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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第六章 自治都市ボーダー編

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81、それは、ひみつの手鏡




 アリアさんたちが今後の戦略について険しい顔で相談を始めている間、わたしは彼らの会話から意識を外し、店内に陳列されている様々な魔道具を眺めることにした。


 マタの工房にあったような危険な自傷兵器の類は見当たらない。だが、どれもこれも一癖あるマニアックな品ばかりだ。


 わたしはふと、魚市場の隣の食堂で出会った劇団の演出家シャルルが、顔の骨格から変える魔法があると言っていたことを思い出した。


 あの時は、得体の知れない劇団の魔法使いに自分の魔力波長を探られる危険性をすばるが指摘したため、代役の話は断念した。

 だが、もし他人の魔法に頼らず、機械的に魔法の効果を再現できる道具があればどうだろうか。


 わたしはショーケースの端を磨いているギヤに声をかけた。


「店長さん。このお店にある魔道具って、魔法使いが使うような魔法の現象を、道具の力でそっくりそのまま再現できるものなんですか」


 ギヤは新しく取り出したスルメを口に咥えながら、気怠げに答えた。


「大抵のものは可能だ。生活魔法の延長から、ある程度の物理現象の操作までな。術者の魔力を動力源に変換する回路さえ組めれば、理屈の上では何でもできる」


「じゃあ、化粧魔法の再現も可能ですか。一時的に他人の顔に完璧に変装するような」


 わたしの質問に、ギヤの動きがピタリと止まった。


「化粧魔法? なんだその胡散臭い響きは。俺はそんな名前の魔法体系は知らんぞ」


「えっと、つまり、骨格や肌の色まで他人の顔に作り変える魔法のことなんですけど」


 わたしが説明を補足すると、ギヤは深く息を吐き出し、呆れたように首を振った。


「そんな都合の良い魔法がホイホイ実在すると思うな。肉体の構造そのものを改変するような術式は、神の領域に近い。人間の魔術師が再現できるのは、せいぜい光の屈折を利用した幻影くらいのものだ。……だが、他人の顔に変わるという機能に限定するなら、似たような試作品がウチにもある」


 ギヤはカウンターの奥の鍵付きの引き出しを開け、手のひらに収まるほどの小さな手鏡を取り出した。

 裏面には複雑な魔法陣が刻まれており、縁には小さな魔石がいくつか埋め込まれている。


「変身ミラー、『テクスチャー・マジック・ミラー』。俺は面倒だから『テクマク手鏡』と略して呼んでいるがな」


「それって……鏡に向かって呪文を唱えたり、元に戻る時にはラミパス……」


「呪文なぞない。念じるだけだ。だが、買いたいというのなら忠告しておく。これは試作品というより、完全な欠陥品だぞ」


 ギヤは手鏡をカウンターの上に放り投げた。


「どういう欠陥があるんですか」


「平面の壁に景色を映し出すなら問題ないが、人間の顔のような立体の曲線に合わせて映像を貼り付けるのは、魔力による計算処理が追いつかない。つまり、テクスチャーの処理が極めて甘いのだ。遠目から見れば誤魔化せるが、至近距離で見ればノイズが走り、偽物だと一瞬でバレる。さらに魔力の消費が激しく、効果時間も極端に短い」


 ギヤはスルメを噛みちぎりながら、さらに致命的な欠点を付け加えた。


「極めつけは、激しい運動に対応できないことだ。急激な移動や顔の筋肉を大きく動かした場合、元の骨格の動きと投射された映像の動きにズレが生じる。顔の表面だけが横にスライドして剥がれ落ちるような、最悪のホラー映像を生み出すことになるぞ」


 至近距離でのノイズ、短い効果時間、そして激しい動きによる映像のズレ。


 確かに、隠密行動やスパイ活動に使用するには完全に失格の粗大ゴミである。

 しかし。

 わたしの脳内で、このポンコツ魔道具の欠点と、わたしが直面している状況が見事にパズルのピースのように噛み合った。


 舞台の上。

 客席との距離は、最前列であっても間違いなく数メートル以上離れている。至近距離でのノイズ問題はクリアだ。


 代役として求められているのは、「故郷の味である海鮮料理を感動して貪り食う」という、ほんの数分間の食事シーンのみ。効果時間の短さも問題ない。


 そして、食事をするだけならば、激しいアクションや疾走を伴うわけではない。顔の表面の映像がスライドして剥がれ落ちるホラー現象も、回避できるはずだ。

 なにより、この魔道具を自分で使用すれば、劇団の得体の知れない魔法使いに直接触れられ、魔力の波長を探られるという最大のリスクを完全に排除できる。


 これだ。

 この欠陥品こそが、舞台の上で堂々と海鮮料理を堪能するというわたしの個人的な欲望と、怪しい男の劇団内部に潜入するという大義名分を同時に叶えるための、完璧な鍵なのだ。


 わたしは興奮を抑えきれず、隣で退屈そうにしている統の袖をこっそりと引いた。


「ねえ、統。あんたなら、道具なんて使わなくても自分の姿を変身させることくらい、簡単にできそうよね」


 わたしが小声で尋ねると、統は視線を向けないまま、唇だけをわずかに動かして答えた。


「出来る。肉体変化の応用だ。七色も、そのうちできるようになるはずだ」


「えっ! わたしも変身できるの!?」


 思わぬ事実に、わたしは声を上げそうになり、慌てて口を手で覆った。


「力が完璧に定着し、自身の魔力構造を完全に制御できるようになればな。だが、肉体の再構築には膨大なエネルギーを消費する。服を着替えるように頻繁に変えることはできないし、今の未熟なお前には到底不可能だ」


 統の冷酷な事実の突きつけにより、自力での変身という夢はあっさりと打ち砕かれた。


 やはり、今のわたしが顔を変えるためには、このポンコツ手鏡に頼るしかないのだ。


「店長さん。このテクマク手鏡、買い取ります」


 わたしは手鏡をしっかりと握りしめ、強気の笑顔で金貨をカウンターに置いた。


 ギヤは怪訝な顔をして手鏡とわたしを交互に見比べた。


「俺は親切心で欠陥品だと警告したはずだぞ。そんな至近距離で顔がズレるような道具、使い道なんてない。ドブに金を捨てるようなものだぞ」


「使い道ならありますよ。適材適所っていう言葉を知らないんですか」


 わたしは自信満々に答え、振り返って統とアリアさんを見た。


「ねえ二人とも。わたし、やっぱりあの劇団の舞台の代役、引き受けることにするわ」


 わたしの突然の宣言に、アリアさんは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。


「あんたねえ、さっき目立つ行動は控えるって言ったばかりじゃないの。わざわざ舞台に立って注目を集めてどうする気」


「単なる目立ちたがりじゃないわよ。立派な『潜入調査』の第一歩よ」


 わたしは手鏡を掲げてみせた。


「あの劇団の演出家は、自分たちの組織に所属する魔法使いの『化粧魔法』を使えば顔を変えられると言っていたわ。統の言う通り、見ず知らずの術者に魔力を探られるのは危険よ。でも、この魔道具を使えば、裏方に一切触れられることなく、自前で顔を偽装して舞台に立つことができる」


 わたしは言葉を切り、真剣な表情を作った。


「あの劇団……少し怪しいと思わない? 都合のいいタイミングで街の騒動に関係しそうな演目を上演し、しかもあの演出家の男、やけに口が上手すぎたわ。ただの大衆演劇の集団にしては、どこか胡散臭い匂いがするのよ。内部に潜り込んで彼らの本当の目的を探るには、役者として内側からアプローチするのが一番手っ取り早いでしょ」


 と、もっともらしい理屈を並べ立てる。


 一部分は真実だ。あのシャルルという男の背後に、単なる興行以上の何かがあるという直感は働いていた。


 だが、残りの大半は「舞台で思い切り海鮮丼を食べたい」という極めて個人的な女優魂と食欲に基づくものであることは、絶対に秘密である。

 きっとリハーサルとかでも食べられるはずだしね。


 統はわたしの手にある手鏡を一瞥し、静かに分析を口にした。


「なるほど。対象者の魔力を介入させず、物理的な偽装のみを行う道具か。これならば、確かに相手の魔法使いから魔力の痕跡を隠蔽し、干渉を防ぐことは可能だな。至近距離でのノイズや短時間の効果という欠陥も、舞台上で距離を取り、食事のシーンのみに限定すれば致命的な綻びにはならない。リスク管理の観点からは、悪くない選択だ」


 最強の保護者からのお墨付きが出た。これでアリアさんも反論できないはずだ。


「……はあ。わかったわよ。どうせ止めても勝手に行くんでしょうから」


 アリアさんは深くため息をつき、降参の意志を示した。


「ただし、少しでも危険を感じたら即座に撤退すること。私たちは客席からいつでも動けるように監視しておくわ」


「任せてちょうだい。最高の演技と、完璧な情報収集をお約束するわ」


 わたしは手鏡をサコッシュにしまい込み、意気揚々と青の歯車を後にした。


 ソーク・イマウェルの自作自演の陰謀。

 裏で糸を引くかもしれない劇団の存在。

 そして、わたし自身の輝かしい(期間限定の)舞台復帰。


 ボーダーという街の巨大な暗部を暴くための舞台装置は、こうして次々と揃い始めていた。


 わたしは、迫り来る開演の予感に胸を躍らせながら、まずは演出家のシャルルに「やっぱり代役やります」という出演の承諾を伝えるべく、大通りへと歩みを進めたのである。




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