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旅する不死者は昼も歩く ――死ぬのは二回で十分だ。三度目の人生は、七千歳(ショタ姿)の保護者と行く、最強吸血鬼の旅!――  作者: 真野真名
第五章 城塞都市ダイスロープ編

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57、「食彩」を欠く宿場町




 宿場町、フラットワンド。


 水陸交通の要衝として栄えるこの街は、テンペタとダイスロープの中間地点にあたる。


 休憩にはちょうどいい。


「お昼にしよう。何か美味しいものあるかな」


 わたしの足取りが軽くなる。

 旅の楽しみの八割は食事だ。残りの二割は風呂と睡眠。観光なんてものは、その隙間を埋めるオマケに過ぎない。


 しかし、街の入り口に近づくにつれて、わたしは違和感を覚えた。

 空気が、硬いのだ。

 テンペタの、あのおっとりとした観光地の雰囲気とは違う。もっとピリピリとした、金属的な緊張感が漂っている。


 街の入り口には、木製の簡易な柵ではなく、しっかりとした石造りの関所が設けられていた。


 そこに立っている兵士たちの装備も違う。

 磨き上げられた鎧。統一された徽章。そして何より、その目つきが鋭い。

 ただ突っ立っているだけの「カカシ」ではない。訓練された「軍人」の目だ。


「……なんか、物々しいね」


 わたしは声を潜めた。


「ここはハーバー子爵領だ。タイクーン公爵の派閥に属する」


 統が小声で解説する。


「タイクーン公爵って、あのオーミの代官の親父さんだっけ?」


「資料ではそうなっていたな。一応隠してはいるようだが。王弟リッチー・タイクーン公爵。現国王の弟であり、国内きっての武闘派として知られる」


 武闘派。

 嫌な響きだ。

 オーミの代官だった息子は、権力を傘に着た小悪党だったが、親父の方はもっと骨太で、厄介な相手らしい。


「検問だ。余計なことは喋るなよ」


 統が忠告するまでもなく、わたしは「無口で従順な姉」の仮面を被った。


 関所の前には、数台の馬車と旅人が列を作っている。兵士たちは荷台の中を厳重にチェックし、身分証の提示を求めている。


「次」


 兵士の低い声が響く。

 わたしと統の番だ。


「身分証は」


「ありません。旅の途中で紛失しまして」


 統が、いけしゃあしゃあと嘘をつく。

 その顔は、親とはぐれて困っているいたいけな少年そのものだ。弟役は嫌がるくせに、こんな時の演技力に関しては、ハリウッドの子役も裸足で逃げ出すレベルである。


「紛失? どこの出身だ」


「北の山村です。流行り病で村が全滅しまして……生き残った姉と二人、親戚を頼ってダイスロープへ向かう途中なのです」


 設定が重い。

 しかも、北の山村とか流行り病とか、裏取りが難しそうな要素をさらりと混ぜ込んでくる。


 兵士は、不審そうに二人を見比べた。

 わたしも女優。負けてなんかいられない。薄汚れた(ように見せかけた)服。疲れ切った(演技の)表情。そして、小憎らしい弟を庇う、可憐で清楚な姉の姿。


 どこからどう見ても、不幸な難民姉弟だ。


「……荷物は?」


「これだけです」


 わたしが肩から下げたサコッシュと統のリュックを見せる。中身は、着替えと数日分の食料、そして水筒だけにしてある。重要なアイテムや大量の金貨は、すべて次元収納の彼方だ。


 兵士は中身を粗雑にかき回し、特に危険なものがないことを確認すると、興味を失ったように手を振った。


「行け。ただし、街中で騒ぎを起こすなよ。今は時期が悪い」


「ありがとうございます、兵隊さん」


 わたしは深々と頭を下げ、統の手を引いて関所を抜けた。

 背中を冷たい汗が伝う感覚があるが、もちろん実際には汗などかいていない。


 街の中に入って、人混みに紛れてから、ようやく息をつく。


「……怖かった」


「ザル警備だったな」


 統は涼しい顔だ。


「どこがよ。めっちゃ睨まれたじゃん。『時期が悪い』って言ってたけど、何かあったのかな」


「軍が動いている気配がある。物資の流通も制限されているようだ」


 統は周囲の商店を見回した。

 確かに、店の棚は心なしか寂しい。特に食料品店では、小麦や塩といった保存の利く物資が品薄になっているように見える。


「戦争でも始まるの?」


「あるいは、すでに始まっているか」


 統は意味深なことを呟き、一軒の食堂へと入っていった。


 フラットワンドの食堂は、活気はあったが、やはりどこか殺伐としていた。

 客の多くは、鎧をまとった傭兵崩れや、武器を携えた冒険者たちだ。彼らはジョッキを傾けながら、低い声で何やら密談を交わしている。


「ここ、座ろう」


 隅の席を確保し、適当な料理を注文する。


 宿場町だというのに名物がない。

 出てきたのは、硬いパンと、豆の煮込みスープ。


 味は……まあ、推して知るべしだ。空腹というスパイスがなければ、ちゃぶ台をひっくり返したくなるレベルの簡素さである。


「肉がないね」


 わたしはスプーンでスープを掬いながら嘆いた。


「贅沢を言うな。栄養は摂取できる」


「栄養の話じゃなくて、心の問題よ。美味しいものを食べないと、心が荒むんだから」


 わたしは不満げにパンをかじった。

 歯が折れそうなくらい硬い。これを武器にして戦えるんじゃないかと思うくらいだ。


 その時、隣のテーブルから話し声が聞こえてきた。


「……聞いたか? ボーダーの町との交渉、決裂したらしいぜ」


「またかよ。公爵様も強引だよな。あそこは王家の直轄地だろ? 手を出せば王都が黙ってないぜ」


「それが、そうでもないらしい。最近、海賊が出るって噂だろ? それを理由に、公爵が海上封鎖を始めたって話だ」


「海賊ぅ? そんなもん、ここ数十年見たことねえぞ」


「だから、キナ臭いって言ってんだよ。海賊退治を名目に、ボーダーの物流を締め上げてるって噂だ」


 海上封鎖。

 ボーダーの町。

 公爵の野望。


 わたしは、スプーンを止めて耳をそばだてた。

 統も、無関心を装いながら、会話の内容を一言一句聞き逃さないようにしているのがわかる。


(……なんか、また面倒なことに巻き込まれそうな予感)


 わたしの「トラブル予報」が、警報レベルで鳴り響く。

 平和な旅なんて、やっぱり夢のまた夢だったのだ。


「……統」


「黙って食え。今は情報収集だ」


 統は小声で制した。

 その目は、すでに次の「戦場」を見据えているようだった。

 昼食を終え、早々に街を出ることにした。

 長居は無用だ。この街の空気は、肌に合わない。



 再び街道へ。


 フラットワンドを抜け川沿いの街道をのんびり進むと、道は緩やかな下り坂になり、遠くに海が見えてきた。

 潮の香りが風に乗って運ばれてくる。


「海だ!」


 わたしは声を上げた。

 久しぶりに見る海。

 キラキラと輝く水平線。

 その向こうには、どんな世界が広がっているのだろう。


「ダイスロープまで、あと少しだな」


 統が言った。


「ねえ、ダイスロープって港町でしょ? 美味しい魚、食べられるかな」


 わたしの頭の中は、すでに海鮮丼のことでいっぱいだった。


 新鮮な刺身。

 プリプリのエビ。

 濃厚なウニ。


 醤油とワサビがあれば完璧だが、なくても塩と柑橘でいけるはずだ。


「さっきの話を聞いていなかったのか? 海上封鎖だぞ」


 統が冷水を浴びせる。


「漁船も出せない状況なら、魚など入ってこない」


「……え」


 わたしの足が止まった。

 思考が停止する。

 海上封鎖。

 物流の停止。


 つまり、魚がない。


「嘘……でしょ?」


 絶望が、波のように押し寄せてくる。

 代官の悪事とか、公爵の野望とか、そんなことはどうでもいい――と言いたいところだけど、そうもいかない。


 わたしの海鮮丼がないということは、漁師さんたちは仕事ができていないということだ。


 さっきの食堂で肉がなかったのも、物資が止まっているから。

 街の人たちがピリピリしているのも、生活が脅かされているから。


 お偉いさんの権力争いか何か知らないけど、そのとばっちりで、普通の人たちがご飯を食べられなくなっている。


 わたしの楽しみを奪うだけでなく、真面目に生きている人たちの日常まで踏みにじる。


 許せない。

 断じて許せない。


「……統」


「なんだ」


「わたし、決めた」


 わたしは、海を睨みつけながら、ドスの利いた声で言った。


「その封鎖、ぶっ壊す」


 統は、やれやれといった顔でため息をついた。


「噂話が事実かどうかもわからないぞ」


「うるさい! 食い物の恨みは恐ろしいのよ!」


 わたしは拳を握りしめた。

 半分は食欲。

 でも、残りの半分は、理不尽に対する怒りだ。


 美味しいものを美味しく食べられない世界なんて、間違っている。


 こうして、最強の吸血鬼コンビによる、「美味しい魚を食べるためだけの戦争(ついでに世直し)」が、幕を開けようとしていた。


 相手は王弟公爵。

 舞台は城塞都市ダイスロープ。


 勝負の行方は、神のみぞ知る――いや、統のみぞ知る、か。


 二人の影が、西へと伸びていく。

 その先にある巨大な城壁を目指して。




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