73、蛇腹剣が抉った記憶
「これぞ俺の最高傑作。ボーダーの最新機構を搭載した『蛇腹剣』だ」
マタは胸を張り、勝利を確信したような顔をした。彼の背後に、自己満足という名の後光が差している幻覚すら見えそうだ。
「柄の部分から持ち主の魔力を込めると、刀身を繋ぐ特殊な魔導ワイヤーが瞬時に解放される。するとどうなるか。硬い剣だったものが、全長三メートルに及ぶ鞭状の刃へと変化するのだ。不規則な軌道を描いてしなる刃は、相手に防御の隙を一切与えない。完全に使いこなせれば、あらゆる盾の死角を掻きくぐって致命傷を与えることができる。まさに、防御不可能、回避不能の絶対的な斬撃兵器だ」
マタの熱弁が狭い工房内に反響する。
鞭のようにしなる剣。架空の物語では見かけることのある浪漫兵器だ。前世のアニメーションやゲームでも、そういう武器を振り回す人間は総じて圧倒的な強さを誇っていた。
だが。
現実というものは、絵空事のように都合よくは動いてくれない。
その陶酔に満ちたプレゼンテーションを冷静に聞いていたアリアさんが、突如として現実の重みをたっぷり含んだ、極めて低い声を出した。
「……あのさ。それ、使いこなせなかったらどうなるのよ」
マタは一瞬だけ言葉に詰まり、視線を斜め下の床材の継ぎ目へと逸らした。
「まあ、その、軌道が不規則すぎるゆえに、扱いを少しでも誤れば、刃が自分の方へ向かってくる可能性は否定できないという側面はある」
「可能性は否定できない、じゃないわよ」
アリアさんが、ここ数日間の疲労と、道に迷わされたストレスと、ボーダーの住人に対する苛立ちをすべて怒りに変換して前に出た。
本職の冒険者であり、実戦で流血の恐ろしさを知っているプロフェッショナルとしての誇りが、マタの妄想を許さなかったのだ。
「そんなの、一振りした瞬間に自分の腕や首に巻き付いて、自らを切り刻む自傷兵器以外の何物でもないじゃない。実戦でこんなもの振り回す奴がいたら、敵に倒される前に失血死するわ。そもそも三メートルも予測不能な動きをする刃物なんて、味方まで巻き込むただの厄災よ。集団戦で使ったら、背中の仲間を肉片に変える気なの」
正論の機関銃掃射である。
反論の余地がないほど論理的で、圧倒的な事実の羅列。
だが、マタも職人としての意地があるのか、顔を赤くして反論を試みた。
「だから、選ばれた達人のみが扱えると言っているだろうが。凡人の想像力で俺の芸術を測るな。血を流さずに究極の武を極められると思うなよ」
「武器の役割は使い手を守って敵を倒すことよ。使い手に一番の危険を強いる武器なんて、ただの欠陥品だわ」
怒声で言い争う二人。
熱血職人と現実主義の冒険者の衝突は、平行線を辿るばかりだ。
わたしは傍観者として深くため息をついた。
この街の発明家たちは、技術力を極限まで高める過程で「使用者の安全性」という最も重要な概念を、街を取り囲む深い堀の底に投げ捨ててきたに違いない。
そんな混沌とした状況の中、ずっと無言で蛇腹剣を観察していた統が、冷徹な声で口を開いた。
「いや、機構としては実に興味深い。悪くない出来だ」
アリアさんとマタが、同時に統の方を向いた。
「似たような構造を持つ武器で、南方の国で使われる鞭状の剣『ウルミ』というものが存在するが、あれは薄い鋼の帯を束ねたものであり、斬れ味と耐久性に難があった。だがこの蛇腹剣は、節を分けることで個々の刃の厚みと強度を維持したまま、ワイヤーの張力で鞭の柔軟性を実現している。耐久性、攻撃範囲、そして遠心力を乗せた打撃力という点において、ウルミを大きく凌駕しているな」
統の、まるで学術論文の発表のような冷静な分析に、マタの顔が明るくなった。
「わかるか、坊主。そうなんだよ、ワイヤーの張力調整が一番苦労したんだ。お前、子供のくせになかなか良い目を持っているじゃないか」
マタが統の肩を叩いて喜ぶ。
アリアさんは信じられないという顔で統を睨んだ。
「ちょっと、スバル。あんたまで変な武器を肯定してどうするのよ。実際に使う側の身にもなりなさいよ」
「私は兵器としての完成度を評価しただけだ。使用者が自滅するリスクなど、技術の価値とは関係のない話だろう」
統の身も蓋もない返答に、アリアさんは完全に言葉を失い、天を仰いでしまった。
この少年の倫理観は、どこまでも冷徹で、人間という脆弱な生き物の限界を考慮していない。彼自身が怪我などしない存在だからこそ、そういう視点になるのだろう。
わたしは言い争う彼らを放置して、肩から下げたサコッシュの奥へそっと手を入れた。
次元収納の彼方には、エチゴヤ商会の金庫から回収したわたしの本来の持ち物、つまり「現代日本の道具」が眠っている。
たとえば、刃が折れてもすぐに新しい鋭利な刃先を出せるカッターナイフ。
これを見せれば、この尊大で実用性を無視した鍛冶師のプライドを、それこそ粉々に砕くことができるはずだ。
「本当の便利さっていうのはこういうことよ」と、優越感に浸りながら言い放つ自分の姿が容易に想像できる。少しだけ悪戯心を起こし、カッターのプラスチックの冷たい感触に指先が触れた。
その瞬間。
わたしの脳裏に、ゲルトさんから聞いた商業都市オーミでの血なまぐさい出来事が鮮明に蘇った。
『触らないで。これは、大切な子の遺したものなの』
フィーネの悲痛な最期の言葉。
わたしが不用意に日本の道具を彼女たちに見せ、預けてしまったことが、すべての発端だった。
異世界から持ち込まれた未知の素材、未知の加工技術。それが商会の強欲な目に留まり、彼らはその宝を独占するために、容赦なく牙を剥いたのだ。
狭い宿屋の廊下での死闘。
……フィーネ。
彼女は、わたしの通学鞄を腕に抱きしめたまま、胸に大剣を突き立てられた。自分の命が消えかけているその時でさえ、決して奪わせまいと、血に濡れた指を食い込ませて守り抜こうとしてくれたのだ。
声にならない謝罪の言葉を残して。
自分の優越感や浅はかな親切心で、この世界の技術レベルに不用意に干渉したことが、どれほど残酷で理不尽な悲劇を生んだか。あの時、胸が引き裂かれるような後悔と共に学んだはずだ。
技術は、人の身の丈に合っていなければならない。
過ぎたる技術は、人を狂わせ、死を招く。
目の前のドワーフが作っている自傷兵器の方が、ある意味ではよほど平和なのだ。
少なくとも、それは使う本人が痛い目を見るだけで済み、国家間の戦争や強欲な商人の陰謀を引き起こすような代物ではない。
わたしはサコッシュの中のカッターからそっと手を離し、ゆっくりと外へ出した。
背中を冷たい汗が流れるのを感じる。
危ないところだった。つまらない見栄で、また同じ過ちを繰り返すところだった。異世界の遺物をむやみに見せびらかすのは、飢えた狼の群れの前に生肉をぶら下げるのと同じくらい愚かな行為なのだ。
「……どうした、嬢ちゃん。急に顔色を悪くして。腹でも痛いのか」
マタが、わたしの変化に気づいて怪訝そうな顔をした。
「ううん、なんでもない。ただ、ちょっと昔の失敗を思い出しただけ」
わたしは努めて明るく振る舞い、無理やりに笑顔を作った。
「その蛇腹剣、すごい発明だと思います。でも、わたしには使いこなせそうにないので、遠慮しておきますね」
「ふん。まあ、素直でよろしい。己の器を理解するのも、長生きの秘訣だからな」
マタは自慢の剣を大切そうに木箱にしまいながら、満足げに頷いた。
「まあ、リベットの野郎の紹介だ。無下にはできねえ。お前さんたちの武器の面倒くらいは見てやる」
マタは腕組みをし、工房の中を見渡した。
「だが、今は立て込んでいる仕事があってな。これから火を入れるところだ。すまねえが、武器の相談なら明日の夜にでもまた来てくれ。それまでは、この街を適当に楽しんでおくといい」
「明日の夜ですね。わかりました。それじゃあ、この街でおすすめの場所とかありますか。さっき道を聞いたら、皆さんに遠回りばかりさせられまして」
わたしが苦笑いしながら尋ねると、マタは豪快に笑った。
「はっはっは。ボーダーの連中は揃いも揃って底意地が悪いからな。王都の人間だと思えばなおさらだ。いいか、宿を取るなら北にある天空の女神ツクリード神殿の近くにしておけ。あそこなら比較的治安も良いし、妙な連中も寄り付かねえ。逆に、南の商業の神グレースビス教会周辺の宿は避けた方がいい。あそこは生臭い連中が多くて落ち着かねえからな」
「なるほど、北ですね。ごはんはどこか美味しいところありますか」
「食事なら、南側の大規模な魚市場の隣にある食堂がおすすめだ。近郊からも買い付けに来る場所だから、素材の鮮度は間違いない。腹一杯食ってこい」
魚市場。その単語に、わたしの心は即座に反応した。ダイスロープで堪能した海鮮の記憶が蘇る。
「あと、一つ忠告しておく」
マタの顔つきが、少しだけ真面目なものに変わった。
「街の中心にある評定所の周辺には、あまり近づかない方がいい。今、この街を運営している三十六人の商人たちの間で、ちょっとばかりキナ臭い権力争いが起きていてな。嫌がらせの泥仕合に巻き込まれたくなかったら、君子危うきに近寄らず、だ。それと、まともな魔道具が見たいなら、東区にある『青の歯車』って店に行きな。あそこはまだ、実用性を理解している店主がいる」
「ありがとうございます、マタさん。色々と助かります」
わたしは深く頭を下げた。見た目はゴミ屋敷の主だが、リベットのおじさんが紹介状を書くだけのことはある。口は悪いが、根は親切な職人なのだ。
「明日の夜、また伺いますね」
わたしたちはマタに別れを告げ、工房を後にした。
外に出ると、太陽は中天を越え、職人街の空気はさらに独特の熱気を帯び始めていた。
「まったく、変人しかいないわねこの街は。でも、宿の場所や有益な情報が聞けただけマシかしら」
アリアさんが疲れたように肩をすくめる。
「ええ。先ずお昼ご飯ね。南の魚市場に行きましょう。美味しいものを食べれば、少しは疲れも取れますよ」
わたしはサコッシュを胸の前に抱き直しながら答えた。
ボーダー。
愛すべきガラクタと、イケズな住人たちが集う街。
ここでどんな厄介事が待ち受けているのかはわからない。でも、もう二度と、自分の軽率な行動で誰かを傷つけるような真似はしない。
わたしはその誓いを胸の奥深くへと沈め込んだ。
そのはずだった……。




