際にやったし、本当に群馬県は森だらけなの知れない。

「森と言っても、いくらなんでもコンビニとかあるよね?」

 黛さんが味わっていたたこ焼きをゴックンする。

「コンビニ? ああ、何でも売ってるお店か。見た事はあるのじゃが入った事はないのじゃ」

 さすがに森と言ってもコンビニくらいはあるよな。ジャングルにコンビニがポツンと建っているのを想像してシュールだと思った。

「群馬にはどのくらい住んでいたの?」

「ずっと群馬にいたのじゃ。10年になるかの」

(へー、ずっと群馬にいたのか、それも10年も。……え? 10年?)

 隣でたこ焼きを口に入れてハフハフしている黛さんを横目で見る。どこからどう見ても小学生しか見えない、彼女が高校生だと言っても黛さんを知らない人は信じようとしないだろう。

(ずっと群馬に10年いた……って事は、黛さんって10歳なの? いや、長谷部先生みたいに見た目が幼いだけかも知れない。いやでも、さっきの発言があるしなぁ……)

「ん? 洸も食べたいのか?」

 黛さんに横目で見ていたのを気付かれた、たこ焼きをプスッと爪楊枝に差して僕の口元に運ぶ。

「ほれ、あーんじゃ」

 パクッと食べろと? カップルみたいに? 何これ恥ずかしい。

「あーんせぬか、あーんじゃ! あーん!!」

 黛さんが眉根を寄せて不機嫌そうな表情でしてたこ焼きを突きつけている。

 僕が食べなければ、口を無理矢理こじ開けてでも食べさせそうな剣幕だ。

 観念してパクッとたこ焼きを食べる。外は熱々カリカリで中はトロトロ、ソースとマヨネーズの味が口の中に広がり、プリプリとしたタコの食感を楽しむ。

(商店街のたこ焼きの屋台、今まで利用した事はなかったけど……このたこ焼き、結構美味しいな。今度また買おう)

 僕がたこ焼きを食べた事が嬉しいのか、黛さんは「にふふ」と微笑んでいる。

 たこ焼きをゴックンする――そこで、気付いた。

 ――これ、間接キッスだ。

 頬がポッと熱くなるのを感じる、僕の顔は真っ赤になっている事だろう。

 黛さんはそんな僕を露知らず、残りのたこ焼きをパクパク食べている。黛さんは関節キッスを気にしない性質らしい。

 黛さんが自分の分のたこ焼きを全部食べたところで声を掛ける。

「黛さん、爪楊枝って一本しかなかった?」

「うむ、一本しかないぞ」

 口の周りに付いたソースとマヨネーズと青海苔をペロペロ舐めながら答えた。

 黛さんが使った爪楊枝を使って僕がたこ焼きを食べたら、間接キッスの恥ずかしさのあまり僕の顔は茹でタコみたい真っ赤になるだろう。それに黛さんが名残惜しそうに、残り3つのたこ焼きを見つめている。

(まぁ、僕はもういいか。あんまりお腹も減ってないし)

「僕の分も食べていいよ」

「本当か?! ありがとうなのじゃ!!」

 ニコニコと子どもみたいな無邪気に笑う黛さん。まるで本当に子どもみたいだ。

 さっきまで考えていた疑問が強くなる、どう見ても高校生には見えない。

「あの、変な事を訊くけど……黛さんって何歳なの?」

 「んー?」僕の分だったこ焼きをゴックンして元気に答える。

「10歳じゃ!!」


 ……は? 10歳?

(高校生で10歳ってどういう事だ? あれかな、飛び級ってヤツかな……いやでも、飛び級って外国の話だし、日本ではまずないよな……)


 パクパクとたこ焼きを美味しそうに食べている黛さんを見ながら、何だか深く追求してはいけない事だと思い、言葉を飲み込んだ。



「フゥー…美味しかったのじゃ!! ご馳走様!!」

 たこ焼きを食べ終わった黛さんがベンチから立ち上がり、空のパックを近くのゴミ箱に捨てる。

「おお!! そういえばこういう時はシェフに挨拶するんじゃったかな!?ちょっと行ってくる!!」

 ふと思い出したかのようにそう言い、黛さんを止める間もなく茂団公園から商店街の方向に走り出した。

(まぁ、そのうち戻ってくるだろう)

 今日一日でガクッと疲れた僕は、そのままベンチに寄りかかり疲労からくる睡魔に誘われるがまま、瞼を閉じて眠りに落ちた。


「失礼、そこの君。ちょっといいだろうか?」

 男性のくぐもった声が聞こえて眠りから引き戻された。

 目の前に立っている人物を見て自分の目を疑う。どこからどう見ても西洋甲冑なのだ。100人に訊いたら100人が西洋甲冑と答えるだろう。そのくらい立派な西洋甲冑だ。

「眠っているところすまない。訊きたい事があるのだが」

 西洋甲冑から声が聞こえているので、中にはちゃんと人が入っているらしい。

(何かのイベントでコスプレしているんだろうか? うーん、でもそんなイベント、訊いた事ないけど……)

 一先ず疑問は置いておこう、この西洋甲冑の人は僕に何か質問があるらしい。

「あの、何ですか?」

「君は茂団高校の遺物研究同好会の部員かね?」

「はい、そうですけど」

「いたぞぉぉぉおおお!! 遺物研究同好会の奴だぁぁぁあああ!!」

 突如その西洋甲冑の男が叫び、腰に付いている鞘から長剣を抜き放ち僕に切っ先を僕に突きつける。

「例の奴がいたよ!!」「でかした!!」「グンマーの手先め!!」

 ガチャンガチャンと鉄同士が擦れる音が響き、西洋甲冑を着た人達が叫びながら何人もベンチの周りに集まった。

 目の前に突きつけられている長剣はよく手入れがされているのか綺麗に光っている。おもちゃには到底見えない。

「少年、悪いが少しの間眠ってもらう」

 僕に長剣を突きつけている西洋甲冑の男がそう言い、長剣を持ってない左手を振り上げる。殴って僕を気絶させるんだろう。

 目の前の非現実な光景が信じられない。現実の僕はまだベンチで眠っているんじゃないか?

 鉄に覆われた拳が振り下ろされ、僕の顎に届く瞬間――視界の端から白い獣が飛び出し、目の前の男を押し倒した。


「グルルルル……!!」

 目の前の白い獣が周りの西洋甲冑の男達に威嚇するように、低い唸り声を放つ。

 その白い獣は――ホワイトライオンだ。世界でも数百頭しかいない珍しいライオンがなぜここに?

「俺に構うな! 任務を遂行しろぉぉぉおおお!!おぼふッ……!!」

 ホワイトライオンに押し倒されている男が暴れるが、猫パンチならぬライオンパンチをお腹に食らい沈黙した。

「ああ! ジャン・ルイがやられた!!」「怯むな、相手はただの獣だ!!」「この任務が終わったら結婚するんすよ!!」

 囲んでいる男たちが長剣や槍、戦斧を構えてジリジリと詰め寄る。

 ホワイトライオンが僕の方に顔を向けて「ガウガウ」と何かを訴えている。

(ん、何だろう?)

 ホワイトライオンは右前足を僕の方に向けて「ガウ」と鳴き、首を白い背中に向けてまた「ガウ」と鳴いた。

 その動作をホワイトライオンがもう二回繰り返し、僕は何となく理解した。

「えっと、背中に乗れって事?」

「ガウ!」とホワイトライオンが深く頷く。まるで人間の言葉が分かっているみたいだ。

 ホワイトライオンに後ろから近付き白い背中に手を置く。ぬいぐるみみたいな柔らかい感触が手に伝わり、白い毛に顔を埋めたいけど我慢する。

「ガアアアアアァァァァァ!!」

 僕が跨ると同時にホワイトライオンが大きな咆哮を放ち、周りの男達が怯んだ。

 その隙を突いて体当たりで眼前の男達を吹っ飛ばし、そのまま全速力で走っていく。

 猛スピードで走るホワイトライオンはまるでジェットコースターのようだ。絶叫系の乗り物が苦手は僕は、振り落とされないようにホワイトライオンの首にしがみついて目を閉じている事ぐらいしかできなかった。



「おお、洸と森本さん。どうしたんじゃ?」

 幼い女の子の声が聞こえたので目を開くと、傍に黛さんがいた。ここは茂団商店街の隅っこだ。

「森本さんってこのホワイトライオンの名前? 黛さん、知ってるの?」

「うむ、森本さんは家族じゃ。群馬から一緒に来た。普段は近くの山に放し飼いしておる」

「ガウガウ」ホワイトライオン――名前は森本さんというらしい。黛さんがしゃがんで森本さんの頭を撫でながら「ふむふむ」と相槌を打つ。

 その一人と一匹のやり取りを見ながら、僕は森本さんの背中から降りる。辺りに人気がいなくて安心した、森本さんを見られたら警察とか害獣駆除の人に通報されて大パニックになるだろう。

「なんじゃと、西洋甲冑を着た男達に襲われたじゃと!?」

「ガウガウ」

 黛さんは森本さんと意思疎通できるらしい。撫でるのを止めて立ち上がる。

「洸、トツィギー騎士団に狙われる心当たりはあるか?」 

「トツィギー騎士団って、あの西洋甲冑の人達の事?」

「うむ、西洋甲冑を着ている奴らなんてきっとトツィギー騎士団じゃ」

(あの人達に狙われる心当たりか、うーん……)

 そういえば、あの人達は僕に遺物研究同会の部員か訊いていた。僕が襲われた原因はそれだろうか?

「ええっと、僕を襲う前に遺物研究同好会の部員かと訊かれたけど……そもそも、トツィギー騎士団って何なの?」

「トツィギー騎士団の説明はまず置いておいて、遺物研究同好会とは何じゃ?」

「遺物を扱う部活だよ。僕、そこの部員なんだ」

「……そ、それじゃぁぁぁ!!」

 黛さんがいきなり叫んで僕に指をさす、その剣幕に驚いた。

「僕が遺物研究同好会の部員だから、襲われたの?」

「そうじゃ! 遺物の同好会なんてあったらあいつらに狙われるのじゃ!!」

「あいつら……って、トツィギー騎士団?」

「トツィギー騎士団というか……ああ、もう!!」

 黛さんは説明するのもまどろっこしい! って感じに僕にツカツカと近付き、僕の両肩を小さな手でガシッと掴む。

「今すぐその遺物研究同好会の部員を全員呼ぶのじゃ! トツィギー騎士団に襲われるぞ!!」



 以前遺物研究同好会のメンバーの連絡先を交換しておいたので、まずは川島部長に電話をした。運が良く僕意外のメンバーは部室に全員いるので、大事な話があるから部員全員を茂団商店街に連れて来て欲しいと頼んだ。

 電話してから10分経つと遺物研究同好会の全員が茂団商店街に揃った。

 ちなみに森本さんは黛さんが群馬から連れてきた他の動物を呼びに行っている。

「ふむ、お主らが遺物研究同好会の部員達か」

 黛さんが集まったメンバーを見渡し「おっ?」と五十嵐さんとカリンさんに注目する。

「同じクラスの……名前はなんじゃ?」

「五十嵐 月子だ」「カリン・エドワーズデゴザル」

「おお、分かった。そなたらも遺物研究同好会の部員なんじゃな」

「槍を持ったラフな格好の生徒……確か群馬からやってきた転校生か」

 川島部長が黛さんをジロジロと見ている。群馬からの転校生が珍しいらしい。

「その転校生がなんで高橋君と一緒にいるの? 高橋君の大事な話と関係があるのかしら?」

 杉崎先輩は黛さんに目もくれず、ぶっきぼらぼうに言った。さっさと本題に入って欲しいのだろう。

「皆、大変なんだ。さっき西洋甲冑を着た人達に襲われて……」

 僕はトツィギー騎士団に襲われた一部始終を皆に話した。



「トツィギー騎士団と言えば、確か群馬県の県境を守る栃木県の自治組織のはず。なぜ、新潟に?」

「説明は後でする、とりあえず今は逃げるのが先じゃ。……お、どうやら戻ってきたな」

 川島部長の疑問を一蹴した黛さんが商店街の入り口に顔を向けたので、それにつられて遺物研究同好会のメンバーもそっちを向く。

 商店街の一番奥の本屋さんを曲がって姿を現したのは――森本さんだ。黛さんが連れてきた動物を呼んできたのだろう、森本さんの後ろには赤いTシャツを着た黄色い熊、オレンジ色の象、そしてピンクの象が並んで真っ直ぐこちらに歩いている。

「……ハァハァ」「マママ、マジパネェ!!」「ほう、面白くなってきたな」「ちょっと、どういう事なの?!」

 五十嵐さんは頬を染めてうっとりした表情で荒い呼吸を繰り返し、カリンさんはピョンピョン跳ねてはしゃぎ回り、川島部長はニヤリと笑い、杉崎先輩は目を丸くして叫ぶ。

 ちなみに僕はやけに落ち着いている。ここ連続のびっくりしすぎで感覚が麻痺しているらしい。

 黛さんが振り向いて両手を広げニカッと笑う。

「皆、わらわの家族に乗って群馬に行くのじゃ!!」



「まずはわらわの家族を紹介するのじゃ」

 黛さんがお座りしている森本さんの頭を優しく撫でる。

「ホワイトライオンの森本さんじゃ。普段は臆病じゃがやる時はヤるぞ」

「ガウ」

「よろしくと言っておるのじゃ」「よろしくと言っているな」

 黛さんと川島部長が同時に言った。家族の黛さんなら森本さんが何を言っているのか分かるかもしれないけど、川島部長はどうして分かるのだろう?

「川島部長、森本さんの言葉分かるんですか?」

「ああ、去年夏休みに山篭りしてな。その時に大体の動物と話せるようになった」

 そういえば、川島部長の伝説に動物と話せるとあった。あれは本当らしい。

「ま、黛ィ!! ハァハァ……」

 五十嵐さんが何やらゾンビのようなフラフラした足取りで黛さんと森本さんに近付く。五十嵐さんの目は虚ろでさっきから様子がおかしい。

「月子、どうしたんじゃ?」

 黛さんも五十嵐さんの様子がおかしいと察したのだろう、何が起こっても対応できるように槍を右手に持ち身構える。

 黛さんの槍など目に入っていないのか、五十嵐さんがジリジリと接近し――黛さんの両肩に手を置いた。

「モ、モフモフさせてくれ!! 頼む!!」

「ああ、好きなだけモフるといいのじゃ」

「本当か? ひゃっほい!!」

 五十嵐さんが森本さんの背中に抱きつき、白い毛に顔を埋めたり手で感触を楽しんだりと思う存分モフモフしている。五十嵐さんは凄く嬉しそうだ、こんな五十嵐さんは初めて見る。超笑顔ではしゃぐ五十嵐さんは凄く可愛い、まじ可愛い。

「次の家族の紹介をしてもいいかのう?」

「ああ、いいぞ」

 キリッ! といつもの無表情でで答えた五十嵐さんが次の瞬間にへらーと表情を崩して森本さんの手を握り肉球をひたすらプニプニしだす。森本さんはそんな五十嵐さんを何やってんだコイツみたいな顔を見ている。

 そんな五十嵐さんをスルーして黛さんが次の家族を紹介に移った。

「熊のブーさんじゃ。野球が得意でよく森の友達の強豪を相手にホームランで競争をしておる。好物は蜂蜜で蜂蜜ジャンキーじゃ」

「バウ」

 赤いTシャツを着た黄色い熊が持っている壷に右手を突っ込んで引き抜く。手についている黄色い液体は――蜂蜜だろう。ペロペロ美味しそうに舐めている。

「野球が得意なのか、今度俺と野球しようぜ」

「バウバウ」

「お、いいのか。よっしゃ、握手だ握手」

「バウ」

 川島部長がブーさんにフレンドリーに話しかけ、握手をした。もう仲良くなったらしい、さすが川島部長だ。

「最後に紹介するのは象の兄妹じゃ。オレンジ色の象が兄のシュガーちゃん、ピンク色の象が妹のシュガ子ちゃんじゃ。この兄妹は医療に詳しくての、森のお医者さんなんじゃ」

「「パオパオ」」

 二匹の大岩のような巨大な象が頭をペコっと下げる。挨拶をしているらしい。

 っというか今更だけど森本さんはともかく、ブーさんとこの二匹の象の色は突然変異とかだろうか? なんか怖い。

「最近の象は凄いわね」

「アタマノ良クナル薬ナイスッカ? コノ前国語ノテストデ、-10点取ッタスヨ」

 杉崎さんは顎に手を付けてピンクの象をじっくりと観察し、カリンさんはこの二匹の象に中間テストの事を相談している。

「「パオーン……」」

「オウ……トッテモ、残念……」

 二匹の象が長い鼻を揺らして首を左右に振る。残念ながら頭が良くなる薬はないらしい。カリンさんがしょんぼりと落ち込む。

「パオパオ」

「地道に勉強しなさい、って言っているのじゃ」

「漢字超難シイ、似テルノ多スギ。マジクレイジー」

「わしも自分の名前以外の漢字が書けん。一緒に勉強するのじゃ」

「ウオオオオオオ!! アッキーッ!!!」

 カリンさんが黛さんの両手を握り締め、上下にブンブンと勢いよく振る。さっきの落ち込んだ顔はどこにいったのか、仲間が出来てカリンさんは凄く嬉しそう。黛さんは困惑した表情でカリンさんを見ている。

「お、おう。とりあえず家族の紹介が終わったし、皆好きな家族の背中に乗るのじゃ。群馬に行くぞ」

「ところで、どうして行き先は群馬なのかしら?」

「群馬ならトツィギー騎士団は簡単に手が出せんからの、安全じゃ。詳しい事は道中に説明する」

 杉崎先輩の疑問をカリンさんに手をブンブン振られながら黛さんが答えた。


 

よく事情が飲み込めないまま、僕ら遺物研究同好会のメンバーは群馬県に行く事になった。

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