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26.ソラール国王、妻を追走する

「陛下、申し訳ありません……私、私がいけないんです……」


 子供の頃読み聞かせられた恐ろしい魔物のような形相をしていた自覚はある。だが、ジゼルを責めても仕方がない。手のひらに爪を立てて、怒りをやり過ごしながら、ジゼルにかけられた縄を解いてやる。侍女はかたかたと震えていた。この国に来てから怖いこと続きだ、無理もない。だが、彼女の恐怖を慮っている余裕は、僕にはない。ジゼルの顔を覗き込んだ。


「何があったか、教えてくれるね」

「っ……は、い」


 明るい緑の瞳が揺れていた。ジゼルは罪を告白するように、ぽたぽたと涙をながしながら口を開いた。


「本に夢中のプリムローズ様のために、お茶を淹れてさしあげようと準備をしておりました。そこにマティアス様がいらしたので、少し話し込んでいて……部屋に戻ったら、誰も、いなくて」


 おかしい、と僕は直感した。その時間、僕はマティアスと共に執務室に居た。あの気の置けない男が二人も存在するなんてあるはずがない。違和感を抱いたまま、ジゼルに話の続きを促す。


「奥様を探していたら、窓が開いていないのに冷たい風が吹いて。それで、暖炉の隠し通路に気がつきました。きっとプリムローズ様のことです。何かあって、あの通路を使ったのだと思いました。ああ見えて好奇心旺盛な方ですから……」


 僕はうん、と頷いた。プリムローズは新しもの、知らないものに対して興味深そうに観察していることがよくあった。ソラールの料理はその最たるもので、彼女は顔に出さないようにしていたが目を輝かせていたっけ。そんなところも愛しいと思っているが、今回ばかりは動かずにじっとしていてほしかった。隠し通路のことは城主である僕は知っていたが、プリムローズには意図的に伏せていたというのに。


「それで、私も追いかけようと思ったんです。ですが……マティアス様に、いいえ、マティアス様に扮した男に捕えられまして」


 その言葉で合点がいった。マティアスに扮してジゼル嬢に接触し、プリムローズをつけ狙う存在。


「間者か……。フォレスターの『狩人』だな。奴はどこへ」

「私を縛り上げて、隠し通路の方へ消えていきました。それきり、です。きっと、いまごろ、奥様は……!」


 最悪の未来を想像して、吐き気がした。もしかしたら、今頃プリムローズは死んでいるかもしれない。いいや、まだわからない。今なら、まだ。取り乱しながらプリムローズの部屋の呼び出し鈴を鳴らし、近衛をありったけ呼びつけた。


「いかがなさいました、王妃さ……陛下!? 失礼しました。何事ですか」

「間者が王妃に接触した可能性がある。王妃も行方不明だ。城中調べろ」


 僕の顔を見た近衛隊士たちが、皆ぎょっとして足早に散っていく。今にも人を殺してやりたい気分になっているから、殺気でも漏れていたかもしれない。僕の気性を知るマティアスが、一人残って、心配そうに部屋のジゼル嬢の様子を伺っていた。


「マテュー。お前は残って、彼女を宥めてやれ」

「……いいのか」

「落ち着いたジゼル嬢からなにか情報があるかもしれないからね。僕も探しにいく」


 わかった、とマティアスは頷き、ジゼル嬢のところへ駆け寄った。

 僕はプリムローズの部屋を出て、さて、と思考を巡らせる。隠し通路は城内の至る所に繋がっている。場所の特定は難しい。僕が間者だったらいつ、どこで彼女を狙うだろうか。

 薄暗い通路の中? いや、視界が悪いところで仕掛けるのは難しいだろう。

 どこか部屋の中? ありうる話だ。死に至らしめるならそれが一番確実だろう。

 そこまで考えて、ふと、敵の狙いを思い出す。あの青い宝石を、フォレスター家は執拗に狙っているようだった。

 今までの話を思い出す。宝石は、殺傷できる物体に反応してプリムローズを守っていたように感じた。プリムローズの方へ引かれた弓を弾き、毒の入ったスープへ触れることを弾き、暗殺者を短剣ごと弾いた。その状況で石を手にするには。


 ――僕なら彼女を殺さず攫う。


 そこまで考えて、僕は自分自身に問いかけられる。本当にそうか、と。

 石を狙うのは見せかけで、本当にプリムローズの命を狙っているのではないか? 判断の誤りで、取り返しのつかないことになるのではないか? もうすでに彼女は冷たい骸になっているかもしれないのに? そんな不安が込み上げてくる。だが、迷っている時間さえ惜しい。気づけば駆け出していた。

 逃走経路となる場所を想定する。プリムごと攫うなら馬車が必要だろう。この城で目立たず馬車を置いておけるのは正門か裏門だ。どちらにも行くにしては時間が限られている。


「考えろ、考えろ……ッ」


 分岐の通路に到達する前に決めなければならない。見えない敵と腹の探り合いをしながら、僕は裏門へ行くことにした。正門から乗り込んでくる可能性も否定はできないが、よりフォレスター伯爵家に近いのは裏門の方だ。向こうが焦れているのであれば、より短い時間でたどり着ける方を選ぶはず。

 息を切らしながら全力で駆け抜け、ようやく裏門前の庭園にたどり着く。

 暗くて見えづらい。音を頼りに気配を探ると、手にランプを持った人影が裏門の近くにあった。近寄って目を凝らす。

 ――僕と同じ格好をした男が、プリムローズを馬車に押し込んでいる。

 カッ、と頭に血が昇った。同時に抱いたのは、間者に対する途方もない殺意。ああ、そうだ、殺してはいけない、フォレスター家を詰める手がかりが失われる。だが、今、僕はこの男を縊り殺してやりたい気持ちでいっぱいだった。


「プリム!」


 彼女の名を呼び『狩人』の意識を逸らす。そうだ、僕を向け。相手が一人ならば造作もない。すばやく剣を抜いて『狩人』に振りかぶる。

 キィン!

 剣戟の音があたりに響き渡る。月に雲がかかった暗い夜、互いの剣の軌道が読めない。気配を感じ取りながら、向けられる殺意に応じて剣で応戦する。ガキン、と刃がぶつかり『狩人』と睨み合いになる。間合いを読みながら攻撃に転じようとした、その刹那。


「ぐあッ……!?」


 横から思い切り蹴り飛ばされ、僕は転がりながら受け身を取った。すぐに体勢を整え顔を上げる。雲の切れ間から月明かりが差し込み、馬車を照らした。プリムを押し込む影が一つ。そして、その隣に()()()()

 影達は頷き合い、片方が御者台にひらりと飛び乗り、馬へ鞭打った。僕と同じ格好をしたもう片方の影が薄く笑って、馬車の扉を閉める。閉まる寸前、プリムローズと目があった、気がした。


「待てッ……!」


 馬車は猛スピードで草原を駆け去っていく。怒りに駆られ、視野狭窄に陥っていたのは僕の方だった。もう一人の可能性を無いものとして判断した落ち度だ。追いかけようにも厩舎は正門側だ。人の足では到底追いつけない。


「くそッ……! 僕のせいだ。プリム、プリム……!」


 また取りこぼすのか。

 自分の家族を、また失って。今度は、心から愛した女を、こんな形で失うのか。

 嫌だ。そんなのは堪えられない。

 逃がしてなるものか。プリムローズ、僕は君を。


「絶対に、見つけてみせる……ッ」

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