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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第五章 城塞都市ダイスロープ編

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60、鉄の墓場の頑固爺




 ミケーネの細い背中を追って、赤錆に侵食された鉄の迷宮を奥へ奥へと進んでいく。


 空を覆うように組まれた巨大なクレーンの残骸が、西日に照らされて長い影を落としていた。かつての繁栄の残骸は、まるで巨大な恐竜の骨格標本の中を歩いているような錯覚を抱かせる。


 やがて、迷路の行き止まりのような場所に、ひときわ大きなトタン屋根の倉庫が現れた。

 入り口の引き戸は半ば開け放たれており、中からは強烈なアルコールの匂いと、金属を削る鋭い摩擦音が漏れ出している。


「リベットの爺さん、生きてる?」


 ミケーネが遠慮のない声で呼びかけながら、倉庫の中へと足を踏み入れた。

 薄暗い室内の中央には、無数の丸まった青写真と得体の知れない金属部品に埋もれるようにして、一人の初老の男が座っていた。

 彼が元海軍設計主任のリベットだ。

 乱れた白髪、油汚れの染み付いた作業着。手には、瓶の半分ほどまで減った強い度数の蒸留酒が握られている。絵に描いたような「世捨て人の頑固職人」といった風情である。


「うるさい野良猫だな。俺の寿命は、この街が完全に腐り落ちるその日まで持つ予定だ」


 リベットは酒瓶を乱雑にテーブルへ置き、鋭い眼光をこちらに向けた。


 その視線はミケーネを通り越し、わたし、そして最後尾にいるすばるの姿でぴたりと止まった。

 瞬間、倉庫の中の空気が奇妙なほど張り詰めた。

 リベットの顔から、アルコールによる赤みが急速に引いていくのがわかった。


「……坊主。お前、いくつだ」


 リベットの声は、研ぎ澄まされた刃物のように低く、静かだった。


「十歳だ」


 すばるが平然と嘘をつく。年齢詐称も千の位を四捨五入するレベルになると、もはや芸術的ですらある。


「嘘をつけ」


 リベットはテーブルの上の金属片をひとつ手に取り、それを太い指先で弄りながら言った。


「俺は長年、鉄が形を変え、錆びて、崩れていく過程をこの目で見てきた。物には、それが過ごしてきた時間が必ず刻まれる。……お前の目には、鉄が土に還るよりもさらに途方もない時間が沈んでいる。お前さん、人間じゃないな」


 わたしは小さく息を呑んだ。


 獣人の本能で統の異常性を察知したミケーネとは違う。この老技師は、長年の経験と観察眼だけで、統が人間という枠組みを外れた存在であることを見抜いたのだ。職人の勘というのは、時に魔術師の解析魔法すら凌駕するらしい。


 統は肯定も否定もせず、ただ静かに口角を上げた。


「熟練の技師は、時に真理の深淵を覗き込むと言うが、どうやら誇張ではないようだな」


 リベットは短く鼻を鳴らし、それ以上統の正体を追及することはしなかった。彼にとって重要なのは、相手の素性が妖怪変化であろうと神の使いであろうと関係なく、どのような目的でここへ来たかということなのだろう。


「で、何の用だ。ただの観光客が来るような場所じゃないぞ」


 リベットがわたしに向き直った。ようやくわたしの存在を認識してくれたようだ。


「さっきミケーネから聞いたんだけど」


 わたしは周囲を警戒するように声を潜めた。


「夜中になると、沖の封鎖線から軍の専用ドックの片隅にこっそり戻ってくる、黒い船があるらしいの。海軍は特務艦だって言い張ってるけど、裏街じゃ海賊の正体だって噂されてるって。おじさん、あの船のこと何か知らない?」


 わたしの質問に、リベットは喉の奥で低い笑い声を立てた。


「海賊だと? あんな寝言を信じるのは、海を見たこともない王都の貴族くらいなもんだ」


 リベットは棚に突っ込まれていた図面の山から、丸められた一枚の古い図面を引っ張り出した。


 机の上で広げると、そこにはスマートで無駄のない船体の構造が描かれている。


「俺は時折、夜中に高台から港を眺めるのが日課でね。あの黒い船もこの目で見た。あれは、俺が昔引いた設計図を無断でベースにしやがった、公爵の私設造船所による軍用規格の派生型だ。マストの接合部、竜骨の反り具合、喫水線の高さ。どれをとっても、計算され尽くした特注品だ。海賊の寄せ集めの技術で造れる代物じゃない」


 証拠はないが、造船技師の目は誤魔化せない。やはりあの船は公爵の私兵による偽装工作だったのだ。


「ねえ、おじさん」


 わたしは図面を指差した。


「この船の構造について、もっと詳しく教えてくれない? 例えば……船自体は沈めずに、航行能力だけを完全に奪って、しかも公爵の嘘を街中の人間に一番派手に見せつけるような細工をするには、どこをいじればいいかとか」


 わたしの要求を聞き、リベットは眉をひそめた。


「嬢ちゃん、とんでもない悪巧みをする顔をしているな。だが、断る。素人の子供が手を出す問題じゃない。……どうしてもと言うなら、俺が夜中に忍び込んで船底に風穴を開けてきてやる」


 言うが早いか、リベットは部屋の隅から巨大なレンチと無骨な金属製の筒を取り出した。本気だ。このおじさん、街のために自分の命を捨てる気満々だ。


「駄目よ、そんなの。おじさんが捕まったらどうするのよ。それに、港の警備は正規の海軍と公爵の私兵が入り乱れてるんでしょ。おじさんみたいな目立つ大人が忍び込めるほど甘くないわ」


「素人の子供よりはマシだ!」


 リベットが語気を強めたその時、彼の持っていた金属製の筒が、ふっと宙に浮いた。

 見えない糸で吊り上げられたように空中を移動し、統の手の中へと収まる。


「なっ……」


 リベットが驚愕に目を見張る前で、統はその硬い金属の筒を、まるで飴細工でも捻るように指先だけで軽く曲げてみせた。


「技術者の意地は尊重するが、身体能力と潜入技術においては我々の方がはるかに上だ。あんたが動けば足手まといになるだけだぞ、老技師」


 統の冷徹な事実確認に、リベットは口を半開きにしたまま固まり、やがて深い大きなため息を吐き出した。


「……どうやら、俺の常識の範疇に収まる連中じゃないらしいな」


 リベットは頭を掻きむしり、忌々しそうにわたしと統を交互に見た。


「わかった。潜入と工作はお前さんたちに任せる。だが、俺の設計図をパクった船に、素人が適当な細工をするのは気に食わねえ。最高に悪趣味で、公爵の面目を完全に丸潰れにする『極上のイタズラ道具』は、俺が作ってやる」


「本当!?」


「ああ。自動展開する特殊な帆の仕掛けと、絶妙なタイミングで船の足足を止める浸水トラップの部品を組んでやる。お前さんたちはそれを船の心臓部にセットするだけでいい。……だが、部品の調達と組み立てに三日はかかる。それまで待てるか?」


「三日ね。了解。首を長くして待ってるわ」


 こうして、わたしたちは強力な(そして極めて技術力の高い)協力者を得た。


 決行は三日後。それまでは、この街で息を潜めて生活することになる。

 工房を出る頃には、日は完全に傾き、空は鉛色に染まっていた。


 ミケーネとはそこで別れた。彼女もまた、今夜の密輸に出る準備をしなければならないのだろう。「三日後まで、絶対死なないでよ」という不器用な励ましの言葉を残して、彼女は裏路地の闇へ溶け込むように姿を消した。




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