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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第六章 自治都市ボーダー編

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80、仮死の首輪




 海産物問屋「トト屋」での奇妙な茶会と、熱烈すぎる十一歳の少女の襲来から逃れるように市場を後にしたわたしたちは、ボーダーの入り組んだ水路沿いを歩いていた。


 魚の生臭さと潮の香りが入り混じる南区の空気は、すばるにとっては不快なものかもしれないが、わたしにとっては生きている実感を強烈に喚起させる素晴らしいスパイスだ。



「でもさ、あの狸親父の暗殺未遂が自作自演だとしたら、一体何を企んでいるのかしらね。リクローズさんは『街を守るための劇薬』なんて擁護していたけれど、自分の権力基盤を固めるための強引な同情票集めにしか見えないわ」


 わたしは、隣を無言で歩く小さな保護者に向かって独り言のように見解を述べた。


 統は、通りすがりの露店に並ぶ干物を冷ややかな目で一瞥しただけで、わたしの推論に対しては肯定も否定も示さなかった。他人の政治的思惑など、彼にとっては路傍の石ころの配置が変わる程度の関心事なのだ。


 そんな生産性のない会話を投げ合っていると、前方の石橋を渡ってくる見慣れた三人組の姿が目に入った。


 王国監査院の優秀な猟犬たち――わたしたちの監視人――、アリアさんとベルロウさん、そしてノッピーニオさんのチームである。


「あ、アリアさん。奇遇ですね。こんなところで合流できるとは」


 わたしが手を挙げて挨拶すると、アリアさんは深く重いため息を吐き出しながらこちらへ歩み寄ってきた。


「奇遇じゃないわよ。またあんたたちが市場で目立つ買い物をしているという噂を辿って、わざわざ迎えに来たの。まったく、目を離すとすぐに好き勝手に動くのだから」


「今日はそんなに買って無いですよ」


 彼女の小言を受け流しつつ、わたしは彼らの背後を指差した。


「それで、そちらの調査の進捗はどうですか。わたしたちは、例の暗殺未遂が筆頭商人ソークの自作自演である可能性が高いという裏付けを取ってきましたよ」


 わたしの報告を聞いて、アリアさんは目を細め、周囲の通行人の視線を警戒するように声を落とした。


「こっちも動いたわ。北のツクリード神殿を支持する職人たちと、南のグレースビス教会を支持する商人たち。この二つの派閥対立の裏で、ソークの対立候補である両替商の男が妙な動きをしているの。だから先ほど、東区にある冒険者ギルドの支部へ行って、王都のウイロウ侯爵宛てに彼らの身辺調査を依頼する伝書を送ってきたところよ」


「伝書って、手紙ですか。水晶玉で直接通話とか、魔法陣で空間を転送するとか、そういう便利なシステムはないんですか」


 わたしが素直な疑問を口にすると、獣人のベルロウさんが疲れた顔で首を横に振った。


「そんな高尚な魔法、王族の緊急通信くらいでしか使われないよ。あーしたちが使ったのは、特殊な鳥便さ。直線距離なら一時間で百キロ以上はゆうに進むのさ。王都までなら数時間で到達するよ」


 時速百キロ以上で空を飛ぶ鳥か。でも伝書鳩もそれくらいじゃなかったけ。異世界だから音速で飛ぶ鳥とかが居るかと思ったけど、案外常識的な世界ね。


「情報のすり合わせもできたことだし、次はどうするの。どこかでお茶でもしない?」


 アリアさんが泣き言を漏らすが、休んでいる暇はない。


「ちょうどこれから、その東区へ向かうところです。マタのおじさんに紹介された『青の歯車』という魔道具屋に行って、ソークが倒れた原因である毒物の正体を専門家に鑑定してもらう予定なんですよ」


 わたしの提案に、アリアさんは天を仰いで絶望の表情を浮かべたが、公務員としての責任感が勝ったのか、重い足を引きずってわたしたちの後に続くことを選んだ。


 東区の職人街は、北区の荒々しい鍛冶工房の並びとは異なり、魔力の排気と薬品の刺激臭が入り混じる、精密機械の実験場のような場所だった。


 目的の店舗『青の歯車』は、派手な看板を掲げる周囲の店とは対照的に、驚くほど地味な外観をしていた。木製の扉を押し開けると、店内は古い図書館と薬品庫を混ぜ合わせたような、知的でありながらひどく埃っぽい匂いで満たされていた。


 カウンターの奥で分厚い帳簿と格闘していたのは、ひどく疲れた顔をした十五歳前後の少年だった。彼が長男のボルトだろう。


 わたしがマタからの紹介状を提示すると、彼は驚いた表情を見せ、奥の工房へと消えていった。


 数分の待ち時間の後、扉が開く音と共に、強烈な乾物の匂いが店内に流れ込んできた。


 現れたのは、ボルトの三十年後の姿を想像させる細身の男だ。肩まで伸びた髪を無造作に後ろで結び、その口元からは、長い一本の乾燥したイカの足、つまりスルメが垂れ下がっている。彼が店主のギヤである。


「マタの親父が、俺に客を差し向けるとはな……」


 ギヤは、口の端から垂れ下がるスルメを前歯で執拗に噛みちぎりながら、極めて面倒くさそうに言葉を発した。彼の目の下には完全な漆黒のクマが定着しており、万年寝不足という噂は事実であったらしい。


 ギヤの気怠げな視線が、わたしたち一行を順番に撫で回し、最後にわたしの顔、そして肩から下げたサコッシュのところでぴたりと止まった。


「……なるほど。お前が、南の魚市場で海産物を根こそぎ亜空間へ吸い込んだという、噂の大容量マジックバッグを持った少女か」


 ギヤの言葉に、わたしは思わず肩をビクンと跳ねさせた。


 市場でのやらかしは、もう東区の魔道具屋の店主にまで情報が回っているのか。この街の住人は、他人の噂話の伝達速度においてのみ、あの時速百キロオーバーの伝書鳥を凌駕しているに違いない。


「噂の出所はともかくとして、そのマジックバッグとやらを俺に鑑定させろ。どれほどの術式を編み込めば、市場の木箱を丸ごと飲み込む容量を実現できるのか、魔道具師として興味がある」


 ギヤが、スルメを噛む速度を上げながらカウンターから身を乗り出してきた。彼の目には、睡眠不足を強引に押しのけるような技術者特有の狂気が宿っている。


 わたしは助けを求めるように隣の統を見たが、彼は一切関与する気はないという顔で、ショーケースの懐中時計を熱心に観察するふりをしている。


 仕方がない。わたしは観念して、肩から下げていた百均のサコッシュを取り外し、カウンターの上に置いた。


「市場の人たちの見間違いじゃないんですか。これ普通の袋ですよ」


 ギヤは無言でサコッシュを手に取り、生地の質感を確かめ、内側を覗き込み、さらには魔力を通して術式の構造を探ろうとした。


 十秒後。彼の顔に浮かんでいた技術者としての狂気は、見事なまでに虚無へと変換された。


「……なんだこれは。ただの安物の布袋ではないか。魔力の欠片も、空間拡張の術式も一切刻まれていない。ただの、物理的な袋だ」


 ギヤは信じられないものを見るような目で、サコッシュとわたしを交互に見比べた。


「だから言ったじゃないですか。この袋自体はただの布です。噂ってあてにならないものですよねぇ」


「そんなわけあるか!」


 カウンターを叩いて立ち上がったギヤさんだったが、何かに気付いたのか一息ついて座り直した。


「……収納魔法か。少女よ。お前……」


「えっとドレミです」


「……マタが気にする理由がわかった。少女よ、絶対目立つな」


「だからドレミですって」


「……お前の保護者はそっちの冒険者か?」


「えーっと、あれかな」


 わたしが統を指差すと、ギヤはショーケースを覗き込んでいる小さな少年に視線を移し、やがて深い息を吐き出してサコッシュを突き返してきた。


「まあいい……で、本題は何だ。俺は見ての通り、この最高級のスルメを噛み続けることで辛うじて意識を保っている状態だ。手短に頼む」


 ギヤの要求に従い、わたしは評定所で起きたソーク・イマウェル暗殺未遂事件の現場で目撃した事実を説明した。


 話を聞き終えたギヤは、最後に残ったスルメの端を飲み込み、カウンターの下から一つの古びた金属製の輪を取り出して机の上に置いた。


「ソークの狸親父が倒れたのは、毒のせいではない。この街の闇市場で流通している違法な魔道具、『仮死の首輪』の副作用だ」


 ギヤの解説によれば、それは対象者の首に装着して魔力を流し込むと、心拍数と呼吸を極限まで低下させ、数時間にわたって完全な仮死状態を作り出すという代物であった。


「つまり、あいつは自分で自分の首を絞め、被害者の顔をして見せたのさ。反対派の筆頭を現行犯として陥れ、同情票を集めるための三文芝居だ。この街の商人どもが考える陰湿な手段としては、実に模範的で反吐が出る」


 ギヤの言葉に、統が静かに同意を示した。


「現場の壇上に残留していた魔力の波長とも一致する。外部からの攻撃の痕跡はなく、対象者自身から発生した魔力波長のみが検出された。自作自演であることは確定だ」


 これで暗殺事件の謎は解けた。あとは、この事実をどうやって公の場で暴露するかである。




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